原田眞人監督が死去、76歳、『クライマーズ・ハイ』『日本のいちばん長い日』など名作残す

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(左から)『突入せよ!あさま山荘事件』、『クライマーズ・ハイ』、『検察側の罪人』
(左から)『突入せよ!あさま山荘事件』、『クライマーズ・ハイ』、『検察側の罪人』 写真:amazon.co.jp, Collaged by THRJ
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『クライマーズ・ハイ』(2008年)や『突入せよ!あさま山荘事件』(2002年)などの実録・社会派作品で知られる映画監督の原田眞人さんが8日、多臓器不全のため都内の病院で死去した。享年76、静岡県出身。葬儀は近親者で営み、後日お別れの会を開く予定。米ロサンゼルスで映画制作を学び、現地での取材・評論活動を通じて培った経験を生かし、エンターテインメント大作から、骨太の社会派ドラマ、時代劇、SFまで多彩な作品を多く生み出した。

関係者によれば、原田さんは今年9月下旬に体調を崩し入院。すぐに退院したものの最近になって再入院した。新作の準備にも取り掛かっていたという。

映画『クライマーズ・ハイ』(2008)
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『突入せよ!あさま山荘事件』(2002)
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原田さんは子供の頃から年間100本以上を観賞する映画好きで、映画監督を志すようになった。英ロンドンに留学後、1973年にロサンゼルスに渡り、敬愛するハワード・ホークス監督らの取材を通して映画評論家としてキャリアをスタートさせた。

1979年『さらば映画の友よ インディアン・サマー』で監督デビュー。1995年『KAMIKAZE TAXI』では役所広司に毎日映画コンクール男優主演賞、1997年『バウンス ko GALS』では佐藤仁美にブルーリボン賞新人賞をもたらすなど、作家性の強い作品で高い評価を得た。

1999年『金融腐蝕列島【呪縛】』以降は、邦画メジャー作品を中心に手掛け、2008年『クライマーズ・ハイ』は日本アカデミー賞の10部門で優秀賞を受賞。2012年『わが母の記』ではモントリオール世界映画祭で審査員特別グランプリ、2015年『日本のいちばん長い日』ではブルーリボン賞作品賞に輝いている。その後も2017年『関ヶ原』、2018年『検察側の罪人』などをヒットさせた。

1979年『さらば映画の友よ インディアン・サマー』
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2018年『検察側の罪人』
Prime Video

2003年『ラスト サムライ』、2006年『SPIRIT』では俳優としても出演。1982年に公開された『スター・ウォーズ』日本語吹き替え版の翻訳監修、1988年『フルメタル・ジャケット』の字幕を手掛けたことでも知られる。

長男の原田遊人は俳優として父親の作品に出演することが多かったが、2007年『伝染歌』以降は編集スタッフとして父の作品を支えていた。

取材/記事:The Hollywood Reporter Japan 特派員 鈴木元

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