【第38回東京国際映画祭】安藤裕康チェアマン、女性エンパワーメントと“オープンな映画祭”への戦略を語る
 
		2019年(第32回)から東京国際映画祭のチェアマンに就任している安藤裕康氏は、同映画祭の認知度向上に貢献してきた。就任2年目の2020年(第33回)はコロナ禍での開催となったが、その後、同映画祭は年々盛り上がりを見せ、今年(第38回)は近年まれに見る盛況となっている。
同映画祭は近年、ワールドプレミア上映や海外からのゲストを増やし、各種イベントの充実を図った。また、従来の六本木エリアから、よりアクセスしやすい日比谷・銀座・有楽町エリアに開催地を移転した。こうした工夫により、同映画祭の知名度と影響力は向上している。
しかし、安藤チェアマンは同映画祭のさらなる発展を目指している。特に、日本国内の観客をさらに呼び込み、映画祭の枠を超えた影響力を強めていく意欲を見せている。
安藤氏は第38回東京国際映画祭(以下、TIFF)開催にあたって米『ハリウッド・リポーター』の取材に応じ、同映画祭の成功と、今後取り組むべき課題について語った。
好調のスタート、レッドカーペットと特別功労賞に注目集まる
――TIFFの初日(10月27日)にドナルド・トランプ米大統領が来日し、注目度を競うことになりましたが、好調なスタートを切れましたか?
今のところ好調です。トランプ大統領来日と日付が重なったことは心配でしたが、幸いにもうまくいきました。その日は天候にも恵まれ、多くの注目を集めました。テレビをはじめとする日本のメディアは、TIFFの開幕を大々的に報道してくれました。チケットの売れ行きも今のところ好調です。
今年は、国内外から多くの映画スターがTIFFに参加してくれます。先ほど、山田洋次監督への特別功労賞授賞式を行いました。山田監督の新作『TOKYOタクシー』は今年の目玉で、出演者の倍賞千恵子さんと木村拓哉さんにも授賞式に出席いただきました。

――94歳の現在でも映画を作り続けている山田監督は驚異的です。
その通りです。山田監督は『男はつらいよ』シリーズ(注:1965年~1995年、山田監督は48作品中46作品の監督を務めた)で有名ですが、他にも戦後の日本と日本人の生活を描いた数々の傑作を手掛けています。山田監督は2004年、スティーヴン・スピルバーグ監督とともに、本映画祭における第1回黒澤明賞を受賞しました。
彼は日本映画の“生き字引”とも言える存在で、多くの若手映画監督を育成し、海外の映画界にも目を向けています。これらが特別功労賞授賞の理由です。
女性に焦点を当てた3本、作品選びに込めた意図
――もう一人の特別功労賞受賞者は、俳優の吉永小百合さんですね。
そうです。吉永さんには開会式で同賞を授与させていただきました。吉永さんの主演作『てっぺんの向こうにあなたがいる』は、今年のオープニング作品です。

今回のメインとなる3作品(オープニング作品、センターピース作品、クロージング作品)は、いずれも女性に焦点を当てています。オープニング作品の『てっぺんの向こうにあなたがいる』はエベレストに初登頂した女性、センターピース作品の『TOKYOタクシー』は自宅から老人ホームへ移る高齢女性を描いています。クロージング作品の『ハムネット』はアカデミー賞を受賞したクロエ・ジャオ監督が手掛け、シェイクスピアの妻を題材としています。
今回は女性のエンパワーメントがメインテーマの一つとなっているため、意図的にこうした作品を選出しました。


――安藤さんは数年前、「5050×2020」(カンヌ国際映画祭主導のジェンダー平等誓約)に署名されました。TIFFのジェンダー平等推進について、最新データを教えていただけますか?
現在はスタッフの半数以上が女性です。映画祭全スタッフに占める女性の割合は昨年が56.8%、今年は57.3%となりました。幹部職員に絞っても、女性の割合は昨年から今年にかけて30.8%から33.3%に増加しています。
――こうした取り組みは映画祭の枠を超え、社会に影響を与えていると思いますか?
そうですね、日本では最近、初の女性首相が誕生しました。社会はますます女性活躍を重視するようになっており、本映画祭もその進展を後押ししたいと考えています。
――現実的に考えて、映画祭や映画は、社会に対してどれほどの影響力を持つのでしょうか?
それを測るのは難しいですね。現在、世界中で社会的、政治的、国際的な分断が広がっています。しかし、映画は異なる背景やイデオロギー、文化を持つ人々の対話を促進させます。映画は異なる視点を示し、観客は映画を観て議論することで、相互理解を築けるのです。
今年は交流ラウンジに国内外からゲストを招き、交流や議論を促す大小さまざまなイベントを、期間中ほぼ毎日開催しています。
未来へ向けて——TIFFが目指す“ファン層”と変革
――以前、「より幅広い層にリーチすること」が課題とおっしゃっていました。東京の住民の中にはいまだに映画祭の開催自体を知らない人も多いようですが、いかがですか?
映画ファンのみならず一般層にリーチすることは、現在も取り組んでいる課題です。多くの人はテレビでレッドカーペットを見ても、実際に映画祭に行って映画を観ようとは考えません。映画祭は業界関係者や著名人だけのものではなく、もっとオープンなものだと感じてもらう必要があります。そのためにはまだ改善が必要ですね。
――今年、女性のエンパワーメント以外に力を入れている取り組みはありますか?
アジアの若手映画監督を育成するという、私たちの取り組みの一環として、新プログラム「アジア学生映画コンファレンス」を立ち上げました。アジア各国の映画学校が推薦する15作品を選出し1作品に賞を授与する、学生映画のコンペティション部門です。来日した学生たちは、セミナーやマスタークラスに参加したり、映画関連施設を見学したりしています。
――TIFFの国際的な認知度向上に向けて、進展は感じていますか?
はい。特にコンペティション部門で、プレミア上映の作品数が増えています。TIFFの国際的な認知度が高まっていることが要因の一つです。例えば、今年はジュリエット・ビノシュ(注:フランスの人気俳優。監督デビュー作『イン・アイ・イン・モーション』をTIFFに出品)が来場してくれました。TIFFは一歩一歩、前進しています。

――予算が課題となることは多いですが、TIFFは予算の増額に成功したそうですね。
はい。2019年に私が就任して以来、予算は約7億8,000万円から今年は10億円超となり、約30%増額することができました。しかし、ホテル代や航空費が高騰しているため、まだ厳しい状況です。さらに、スポンサーシップ獲得は私の重要な仕事で、今年は新たに8社がスポンサーとして加わりました。
――映画祭の開催時期を変更するという話が出ていますが、まだ検討中でしょうか?
検討中ですが、簡単にはいきません。TIFFは例年10月下旬から11月上旬に開催していますが、ヴェネツィア国際映画祭、トロント国際映画祭、サン・セバスティアン国際映画祭なども同時期に開催されます。多くの注目作品のプレミア上映は、先に開催されるこれらの映画祭で行われてしまいます。
7月などもっと早い時期に移行できれば望ましいですが、夏場は暑すぎますし、夏休みとも重なってしまいます。また、政府による映画祭への補助金は3月に確定するため、それより前に計画を進めることはできません。ただ、現在の開催時期である秋は気温も快適で湿度も低く、最高の季節です。
第38回東京国際映画祭は11月5日(水)まで開催される。
※本記事は英語の記事から抄訳・要約しました。
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