西部劇俳優マット・クラークが89歳で死去、『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART3』に出演
西部劇を中心に活躍し、数十年にわたって映画・テレビドラマでハリウッドの大スターたちと共演してきた俳優、マット・クラークが89歳で死去した。
遺族によると、現地時間3月15日(日)の朝、テキサス州オースティンの自宅で、背中の手術後の合併症により息を引き取った。
西部劇で活躍した名バイプレイヤー、マット・クラークの軌跡
クラークはクリント・イーストウッドやジョン・ウェインといったスターたちと並び、映画・テレビの両分野で多数の西部劇に出演した。
映画デビューはジェームズ・ホイットモア主演の『ブラック・ライク・ミー』(1964年)。ノーマン・ジュイソン監督によるアカデミー賞作品賞受賞作『夜の大捜査線』(1967年)では南部の不良青年を演じた。
ロバート・レッドフォードとは『大いなる勇者』(1972年)や『ブルベイカー』(1980年)で共演した。後者では元刑務所長の書記パーセルを演じ、代表作のひとつとなった。

スチュアート・ローゼンバーグ監督とは『ブルベイカー』のほか、『ポケットマネー』(1972年)、『マシンガン・パニック』(1973年)、『ハリー奪還』(1986年)と計4本の作品で共に仕事をしている。
また、イーストウッドとの共演作『アウトロー』(1976年)や『センチメンタル・アドベンチャー』(1982年)でも知られている。
安定した演技力で知られるクラークはそのほか、ウォルター・ヒル監督の『ザ・ドライバー』(1978年)、『カントリー』(1984年)、カルト的人気を博した『バカルー・バンザイの8次元ギャラクシー』(1984年)、ディズニー映画『オズ』(1985年)、『42 〜世界を変えた男〜』(2013年)など多数の映画に出演した。
『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART3』(1990年)ではバーテンダー役を演じた。
テレビシリーズでは、シットコムシリーズ『Grace Under Fire(原題)』(1993~1998年)のほか、西部劇ドラマ『ボナンザ』(1959~1973年)、『燃えよ!カンフー』(1973年)といった名作にも出演した。

監督としても活動しており、長編映画『マーティン・シーンの da/ゴーストになったパパ』(1988年)を手がけた。父の葬儀のためにアイルランドへ向かうニューヨークの劇作家を描いた作品で、バーナード・ヒューズ、マーティン・シーン、そしてクラークに演技を教えたウィリアム・ヒッキーが出演した。
ワシントン生まれ、軍務を経て俳優の道へ
クラークは1936年11月25日、ワシントンで生まれ、バージニア州アーリントンで育った。父のフレデリックはボートや家具を製作する職人で、母のテレサは小学校教師だった。
米陸軍に2年間勤務した後、ジョージ・ワシントン大学で経営学を学んだが、俳優の道を追い求めて中退。ニューヨークでは演劇学校HBスタジオでハーバート・バーゴフとヒッキーに師事し、リビング・シアター・カンパニーに参加した。
俳優の仕事について、「とにかく大好きだったんだ!子どもの頃からずっとやりたかったことだ」とクラークは1991年のインタビューで語っている。
映画『Hacks(原題)』(1997年)で仕事をしたゲイリー・ローゼン監督は、「ハリウッド映画の黄金時代を象徴するような俳優だった」とクラークを称えた。「他に代えのきかないキャラクター俳優で、出演シーンはどれも忘れがたいものになる。ロッド・スタイガー、ロバート・レッドフォード、クリント・イーストウッド、ジョン・ウェインといったスターたちを凌駕することもあった」
映画『42 〜世界を変えた男〜』のブライアン・ヘルゲランド監督は、「彼と仕事をした時、彼はすでに120を超える作品に出演していた。もはや『やりつくした』という感覚があっても不思議ではないだろう。しかし、実際に接してみると、彼は真の芸術家だった。アドリブにも積極的で、カメラが回っている間は完璧に役を生き続ける、才能あふれる俳優だった」と語った。
89歳で死去、その最期と家族を愛した素顔
クラークは現地時間3月15日(日)、テキサス州オースティンの自宅で亡くなった。娘でプロデューサーのエイミー・クラークによれば、クラークは数カ月前に背骨を骨折しており、死因はその手術後の合併症だという。
遺族によれば、クラークは「俳優の中の俳優」であり、仕事を心から愛していたが、スターダムや名声には興味を持たなかったという。
遺族は声明でこのように述べた。「親しい友人たちとの友情を60年間守り続けた。仕事でも、大切な人たちのためにも、いつも全力で臨んだ。複雑な人で、タフでぶっきらぼうなところもあった。しかし道徳的な信念は決してぶれず、愛情は疑いようがなかった。その瞳に、演技に、そして彼が心から大切にしてきた家族の中に、彼は生きた。そして永遠に生き続ける」
家族には娘のエイミーのほか、2000年に結婚した3番目の妻シャロン、ミュージシャンの息子のマティアス、ドラマ『テッド ザ・シリーズ』(2024年~)のプロデューサーであるジェイソン、映画編集者のセスがおり、芸能一家として知られる。
※本記事は英語の記事から抄訳・要約しました。
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