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2PAC殺害で有罪判決のデュエイン・“ケフィーD”・デイビス被告、事件の全貌を告白「すべて嘘の筋書きだった」

2PAC殺害で有罪判決のケフィーD、事件の全貌を告白
デュエイン・“ケフィーD”・デイビス被告 写真:Steve Marcus-Pool/Getty Images
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1996年にラッパーの2PAC(トゥパック・シャクール)が殺害された事件をめぐり、現地時間8月31日(月)、デュエイン・“ケフィーD”・デイビス被告に初めて第一級殺人の有罪評決が言い渡された。

事件はラスベガス・ストリップ近くの交差点で発生した。デイビス被告自身が引き金を引いたわけではないが、銃撃を指揮したとして起訴されていた。しかし、デイビス被告は一貫して自身の関与を否定している。

デイビス被告は、かつてストリートギャングチーム「サウス・サイド・コンプトン・クリップス」の幹部だった。

事件当夜、2PACが乗っていた車を運転していたシュグ・ナイトが率いるレコードレーベル「デス・ロウ・レコード」は、ストリートギャングチーム「ブラッズ」と関係があるとされていた。一方、ショーン・“ディディ”・コムズが設立したライバルレーベルの「バッド・ボーイ・レコード」は、クリップスとの関係が取り沙汰されていた。

デイビス被告は以前、「コムズが2PACの殺害に対して100万ドルの報奨金を提示した」と主張していた。しかし、売春関連の罪で現在服役しているコムズは、この主張を一貫して否定している。

今回の評決を受け、米『ハリウッド・リポーター』はデイビス被告に独占インタビューを実施。同被告は「俺は善良な人間だ」「まったく心配していない。控訴で出られるから」と語り、一貫して無実を主張した。

現地時間9月2日(水)、米『ハリウッド・リポーター』の記者は、現在63歳のデイビス被告が収容されているクラーク郡拘置所を訪れた。同じ建物内にいながら、取材はビデオ通話で行われた。記者によれば「画面越しのデイビス被告から、刑務所で残りの人生を過ごすことになるかもしれないという罪悪感や苦悩は、ほとんど感じられなかった」という。

本記事では、デイビス被告の主張を中心に、いまだ謎が多い本事件の真相に迫っていきたい。

2PAC殺害事件の真相に迫る――“ケフィーD”・デイビス被告は関与している?

2PACが銃撃された夜、デイビス被告は「マイク・タイソンの試合を観戦した後、ルームメートとUCLA近くのバーへ行き、翌朝に帰宅して子供たちと朝食をとった」と説明。その翌日、コロンビア人の売人から呼び出されてトラックに乗り込むと、新聞を見せられ、そこには「ケフィー・Dの甥がやった」と書かれていたという。

これは、レジー・ライト・ジュニアが周囲に「ケフィー・Dの甥がやった」と話したためだという。デイビス被告は「俺の名前が使われた」と主張し、疑問を呈した。

また、裁判の最終弁論では、デイビス被告がライト・ジュニアに向かって「お前はチクリ屋だ」と口を動かしている映像を検察側が証拠として示した。その背景にも長年にわたる確執があるという。

ライト・ジュニアは、1981年にデイビス被告がライト・ジュニアの妹と交際していたことを、今も根に持っているという。さらに、デイビス被告が1998年に連邦刑務所に収監された後、ライト・ジュニアがデイビス被告の元恋人と結婚したことにも触れ、「女絡みで俺を売った」と非難。ライト・ジュニアを「ものすごく陰険な奴だ」と批判し、自身を刑務所送りにしたのも彼だと主張した。

一方、法廷では、「コムズがデイビス被告の弁護士費用を負担している」という噂が流れていたほか、デイビス被告側から費用の援助を求めたが断られたという話も出ていた。

デイビス被告は、実際にコムズに支援を求めようとしたことを認めている。しかし、実際にはコムズと連絡は取れなかったという。また、ドクター・ドレーにも援助を求めようとしたが、こちらも連絡がつかなかったと明かした。

さらにデイビス被告は、「コムズがシュグ・ナイトと知り合うきっかけを自分が作った」と主張。自身がハリー・Oとナイトを引き合わせ、デス・ロウ・レコードの立ち上げ資金につながったと説明している。

裁判はすべて作られた“筋書き”だった?

これまで、事件への関与について何度も異なる説明をしてきたデイビス被告。しかし、語ってきた証言そのものが、弁護士と記者によって作られた“筋書き”だったと主張した。

デイビス被告は自身を「善良な人間で、人殺しではない」と強調。「コムズから100万ドルを提示されたことも一度もない」と主張した。

デイビス被告は、『ロサンゼルス・タイムズ』の記者と弁護士が自分のために“脚本”を書き、その内容に沿って話していたと説明。「ライト・ジュニアも証言台で嘘をついた」と非難した。

捜査に関わった警察官や検察官が裁判でした証言についても、デイビス被告は「嘘だらけだった」と主張。刑事から「ショットコーラー(組織の指揮役)」と表現されたことについても反論した。

デイビス被告は、「1988年時点でギャング活動から足を洗っており、タトゥーも一つも入れていない」と説明。「自分がラスベガスにいたことを示す映像すら、州側は持っていない」とし、検察側の証拠不十分を主張した。

そもそもFBIと話をするきっかけは、事件当日に自宅から出た人物たちが全員、検問で止められたことだったという。しかし、デイビス被告の担当弁護士とは異なる弁護士を指名され、連絡を取った。その弁護士から、「FBIが自分と話したがっている」と告げられた。

その後、弁護士はデイビス被告が読むための“脚本”を用意した。その面談は2008年12月に行われた。面談に備え、デイビス被告は約1週間にわたって脚本の内容を繰り返し練習した。その筋書きどおりに話した結果、自分たちは解放され、「うまくいった」とデイビス被告は振り返る。

一方、担当捜査官が会話を録音していたことは想定外だった。デイビス被告によれば、その捜査官は「金儲け」のために録音したという。この捜査官はのちに退職し、2PAC殺害事件を題材にしたドラマ『Unsolved: 未解決ファイルを開いて』(2018年)の制作に携わった。

また裁判では、州側が2PACに関する記事を集めたスクラップブックを陪審員に提示。検事は、「デイビス被告が自分の関与した殺人事件の記事を集めていた」と主張した。

これについてデイビス被告は、「スクラップブックは自分の娘たちが保管していたもの」だと説明。現在43~47歳となった3人の娘は当時、2PACのファンだったという。さらに、スクラップされた記事の大半は、デイビス被告が連邦刑務所に収監されていた時期のものだった。

一方で、デイビス被告は、自身が過去に連邦捜査官に嘘をついたことを「後悔している」とも語った。

2008年当時、娘たちから「パパはもう私たちの成長を15年も見逃した。また同じことを繰り返すの?」と訴えられ、捜査官に嘘をつくよう頼まれたという。用意された筋書きどおりに証言したおかげで、「18年間にわたって刑務所に入らずに済んだ」とデイビス被告は語った。

事件関係者たちへの複雑な思い「本当のことを証言するべき」

デイビス被告は、「ナイトがコンプトン警察署長や市長と深いコネを持っていた」と非難している。また、ナイトが率いたギャングチーム「ブラッズ」の結成より、自身が所属していた「サウス・サイド・コンプトン・クリップス」の方が結成が早く、「自分たちのほうがはるかに多くの資金を持っていた」と主張した。

一方で、「ナイトはギャング活動に関わるべきではなかった」との思いも明かした。デイビス被告は、ナイトらが100万ドルを手にした後にギャングのような活動を始めたことから、「ふつうは順番が逆だ」と指摘した。

そんなナイトに対して、デイビス被告は「本当のことを証言するべきだ」と訴えた。デイビス被告によれば、ナイトは事件当夜、自分が2PACと同じ車に乗っていなかったことを知っているという。

一方でコムズに対しては、「助けてほしい。家族の面倒を見てほしい」と訴えた。

回想録との矛盾はなぜ生まれた?――控訴もすでに準備中

デイビス被告はこれまで、テレビのドキュメンタリーシリーズや有料配信のポッドキャスト、さらに自身の回想録『Compton Street Legend(原題)』などを通じて、2PAC殺害事件への関与について語ってきた。しかし現在、過去の発言について謝罪する様子はない。

むしろデイビス被告は、これまで語ってきた内容の大半は、「別件での起訴を免れるため」、そして「金を稼ぐため」に作り上げた話だったと主張している。現在のデイビス被告によれば、2PACが銃撃された夜、自身はラスベガスにすらいなかったという。

また回想録については、そもそも「自ら執筆したものではない」と主張している。デイビス被告によれば、共著者から「人生で起きたエピソードを10個くらい話してほしい」と頼まれ、本の内容はそれらのエピソードに肉付けしたものに過ぎないという。

デイビス被告は、弁護士から「証言台に立てば控訴の可能性を損なう恐れがある」と説明されたため、自ら証言することを見送ったと語った。一方で、デイビス被告は控訴を前向きに検討している。裁判が始まる前から、すでに控訴に向けた準備を進めていたという。

また、裁判中に大腸がんの再発が報じられたことについて、「今は元気だ」と説明した。

最後に世間へ伝えたいことを問われると、デイビス被告は改めて「自分は無実だ」と主張した。デイビス被告には、プロフットボール選手を目指す2人の孫がおり、「2人が大金を稼ぐようになったら、俺をここから出してくれるはずだ」と語った。

この裁判の量刑言い渡しは、現地時間10月13日(火)に予定されている。

※本記事は英語の記事から抄訳・要約しました。

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