【インタビュー】映画『黒の牛』、蔦哲一朗監督に単独インタビュー! 「自分を超えた先にある自然との邂逅」 禅の「十牛図」を映像化、坂本龍一が共鳴した理由を語る
1月23日(金)から公開となる映画『黒の牛』の、蔦哲一朗監督に単独インタビューを実施した。
映画『黒の牛』は、禅の思想「十牛図」をモチーフに、人間と自然、そして無の境地を静謐なモノクロ映像で描き出す、極めて実験的かつ哲学的な一本だ。セリフを極力排し、観る者の感覚と想像力に委ねるその表現は、従来の物語映画の枠を軽やかに超えていく。
【動画】『黒の牛』予告編/2026年1月23日(金)公開
監督を務めたのは、蔦哲一朗。彼は、2009年に短編『夢の島』がぴあフィルムフェスティバルに入選し、観客賞を受賞。2013年には長編『祖谷物語 おくのひと』が第26回東京国際映画祭「アジアの未来」部門でスペシャル・メンションを受賞した。祖父・蔦文也の足跡を追う記録映画の制作にも取り組み、2014年度阿波文化創造賞を受賞。ドキュメンタリー映画『蔦監督―高校野球を変えた男の真実―』は2015年より徳島県内で上映された。
本作『黒の牛』は、蔦哲一朗が構想から完成までに8年を要し、30代すべてを注ぎ込んだ渾身の長編となった。音楽には坂本龍一が参加し、その静かで深遠な音世界が映像と共鳴し合うことでも大きな話題を呼んでいる。
今回、ハリウッド・リポーター・ジャパンは、蔦哲一朗監督に単独インタビューを実施。禅の「十牛図」を映画として立ち上げたきっかけから、自然回帰というテーマ、フィルム撮影へのこだわり、坂本龍一との出会い、そして観客に委ねたかった映画体験についてまで、じっくりと語ってもらった。


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禅の「十牛図」から立ち上がった、静謐な映像世界
ーーー禅の「十牛図」から映画を構想されたとのことですが、映画にしようと思ったきっかけはなんだったのでしょうか。
監督:最初から「牛をテーマに撮る」ということは決めていたんですが、その中で映画の核になるコンセプトを探していました。そんな時、偶然コンビニで「十牛図」を扱った自己啓発本のようなものを見かけて、「これはいけるな」と思ったんです。
十牛図は、新しい自分を見つめていくというのが本来の趣旨だと思うんですが、八、九、十に進んだとき、自分を超えた別の世界というか、すごく広がりのあるものを感じたんですよね。誰の人生にも当てはまる普遍性がありながら、同時に宇宙的で壮大な要素も持っている、とても哲学的な題材だなと感じました。
特に八、九、十を映像でやったらどうなるんだろう、というところが自分のモチベーションになりました。実際、今回八図では真っ白な霧をずっと撮っていますが、あれは本当にやってみたかったことなんです。何も映っていない映像を皆さんがずっと見るという体験の中で、「次に何が起きるんだろう」とか、いろんなことを感じてもらえるんじゃないかと思って。
もともと僕自身、人間と自然の共存や、自然との関係性をどう再構築していくか、どう取り戻していくかということを日頃から考えているので、八図で“無”になった先に、自然との結びつきを描けるんじゃないかとも思いました。これは本来の十牛図の解釈とは少し違う、僕なりのオリジナル解釈でもあります。
十牛図は基本的には個人の内面の話だと思うんですが、日本的な、神道と仏教がミックスされた宗教観のようなものも表現できるのではないかと思っていて。自分を超えた先にある自然との邂逅、自然回帰の姿みたいなものを描きたいという思いがありました。

©NIKO NIKO FILM / MOOLIN FILMS / CINEMA INUTILE / CINERIC CREATIVE / FOURIER FILMS
観客に委ねたい「体験」
ーーー『黒の牛』を鑑賞させていただき、本作は明確な説明的セリフがほとんどありませんが、観客にどのような“理解”や“体験”を委ねたいと考えていましたか。
監督:今回は「こう感じてほしい」というメッセージ的なものは、あまり持たないようにしていました。言わない、というより、ほとんど最初からなかったですね。皆さんが好きなように感じていただければいい、というスタンスです。
僕が普段考えていることは、意図した部分も意図せずに反映された部分も含めて、映像にはちゃんと出ていると思います。その結果、いろんな人がいろんな捉え方をできる映画になっているんじゃないかと。
あえて言うとすれば、自然回帰というテーマに関して、現代人が「自然に帰りたいけれど帰れない」「自然との関係性をうまく再構築できない」という悩みや切なさは、リー・カンションさんが演じた役が常に抱えているものだと思っています。いつかちゃんと自然との関係性を取り戻せる世界になればいいな、という思いは、僕の中にはあります。
雨、土、畑──自然の中で撮るという選択
ーーー今おっしゃったように、自然との共存であったりというのも、撮影の中でも映像でも映されていました。雨のシーンや畑の中、泥の中を歩く場面など、本当に自然の中で撮影しているのが、すごく伝わってきました。自然と向き合うという意味で、撮影面でも大変な部分はありましたか。
監督:僕自身は、自然の中にいることを大変だとはあまり感じないんですよね。むしろ、子どもの頃から山で遊んだり、川で釣りをしたりしていた延長線上に、今の映画作りがある感覚なんです。自然の中に入って、遊びとして映画を撮っているような感覚もあります。ただ、スタッフは大変だった部分も多いと思います。

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ーーー雪のシーンも印象的でした。すごく深い雪でしたね。
監督:雪に関しては、ロケ地にたどり着くまでの運転が本当に大変でしたね。山間部でインフラが整っていない場所を進んでいくので、そこは苦労しました。

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牛・ふくよがもたらした予測不能性
ーーー牛の扱いはいかがでしたか。言うことをなかなか聞かなかったのではないでしょうか。
監督:ふくよ(牛)は比較的お利口で、言うことも聞いてくれました。もちろん動物だということを前提にした撮影スタイルだったので、スタッフも臨機応変に対応できていたと思います。
ーーー牛側に合わせる撮影だったのでしょうか。
監督:そうですね。シーンももちろん待ちますし、ふくよの様子を見て「じゃあこう撮ろうか」という判断もありました。今回は「絶対こう撮らなきゃいけない」というタイプの映画ではないんです。脚本はありますが、脚本通りに割って進めるような作り方でもなくて。
僕の中に漠然としたイメージはあるんですが、ふくよがどう動くか、リー・カンションさんがどう動くかはある程度お任せして、その場で生まれるものを楽しむようにしていました。現場で自分自身が楽しんでいないと、いい映画にはならないと思うので。
牛をキャスティングしたのも、そうした偶発性を大切にしたかったからです。人間同士だとどうしても予想通りになってしまうので、その予測不能さを現場で楽しむことが、今回は大事だったと思います。

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「フィルムじゃないと映画を撮る気にならない」
ーーー「フィルム以外では映画を撮らない」と公言されていますが、『黒の牛』においてフィルムでなければならなかった理由を改めて教えてください。
監督:まず、デジタルだとモチベーションが上がらないんですよね。フィルムじゃないと映画を撮る気にならない。大学時代に映画を作り始めた頃は、まだフィルムの授業もあって、ゼロからフィルムを学ぶ体験がすごくおもしろかったんです。
フィルムで撮る体験は、デジタルよりも圧倒的に楽しかった。その感覚が今もずっと残っています。
ーーーフィルムがベースにあり続けている、と。
監督:そうですね。完成した映画の違いについては好みの問題もありますが、ここ百十数年の映画の歴史は、基本的にフィルムがベースです。
デジタルは全く別の表現方法で、同じ映画のように見えても、実は全然違う媒体なんじゃないか、ということはもっと理解されてもいいと思いますね。
モノクロが浮かび上がらせた“内面”
ーーーモノクロ映像が非常に印象的ですが、色を排したことで逆に浮かび上がったものは何だったのでしょうか。
監督:モノクロは一見シンプルですが、観る人の想像力を強く掻き立てると思います。牛ひとつとっても、カラーより白黒の方が哲学的な存在感や内面性、本性のようなものが浮かび上がる。人でも同じで、白黒写真を見たときの感覚に近いですね。
カラーだと分散されてしまう情報が、白黒だと一点に集中できる。そこが大きいと思います。
ーーーカラーが余計な情報になることもあるということですね。
監督:ありますね。白黒は内面性をうまく表現できる手法だと思います。
なぜ8年かかったのか──完成までの道のり
ーーー 完成までに8年を要し、監督の30代をすべて注ぎ込んだ作品とのことですが、『黒の牛』を完成させたいま、ご自身の中で何が変わりましたか。また、8年かかった理由は。
監督:8年かかった理由の大部分は資金集めです。最初の5年間は目処が立たず、十牛図という題材も一般的には馴染みがなく、企画書への反応も正直よくありませんでした。
ただ、坂本龍一さんがデモ映像を見て参加表明してくださり、リー・カンションさん、田中泯さんの出演が決まったことで、企画としての魅力が一気に高まりました。そこから出資が集まり、実際に動き出してからは3年ほどで完成しています。
ーーーそれがついに完成し、いよいよ公開されますが、率直なお気持ちをお聞かせください。
監督:東京国際映画祭で感極まって泣いたりしたらよかったのですが、意外と冷静で(笑)。今はとにかく1月23日の公開に向けて、どうやって多くの人に伝えるか、動員の厳しさを実感している段階です。配給面での思いの方が強いですね。
ーーー映画祭といえば、すでにいくつもの賞を受賞していますよね。批評家たちからの評価も高いですし、わかる方にはちゃんと届いているというのは思います。それについてどう感じていますか。
監督:賞はそんなに多くはないですが、映画祭では評価していただきました。この映画は本当に好き嫌いが分かれるので、「よく分からない」という反応も多いですが、ハマる人には強く刺さっている実感があります。
韓国では十牛図への理解が深い方も多く、トリノではシネフィルの反応が非常によかったですね。
坂本龍一がこの映画に共鳴した理由
ーーー音楽面でも坂本龍一さんが参加されているというのも注目度が高いと思いますが、 彼が参加した理由、その経緯を教えていただけますか。
監督:明確な理由は分からないんですが、坂本さんのアルバム『async』の映像コンテストに、『黒の牛』のパイロット版を応募したのがきっかけです。それを坂本さんが見てくださって、周囲の方を通じて「すごく気に入っている」「(映画監督の)タル・ベーラみたいだ」と言っていたと聞きました。
それでダメ元でオファーしたところ、長編化したら引き受けてくださることになりました。直接お会いして理由を聞いたわけではないので、そこは分からないままですね。
ーーーキャスティングについてですが、リー・カンションさんを起用された理由についても教えていただけますか。
監督:日本人でもなく、人間でもない存在という役柄だったので、ミステリアスな人を探していました。市山プロデューサーからリーさんを提案いただき、その身体性や余白のある演技がぴったりだと思い、お願いしました。

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ーーー今おっしゃったようにセリフがない分、 強く表現というのはさらに難しくなると思うんですけど、 そこの指導、監督としてこうしてほしいという、演技において、 そういうコミュニケーションにおいても難しかった部分はありますか。
監督:通訳を介して、最低限の言葉だけで伝えるようにしていました。言いすぎると混乱してしまうので、細かい演出はリーさんに委ねる形です。
リーさんは監督経験もあり、意図をすぐ理解してくれるので、アドリブも含めてそのサプライズを僕自身が楽しんでいました。
ーーーたくさんお答えいただきありがとうございました。 最後にこの映画を楽しみにしている方へのメッセージをお願いします。
監督:普段観ている映画とは違う、アート色の強い作品だと思いますが、劇場で観ることで特別な体験になる映画です。ぜひ食わず嫌いせず、一度観ていただけたらうれしいです。


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作品情報

映画『黒の牛』
2026年1⽉23⽇(⾦)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿 K`s cinema他 全国公開
配給:alfazbet、ニコニコフィルム、ムーリンプロダクション
〈STORY〉
急速に変わりゆく時代。住む山を失い、放浪の旅を続けていた狩猟民の男は、山中で神々しい黒い牛と邂逅する。男は抵抗する牛を力ずくで連れ帰り、人里離れた民家で共に暮らしはじめる。生きるために大地を耕しはじめた男と牛だったが、自然の猛威の前に、息を合わせることができない。しかし、ある禅僧との出会いをきっかけに、次第に心を通わせていく──。
監督・脚本・編集:蔦哲一朗/プロデューサー:市山尚三、エリック・ニアリ、黄インイク、アレックス・ロー/共同プロデューサー:饒紫娟/撮影監督:青木穣/脚本:久保寺晃一、上田真之、熊野桂太/美術:部谷京子/衣装:大塚満/録音:岩間翼、大町響槻/サウンドデザイン:周震、松野泉/音楽:坂本龍一
出演:リー・カンション、ふくよ(牛)、田中泯、須森隆文、ケイタケイ
2024年/日本=台湾=アメリカ/114分/スタンダード&シネマスコープ/5.1chサラウンド/白黒&カラー
配給:alfazbet、ニコニコフィルム、ムーリンプロダクション
公式X:@BlackOX_2025
公式Instagram:@blackox_2025
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