移民、トランスジェンダー…2025年のアカデミー賞は、トランプ大統領が破壊できない多様性推進策なのか?
アカデミー賞の投票者をアメリカの有権者と同列に語るのは、以前から少し馬鹿げていると感じていた。後者は国家の運命を決定するが、前者はどのセレブリティがスピーチをするかを決めるだけだ。
しかし、先日発表されたアカデミー賞のノミネーションは例外のように思える。急速に変化する米国に対する、現実的かつ重要な反論となっている。
■「アメリカ・ファースト」へ対抗?オスカーの精神とは
ドナルド・トランプ大統領は最近、次々と大統領令を発令。黒人やラテン系の人々が連邦政府での地位を確保できるプログラムを廃止し、学校や教会に移民を摘発するための捜査官を送り込み、「性別は2つしかない」と宣言して何百万ものトランスジェンダーの人々を危険に晒した。
一方、アカデミー賞もまた過熱状態になっているが、その精神はまったく異なる。
今年は、国際長編映画賞にノミネートされた作品のうち2作が作品賞にも選ばれるという史上初の出来事があった。その1つであるフランス資本でメキシコが舞台の『エミリア・ペレス』は、非英語作品として史上最多のノミネートを獲得。また、ブラジル映画『I’m Still Here(英題)』は、多くの評論家にとって意外な作品賞候補だったが、投票者たちはその価値を認めた。そして、ラトビアの無声映画『Flow』も、国際長編映画賞と長編アニメ賞の両方にノミネートされた。「アメリカ・ファースト」? これらの投票者にとっては、無縁の考え方だ。
■移民や独裁体制の苦しみを描く作品
『エミリア・ペレス』と『I’m Still Here』は、トランプ大統領の政策に真っ向から対抗する。前者は、トランスジェンダーの人間性を深く描いた作品である。そして後者は、70年代のブラジルの軍事独裁政権における権威主義の危険性を巧妙に示している。もしこの歴史の鏡に映る警告を見過ごすならば、それは単に目を逸らしているだけだ。
この2作は、氷山の一角に過ぎない。移民の苦闘と勝利を描いた『ブルータリスト』、ファシズムの下で生きることの苦悩と希望を描いた『ウィキッド ふたりの魔女』は、それぞれ10部門でノミネート。『ウィキッド』のプロデューサーであり、作品と現代政治の類似性を指摘するマーク・プラットは、「本作は、今の時代に必要な“自分の声を見つけ、それを権力に対して発する勇気”を示すものだ」と語った。
さらに、ユダヤ人の苦悩を描いた『リアル・ペイン~心の旅~』と『セプテンバー5』は、脚本賞にノミネート。現在、極右・極左の両方によってこの問題がタブー視されつつある中で、重要な動きとなっている。
また驚きだったのは、黒人に対する暴力の歴史的な傷跡を忘れないことを訴える『ニッケル・ボーイズ』が、作品賞と脚本賞に選ばれたことだ。多くの評論家が考慮の対象外にしていたが、アカデミー賞はそれを拾い上げた。そして、『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』でトランプ氏を演じたセバスチャン・スタンが主演男優賞にノミネート。ハリウッドの経営陣がトランプ氏を避けようとする中、アカデミーは真っ向からその風潮に逆らった。
■アカデミー賞の変化と象徴性
この変化の背景には、2016年に始まったアカデミーのDEI(多様性、公平性、包括性)イニシアチブがある。トランプ氏が台頭したこの時期に、多様な背景や国籍、経験を持つ投票者を増やす動きが加速した。この流れはもはや後戻りできない。今回の選出は、その永続性を証明している。
「だから何だ?」と思うかもしれない。ただ社会問題を描いた映画が賞レースに加わっただけで、政策が変わるわけではないではないか? これはハリウッドの無力さを示すものに過ぎないのでは?
しかし、それは違う。トランプ氏の行動は、単に実質的なものではなく、象徴的でもある。彼は、世界に「これが2025年のアメリカだ」と示している。移民は教会から追い出され、トランスジェンダーは医療を奪われ、有色人種は採用基準が公平だと信じ込まされ、外国人の命はアメリカ人よりも軽視される国だと。
しかしアカデミーもまた、象徴的な力を持っている。何億もの人々がオスカーを通して「アメリカが何を重んじる国か」を見る。そして、今年の授賞式で彼らが目にするのは、それとは正反対の姿だ。トランスジェンダーの物語を称え、移民の人生に関心を持ち、世界を見つめ、レイシズムや反ユダヤ主義、ナショナリズムに警鐘を鳴らすアメリカである。
■現代における映画の力
『ニッケル・ボーイズ』の脚本・監督を務めたラメル・ロスに、この選出に意味があるかと尋ねた。彼はこう答えた。
「映画賞や映画自体が人生を変えるとは言い過ぎだろう。しかし、それが世界を微妙に変えることはある。映画が称賛されるのを見たとき、人々が投票を変えるかもしれないし、政策について違う考えを持つかもしれない。直接的な影響ではなく、小さな波紋のようなものだ。しかし、それが新しい視点を与えてくれるのなら、それだけで価値がある」
今こそ、私たちはその「小さな波紋」を必要としているのだ。
※本記事は英語の記事から抄訳・要約しました。編集/和田 萌
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