【第38回東京国際映画祭】クロエ・ジャオが語る女性監督の視点と映画作り「女性でいることが大好き」
第38回東京国際映画祭にてウィメンズ・エンパワーメント・トーク「ハー・ゲイズ(HER GAZE)」が11月3日に東京ミッドタウン日比谷で開催され、記念すべき第1回目のゲストとしてクロエ・ジャオ監督が登壇した。
ジャオ監督は、今年の本映画祭のクロージング作品として最新作『ハムネット』が選出され、また世界の映画界に貢献した映画人に贈られる「黒澤明賞」を受賞している。
「ハー・ゲイズ」は、女性映画人を招きその仕事や考え方、その眼差し(GAZE)に触れ、共有し、言葉を交わしながら、会場にいるひとりひとりに刺激を与え、エンパワーメントすることを目的としたトーク・イベントだ。
『ザ・ライダー』(2017)で全米映画批評家協会賞の作品賞、『ノマドランド』(2020)でアカデミー賞の作品賞と監督賞を受賞したジャオ監督。作品の中に、光や暗闇、木々や大地など自然の力を映し出す理由を尋ねられると「自然の中にいると本当の自分により近くなって、“全てはひとつである”と感じられる。そのことを最近の二作品で描きたいと思った」と述べた。

どのようにカメラに捉えていくのかと問われると「映画学校では監督はビジョンを持つことが大事だと教わります。でも、私は自分のアイディアを日々手放すこと、つまり自分よりも大きな何かに委ねて変化を許すことを大切にしています。周りの起こっていることに耳を傾けていくと、作品に現れてくるんです」と独自の創作スタイルを語った。
「女性でいることが大好き」
「女性でいることが大好きなんです」と穏やかな笑顔で語るクロエ・ジャオ監督。女性の視点が増えることが映画業界にどのような影響をもたらすかについて質問されると、「実はここにくる前に生理がはじまりました。生理がくるのが大好き。月経中の5日間はとってもクリエティブになれるんです。毎月痛みも感じるし感情も不安定になりますが、それは弱さではなく知恵です。その体の知恵を大切にしていけば、どの分野においても変化は起きてくると思っています」と語り、続けて“自分と対話して変化を受け入れていく”制作スタイルを明かした。
「たとえば撮影現場で何かが起こったとき、自分の中で受け止めてどう感じるかを聞いていきます。それを私はモニターの前で毎回行います。繊細さが過剰ということはありません。繊細さはとても大切です」と述べ、感受性や繊細さを恥じる必要はないと語った。

クロエ・ジャオ監督 自身でいる方法を語る:「女性でいることを楽しんで」
「仕事もプライベートも充実させて何でもしっかりやらなくては」という見えないプレッシャーが蔓延している現代社会に対して「そんなことしなくていい」と答えるジャオ監督。その上で、ありのままでいるマインドや自分自身でいる方法を明かしてくれた。
「寝ることです。ちゃんといっぱい寝て下さいね。そして自分自身でいるために、自分の影の部分を大事にしています。影は無意識に抑圧されている部分で自分が一番恐れているもの。無意識にあるものを意識化することはストーリーテラーとしても重要なんです。あと毎日やっているのは自分を受け入れるということですね」
日本の女性たちへのメッセージとして「女性のあなたがあなたのままでいることが大事。男性になろうとするあなたではなくて、女性としてのあなたが必要です。ぜひ女性でいることを楽しんでください」と力強く語った。
トークショーの後半では、吉沢亮主演『ぼくがいきてる、ふたつの世界』や最新作『ふつうの子ども』を手がけた呉美保監督が登壇し、クロエ・ジャオ監督とともに映画への思いを語り合った。

2021年のアカデミー賞授賞式で着心地の良いニットにスニーカーで登場したジャオ監督に、「私もありのままでいいんだ」とポジティブな衝撃を受けた呉監督。当時は、育児で忙しく自分はもう映画は作らないのかなと自問自答する日々だった。そんなときにジャオ監督の姿に救われたという。

クロエ・ジャオ監督と呉美保監督の映画作りの原点とは
「クロエさんの作品はどれもアイデンティティの葛藤を描いている。その点が自分にはすごく響いた」と語る呉監督。「在日三世でアイデンティティが分からない感覚がずっとあった。映画に気持ちが向かない時期もあったけど、クロエさんの存在に勇気をもらい9年ぶりに映画を撮影できた」と述べた。
さらに映画を作る上での原体験を教えてほしいとジャオ監督に質問。「交換留学生のときに言葉が通じなかったので顔の表情など非言語的な表現を観察するようになった。俳優さんと接するときに、本当は心の中で何を考えているのかを察知するスキルが身に付いたと思う」とクロエ・ジャオ監督は学生時代の経験をシェアした。

フランシス・マクドーマンド(アカデミー主演女優賞を3度受賞)が主演した『ノマドランド』や、アンジェリーナ・ジョリー主演のマーベル・シネマティック・ユニバース『エターナルズ』など、クロエ・ジャオ監督はスケールの大きい超大作を制作してきた。
豪華キャスト陣や多くクルーに囲まれる撮影現場で、孤独を感じるかについて尋ねられると「いつも孤独を感じてます」と回答。さらに「自分の中に何か欠けたものがあって孤独を感じるのだと思う」とジャオ監督が述べると、呉監督は自身の映画作りの原点を語った。「アイデンティティがふわふわとした感覚があったからこそ、そこを掴みたくて結果的に映画作りをしている。クロエさんも自分の中で欠けてしまった何かを探し求めて映画作りをされているのか」と尋ねると、ジャオ監督は「そうだと思います」と述べた。
最後に会場からの質問コーナーが設けられ、ジャオ監督にとって素晴らしい俳優とは何かについて質問されると「虚栄心や見栄が無いことです。虚栄心は本物さを壊してしまう。本物であることが観客への最高の贈り物です。人間くささや隠された傷を見せることで、観客の方はそれを自分の合わせ鏡として見るんです。私が求めているのは、恐れなくその場にいること、自分そのものを見せるということです」と真摯に答えた。
第38回東京国際映画祭でクロージング作品となったクロエ・ジャオ監督の最新作『ハムネット』は、2026年春に日本公開予定だ。

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