渋谷慶一郎、仏シャトレ座でのアンドロイド・オペラ『MIRROR』直前インタビュー

アンドロイドの歌にオーケストラ、仏教の声明、そしてエレクトロニクス。渋谷慶一郎がプロデュースするアンドロイド・オペラは、盛りに盛られたバラバラの音楽的要素を不思議と調和させる。そしてオーケストレーションの抜本的な改良、さらなる新曲を追加した『MIRROR』公演で、渋谷は10年ぶりにパリ・シャトレ座の舞台に立つ。今回は公演を前に準備に余念がない彼を日本とフランス、2カ所で取材。通常の音楽家に比べると何倍もの仕事量をこなす、その裏にある「やり散らかし精神」に迫った。


<公演決定の裏にあった直接交渉>

――いよいよパリ・シャトレ座でのアンドロイド・オペラ『MIRROR』公演が近づいています。それについて聞く前に、渋谷さんは先日の「PRADA MODE TOKYO」で2回の演奏、そしてトークセッションと最多出演でしたね。その感想から聞かせてください。

渋谷慶一郎(以下、渋谷):オルタ4は昨年4月に誕生して以来、ショートフィルム『KAGUYA BY GUCCI』、イベント『FORWARDISM BMW THE SEVEN Art Museum』、『PRADA MODE TOKYO』に参加しました。どれも日本以外のブランドですが、世界中でAIやアンドロイドとのクリエーションへの関心は高まってると感じます。特にここ1年はすごくそう感じています。

僕は10年前くらいから音楽の受容の形態は中世に戻ると言っていて、新しい芸術を応援してくれるブランドは昔で言う王室のパトロンみたいなもの。バッハの名曲「ゴルトベルク変奏曲」が不眠症で悩むロシア大使の伯爵に頼まれて作られた時代が姿を変えて戻ってきている気がします。

―― 権威からの依頼で制作することは多様性や競争の欠如に繋がらないでしょうか。

渋谷:そんなことは全然ないのです。逆に、誰でも楽曲配信ができるサブスクリプション・サービスは無数の曲が上がっているけど、実はその半数が再生数ゼロ。人が聴いている曲ほど聴かれやすいのがサブスクだから。能動的に音楽を聴く人は減っています。配信中心になってから短い曲とか仕事しながら聴きやすい曲が増えるとか、むしろ音楽的な多様性が減って格差が広がる方角へ向かっていると感じます。

だからサブスクならリスナーは好奇心を持って新しい音楽を探している、そこに競争が生まれて研がれる、と簡単に信じるのは危険。むしろオーディエンスは限られるけれど劇場などは集中して観に来る人も多いし、新しいチャレンジをするのに適しているのではないかと思います。

――パトロン=出資者の意向に沿った作品が増えるという懸念については?

渋谷:それはアーティスト次第じゃないかな。僕は幸いなことに「こうしてほしい」みたいなことは言われたことがないし、相手が誰であってもスタンスは変わりません。創作の自由は必要だし、やるからには率直に意見します。それは良い作品を作りたいからであり、お金のために忖度して付き合っていない、ということでもある。

――あくまで金で魂は売らないと。

渋谷:そう、セルアウトしないのが信条です(笑)。僕も昔は食えなくていいと思ってたし、実際に食えなかったけど、今でもやりたいことをやって困るなら別にいいとは思う。今は困ってはいないけど、それは結果論で生活の方が大事とかはないかな。

ただ、アーティストなら自分がやりたい作品のために人から協力を得ることは悪いことじゃない。公平さに偏重しすぎて、結局サブスクのようなビジネスモデルに合わせて、そこで聴かれるようにという方向に自分の音楽を変えていくのは違うと思います。

――では今回のパリ・シャトレ座での『MIRROR』はどんな経緯で開催が決定したのでしょう?

渋谷:2021年のオペラ『Super Angels』が終わったらパリに戻るつもりでしたが、コロナ禍を経てから昨年の秋頃にやっとパリに行けて、色々な人とコンタクトを取りました。シャトレ座は一度打診したところ当時芸術監督が着任前だったので「話すのに適任な人がいない」という理由で断られたんです。

ただ、話す前に諦めるのもなと思って、シャトレ座に併設されてるカフェで打ち合わせが終わった後に、自分で劇場の代表番号に電話したら別のディレクターに繋いでくれて。「渋谷だけど、いま隣のカフェにいて話したいことがあるんだけど、時間ない?」と言ったら「19時半なら」とか言われて。正直「え、これでいけるんだ?」と思いました(笑)。

シャトレ座に入ると、以前2、3年滞在制作していたこともあり、僕のことを覚えてくれていてみんな家族のように迎えてくれました。それからディレクターと話しました。でもコロナ明けで劇場は半分閉じている、新作の制作、公演は難しいと言われたんですね。でも、すかさずドバイ万博で公演したアンドロイドオペラの映像を出して、いやとにかく映像を見て欲しいと言ったんです。15分くらい彼はじっと見ていて、僕が「どう?」と聞くと「内容は完璧だからすぐやろう」と話が一転。

最終的に「大きいプロダクションだから予算は大変だと思うけど、やり方は互いに見つけよう」とその場でやることが決まったんです。日程の調整も、パリ全体が音楽に狂乱する「パリ音楽祭」の夜に未来を暗示するオペラをアンドロイドが歌うのが面白いと思って6月21日を初演に提案したんです。本当にその場ですべてが決まったという。


<安易な「世界平和」とは違う目線がある>

――スリリングな交渉劇ですね……。続いて本公演のテーマについても教えてください。

渋谷:コンセプト重層的で色々あるけど、最近自分でこの作品を少し客観的に見て思うのは「東洋/西洋、人間/非人間、男/女という対立や差異は無数にあるけど、実はそこまで変わらない」ということです。世界の紛争や対立は戦争みたいに目に見えるものもあれば思想的な対立など無数です。ただ、「自分と相手が異なる」という自我の強調が機能しなくなっているなと思っていて、それは西洋的な世界観の限界とも言える。

今回はオーケストラのアレンジで管楽器のグリッサンドを多用しましたが、僧侶が吹く法螺貝の音はトロンボーンのグリッサンドによく似ているんです。それで、「なるべく同じことを繰り返さないで、吹くたびに違う時間にいるような感じにして欲しい」と言ったら、ジョン・ゾーンとか近藤等則さんの即興みたいになるんですね(笑)。当たり前に僧侶はジョン・ゾーンとか知らない訳だけど、何かのきっかけで全然違う文脈が繋がることもある。

「既存の音楽と自分の音楽は違う」と強調することよりも「何かの音と別の何かの音が近い」ということを肯定的に捉える方がポスト・アヴァンギャルドな指向性として有効なのかなと思います。音楽的にもそうだけど、新しい協調のモデルを考える時にこの考え方は大切だと思います。

――そのような着想はどこから?

渋谷:以前、僕は非周期的なノイズを主にした非調和的な音楽を作っていました。繰り返しが一切無い音楽とかね。当時はそれにすごくリアリティがあったけど、ここ10年で非調和的になった世界では音楽でいくら「ギーッ」とかやっててもスパイス程度にしかならないなと思っちゃうんですね。そんな時に高野山の僧侶たちと出会って、5~6年前からコラボレーションが始まりました。彼らの声明という音楽の基本概念は調和なんです。それは声明だけでやってるとき以外、例えばコンピュータや僕が弾くピアノに対してもどうやって調和するかを瞬時に探し出す。これは面白いなと思いました。最初はこのプロジェクトにお坊さんを入れる予定はなかったのですが、大きなきっかけは去年のドバイ万博でした。

あれは非常にフェアなコンペでアンドロイドオペラが勝ち取ったんですけど、やることが決まった後に日本からの発信ということで、日本の伝統文化との共演を打診されました。担当の人は「日本の伝統文化を入れるとか難しい。。ですよね?」みたいな感じで申し訳なさそうに言ってきましたが、モーツァルトのレクイエムのコーラス部分のように声明をオーケストラとアンドロイドのコーラスとして入れるなら面白いと思ったんです。それですぐお坊さんたちに「ドバイ行きますよ」と連絡して(笑)。それで彼らの方から「だったら世界平和を唱えたい」と提案してくれたんです。

その時話していた「世界平和」は「コロナ禍で人々は離れているけど、世界は平和でありますように」といういま考えたら緩やかなものでしたが、ウクライナ戦争を機にそれが違ったリアリティを持ち始めました。万博もテロの標的になるかもしれないという中で、世界平和の祈りとオーケストラが鳴ってアンドロイドが悲鳴のように歌い上げているのをリハーサルで見た時に安易な「世界平和」とは違う目線があるなと思ったんです。この作品はもっと劇場作品として成熟させたいと思ったのが今回のシャトレ座の公演に結実したという感じです。


<音楽制作は精神よりもフィジカルが大事>

――本公演で歌われる他のリリックについても聞きたいです。

渋谷:歌詞はミシェル・ウエルベックやウィトゲンシュタインの著作を抜粋する曲もあれば、1200年前の声明を「Chat GPT」に学習させて生成した歌詞をオルタが歌う曲もあります。例えば『Midnight Swan』は世界平和の声明を元にしたGPTによる歌詞が使われていたりもします。また今回のための新曲を作る際に他にないかなと探していたら、ネットで密教のなかの理趣経にある「十七清浄句」を見つけました。

これが説いているのはセックスや欲望の肯定で「相手を喜ばせることは、自分が喜ぶことでもある」という内容。そこには今回のコンセプト同様に自と他がありません。お坊さんのリーダーの藤原栄善さんに電話して「なんでこんな面白いものを教えてくれなかったんですか」と言ったら「これはヤバすぎて教えられなかった」と言われるようなテクストで、限られた修練した人しか唱えられないそうなんです。それを人じゃないAI、つまりGPTに学習させて新曲の歌詞を生成するのは面白いな思ってやってみたんです。

すると「愛し合うとはあなたと私の境界が崩れて」みたいな18、19世紀のオペラみたいな歌詞が出てきてびっくりしました。元は密教の最もコアな教えをGPTが学習すると非常にオペラらしいオペラの歌詞になるという。それをGPTの化身としてアンドロイドが歌うのって捻じれていて面白いなと思いました。この新曲がオペラのクライマックス、最後に来る予定です。ただタイトルがまだ定まらないんですよ。欲望がテーマと言っても「Desire」だと中森明菜だし……(笑)。

――三島由紀夫『天人五衰』からインスパイアされた楽曲「The Decay Of The Angel」は?

渋谷:「遺作」が持つ不安定性はAIだと作れないだろうな、とプロジェクトが始まった5年前に思ったんです。不安定な歌詞を不安定な人間が歌ったら単にエモーショナルなものだけど、アンドロイドが歌ったら不安定さの本質が浮かび上がるかもしれない。

今回の公演では著作は使用していませんが『The Decay Of The Angel』というタイトルは残し、歌詞は新たにChat GPTで作りました。

――もともと三島が好きなのですか?

渋谷:好きでよく読みました。様々な思考体系、コンテクストを飲み込みつつ大きくうねる流れを作るのが天才的だと思います。テーマの設定もエクストリームに見えつつ普遍性もある。あと、やたらと体を鍛えている点も共感します(笑)。僕もヨガを始める前はキックボクシングをやったりもしていました。体力がなかったら、いくら精神力が強くてもダメで、音楽って肉体労働なんですよ。作業時間も長いし、コンピューターも使うし、ピアノも弾く。普段体を診てもらっているトレーナーも「音楽家の体はスポーツ選手よりもボロボロ」と言ってました。

プロジェクトを作って運営、着地するのも体力で、よく「渋谷といえばアンドロイド・オペラ」と軽く言われますが、マジで大変(笑)。人もいるし金もかかるし、結果も読めない。音楽的にもエレクトロニクスとオーケストラ、アンドロイド、ピアノと4曲分くらいのことが同時に進むから作業量は膨大です。

2022年ドバイ万博の公演トレーラー

――シャトレ座の中にある制作スタジオに関してはいかがですか。

渋谷:劇場の一室を提供してもらっています。そういうシステムがある訳ではないのですが、そこにSSLの小型ミキサー「BIG SIX」やアナログシンセサイザー「Prophet-10」を持ち込んで。それからスピーカーはジェネレック社のフラグシップモデルの「The Ones」にしたんだけど、これはかなり良いです。DSPが搭載されていて、 4.1chのスピーカーを部屋の残響状態を含めた均等な音響に自動調整してくれるんです。おかげで集中力が上がって、前回の1カ月の滞在で制作しなかった日はメーデーで劇場が閉まっていた1日だけでした。

――作業は新曲の制作が中心?

渋谷:それだけでなく、全曲のオーケストレーションをやり直しています。今までは変形の空間や野外での演奏ばかりで、そこでの効果を前提としたアレンジだったんですね。でも劇場でやるなら、今後のことも考えて決定版となるスコアを作りたいと思ったんです。作品自体をもう一段レベルアップさせるために相当に詰めました。今まではDAWでシュミレーションしてMIDIデータを変換して作っていたんだけど、譜面ソフトを勉強して自分で打ち込み直しています。習得するまでは地獄でした(笑)。またアレンジが変われば、アンドロイドの声やエレクトロニクスも変えなければいけないから全然別物ですね。


<やりちらかし精神とAIは親和性が高い>

――また渋谷さんのSNSを見ると、街に公演の広告が大々的に出ているとか。

渋谷:地下鉄の駅とか街の大きな柱にバンバン出てますね(笑)。フランスはフィジカルなもので見て、認識して興味を持つ、という回路が生きています。ポスターや広告が出て、街中で見て話題になって劇場では全員が集中して良い作品を作るという流れは抽象的な「Web 3.0はどうなるんだろう」とか「NFTで一儲けしたい」とかいう話よりもリアリティがある。

説得や交渉、ディスカッションの回数も多い。その方が人間と仕事をする時はやりがいもあるし面白いんです。日本は自動ドアやエレベーターが多いじゃないですか。扉を自分で開けないで受動的でも生きていける。それが諸悪の根源な気がしています(笑)。フランスはドアは重くても自分で開けないといけない。こういうことを言うとすぐ「バリアフリーが」という話になるけど、エレベーターがなくても、瞬時に知らない人同士で助け合って重いものを分担したり車椅子を運んだりする能動性がある。

それに僕のはっきりした物言いを面白がってくれる土壌がパリにはある。10年前の『THE END』の記者会見で、最初の質問が「なぜ初音ミクでオペラをやろうと思ったんですか?」とか聞かれたから「せっかくパリに来たのに日本と同じようなつまらない質問が来てがっかりだ」と言ってみたんです。かましてみたんですね(笑)。それを聞いた今回のPR担当者は「この仕事は大変そうだけど、自分はやりたい!」と言ってました。あと、ボーカロイド・オペラ『THE END』の頃から「新しいことをやるなら歴史ある劇場がコントラストがあっていい」という直感があって今回もそれは変わらないですね。

――渋谷さんのはっきりした性格のルーツは何なのでしょう。

渋谷:両親がそうでしたからね。特に父親の影響はある。本や音楽が面白かったと伝えても「なぜ面白かったんだ?」と必ず聞くんです。「お前の意見は世の中で意味がない。でも理由によっては他の人が興味を持つかもしれない」と小学生の頃から言われていました。その結果、僕は「こういう音楽が奏でたい」という人ではなく、「今こういう状況で、何ができて、そのなかでどんな音楽やコンセプトが面白く響くか」を考えるようになった気がします。

――なるほど。それがブレない活動の秘訣ですか。

渋谷:自分ではブレようとしているんですけどね(笑)。不思議なことに僕のリスナーっていつでも20代から30代が中心らしいんですよ。ターゲットは意図してないけど、新しいことをやり続けているからなのかな。あとは、やりちらかし精神が大事で、サブスク以降のBGMになりやすい何かに似た音楽よりも、もっと自分にしかできないことを発信するべきです。オリジナルなコンセプトやアイデアはAIも味方してくれる、相性がいいんです。

■公演概要
アンドロイド・オペラ®︎『MIRROR』パリ・シャトレ座公演
6月21日(水)、22日、(木)、23日(金)/20時開演

場所:シャトレ座(Théâtre du Châtelet) 
2 Rue Edouard Colonne, 75001 Paris

チケット:7〜65€
公式サイト:https://www.chatelet.com/programmation/saison-2022-2023/android-opera-mirror/

(取材:小池直也、山本真紀子/撮影:紀中祐介)

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