『エミリア・ペレス』ジャック・オーディアール監督にインタビュー「人は第二の人生を得る権利がある」

ジャック・オーディアール監督 © Eponine Momenceau
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第97回アカデミー賞で最多12部門13ノミネートを達成し、助演女優賞と歌曲賞の2部門に輝いた注目作『エミリア・ペレス』が、3月28日(金)より公開される。

本作で監督・脚本を務めたのは、『預言者』ではフィルム・ノワール、『ゴールデン・リバー』では西部劇、『パリ13区』ではラブストーリーと毎回新しいジャンルの映画を次々に世に送り出してきたフランスの名匠ジャック・オーディアールだ。

30年のキャリアを誇る彼が最新作で描いたのは、サスペンス、ヒューマンドラマ、アクションが融合された唯一無二のミュージカル映画。

「女性として新たな人生を生きたい」と願う冷酷な麻薬王マニタスを中心に、4人の女性たちが幸せを求め運命を切り開いていく物語を、72歳の名匠が独創的かつエネルギッシュな作品に作りあげた。

来日したジャック・オーディアール監督に単独インタビューを実施。

麻薬王マニタスのキャスティング秘話や、アカデミー賞歌曲賞を受賞した『El Mal』の撮影の裏側、本作に込めた思いについて話を聞いた。

ゾーイ・ザルダナとカルラ・ソフィア・ガスコン ©2024 PAGE 114–WHY NOT PRODUCTIONS–PATHÉ FILMS-FRANCE 2 CINÉMA

「ミュージカル映画は以前から作ってみたかった」

────先日のアカデミー賞では助演女優賞と歌曲賞の2部門受賞、そして監督賞ノミネートおめでとうございます。アカデミー賞授賞式はいかがでしたか

これまで様々な映画祭や授賞式に参加してきましたが、アカデミー賞授賞式はショーのようなパフォーマンス的な要素が多くて、とても楽しい時間が過ごせました。

────オーディアール監督は『ゴールデン・リバー』では西部劇、『パリ13区』ではラブストーリーなど、毎回新しいジャンルの映画を制作されています。『エミリア・ペレス』の始まりはオペラだったそうですが、ミュージカル映画を作ることは以前から考えていたのでしょうか。

実はミュージカル映画をいつか制作したいと以前から考えていました。2作目の『つつましき詐欺師』(1996年・日本劇場未公開)を撮影したとき、映画音楽を手がけた作曲家アレクサンドル・デスプラとミュージカル映画を制作したいと話し合っていたんです。

『預言者』(2009年)のときにも、脚本を手がけたトマ・ビデガンと、パリ郊外(バンリュー)を舞台にしたミュージカル作品を制作することを構想していました。なので前々からいつか制作したい気持ちが念頭にあって、本作でようやく実現したんです。

『エミリア・ペレス』メイキング風景 ©2024 PAGE 114–WHY NOT PRODUCTIONS–PATHÉ FILMS-FRANCE 2 CINÉMA

「人は第二の人生を得る権利がある」

────監督の作品は「新しい人生を生きる、新しい自分に出会う」というテーマが多く、本作でもそのメッセージを強く感じましたが、監督ご自身の経験などが投影されているのでしょうか。

直接的に私の自伝的な映画というわけではないのですが、自分がこれまでに経験したことと関係していたり、全然関係なかったり、人生経験が少し投影されていたりします。

──── また同時に、本作では「なりたい自分になるためには痛みや代償が伴う」というメッセージを感じました。どのような思いを込めたのでしょうか。

先ほどの質問の答えにも繋がりますが、人というのは第二の人生を得る権利があるということです。

そして、それが「どういったものなのか」「どういう方法で得られるのか」「第二の人生を得るためには代償を支払わなければいけないのか」ということを表現しています。

例えば、本作では麻薬王マニタスが性別適合手術をしたがゆえに、大切なものを手放さなければいけなかったように、何かを得れば代償が伴うものなのだという描き方にしました。

主演のカルラ・ソフィア・ガスコン ©2024 PAGE 114–WHY NOT PRODUCTIONS–PATHÉ FILMS-FRANCE 2 CINÉMA

「麻薬王マニタスはカルラが演じる予定ではなかった」

──── トランスジェンダー俳優のカルラ・ソフィア・ガスコンは麻薬王マニタスとエミリアと2役演じましたが、同一人物だとは信じられないほど見事に演じ切っていました。役作りについて、カルラとはどのような話し合いをしましたか。

当初は、女性になったエミリアと男性だった時代のマニタスをカルラが演じることは、本人が怖さを感じたり混乱して上手くいかないのではないかと心配していました。

ですが、彼女から2役演じさせてほしいと何度も繰り返し言われて、マニタス役も任せることにしたんです。

カルラがとても熱心に2人のキャラクターを作り上げてくれたおかげで、結果的にエミリアとマニタスの2役演じたことが、本作において最も魅力的なものになったんです。

────では当初はマニタス役には違う俳優さんを起用する予定だったのでしょうか。

おっしゃる通りです。元々はマニタス役は男性キャストに演じてもらう予定でキャスティングもしていました。多くの候補者に会ったのですが、やっぱり説得力がないと感じていました。そんなときに、カルラがマニタス役も演じたいということでお願いしたんです。今となっては、やっぱり彼女じゃなきゃ演じ切れなかったと思っています。

『El Mal』でパフォーマンスするゾーイ・サルダナ ©2024 PAGE 114–WHY NOT PRODUCTIONS–PATHÉ FILMS-FRANCE 2 CINÉMA

『El Mal』のイメージはザ・ローリング・ストーンズの『Sympathy For The Devil』

────アカデミー賞歌曲賞を受賞した 『El Mal』のミュージカル・シーンでは、これまで自分のために声を上げてこなかったリタ(ゾーイ・サルダナ)の心の叫びを表現する場面でパワフルで圧巻でした。このシーンをパフォーマンスしたゾーイ・サルダナには、どのようなイメージを伝えましたか

このミュージカル・シーンでは、真っ暗な会場に大勢の中から一人ずつ探し出していくシーンを想定していました。イメージとしてあったのは、ザ・ローリング・ストーンズの『Sympathy For The Devil(悪魔を憐れむ歌)』のミュージックビデオです。ああいった雰囲気でシーンを作り上げたかったんです。

それでリタ役のゾーイには真っ赤なベルベットスーツを着てもらい、小悪魔的な印象にしました。あともう1つイメージしていたのは、ゾーイが歌って踊る最中にエミリアがスピーチをしてその言葉が会場の間を貫いていくという場面です。

会場にいる大勢の人々が 踊り出してピョンピョン跳ねるシーンは、虫が飛んでるようなイメージにしたんですよ。

本作では振付家のダミアン・ジャレが振付を担当しています。『El Mal』のパフォーマンスは、登場人物が多く大勢の人たちに振付をする必要がありました。練習時間が1日しか取れず、みんなプロのダンサーというわけではなかったので、限られた時間内での撮影は本当に大変でした。

ジャック・オーディアール監督 ©2024 PAGE 114–WHY NOT PRODUCTIONS–PATHÉ FILMS-FRANCE 2 CINÉMA

──── 『El Mal』を始め、登場する楽曲はどれもエネルギーに溢れていてメッセージ性が強く、鑑賞した後も頭からずっと離れませんでした。楽曲について音楽を担当したクレモン・デュコルとカミーユとは、どんな話し合いをされたのでしょうか。

作曲がクレモン・デュコルで、作詞がカミーユ、そこに私も加わり3人で進めていきました。私自身も音楽の制作に参加したことはなく、彼らも普段は単独で作曲や作詞をしています。なのでこうして第三者が介入して共同で制作していくのは全員にとって初めての経験でした。

作業はステップ・バイ・ステップで、歌を書き進めてそして少しシナリオを書き進め、シナリオを書き進めたら今度は歌を書き進めて、というようにかなり時間をかけて丁寧に制作しています。構想を練ってから制作、撮影とすべてが完了するまでに4、5年半かかりました。

──── 監督は『予言者』『ゴールデンリバー』では男性社会を描き、『パリ13区』では女性視点の作品で本作も女性たちの物語です。近年は女性視点の作品が続きますが、これまでの作品との違いや何か新しい発見はありましたか。

これまでの作品と本作では、役者さんに対する要求が全く違いました。過去の作品ではリアリズムなものが描かれていましたが、本作はかなり想定外で普通ではあり得ないようなことを描いています。なので映画の撮影というよりは、舞台や劇団で仕事しているような気分で仕事を進めたんです。

©2024 PAGE 114–WHY NOT PRODUCTIONS–PATHÉ FILMS-FRANCE 2 CINÉMA

「他者を理解して受け入れること」

──── 本作に登場する4人の女性たちが、それぞれ抑圧されていた世界から勇気を出して飛び出していく姿に共感し心を打たれました。どのような思いが込められていますか

本作で意図したのは、それぞれの登場人物がどんどん大きく変化をしていくということです。ドミノみたいにエミリアという人物が中心にいて、彼女がポンとドミノを倒したら、みんながバタバタバタってその人ぞれぞれに変化をしていく。マニタスが性別適合手術をしてエミリアになったことで、リタも今まで鬱屈していて納得のいかない人生を送っていたところから、急に花が開いて生まれ変わっていきます。

エミリアを中心にしたドミノのように、彼女がどんどん影響力を広めて周りのみんなが生まれ変わっていく姿を表現したんです。

──── 本作はエネルギーに溢れる作品で私自身もパワーや勇気をもらいました。これから本作を鑑賞する皆様へメッセージはありますか。

本作を通じて伝えたかったことは、他者を受け入れる寛大さが重要だということです。今のアメリカの社会背景を見ると、特にトランスジェンダーの方たちはなかなか生きづらいと思いますが、他者を理解して受け入れること、そしてその心の寛大さを大切にしてほしいと伝えたいですね。

©2024 PAGE 114–WHY NOT PRODUCTIONS–PATHÉ FILMS-FRANCE 2 CINÉMA

『エミリア・ペレス』 
2025年3月28日(金)新宿ピカデリーほか全国公開

<あらすじ>

弁護士リタは、メキシコの麻薬王マニタスから「女性としての新たな人生を用意してほしい」という極秘の依頼を受ける。リタの完璧な計画により、マニタスは姿を消すことに成功。数年後、イギリスに移住し新生活を送るリタの前に現れたのは、新しい存在として生きるエミリア・ペレスだった。過去と現在、罪と救済、愛と憎しみが交錯する中、運命は思わぬ方向へと大きく動き出す――

監督・脚本:ジャック・オーディアール『君と歩く世界』『ゴールデン・リバー』『パリ13区』
出演:ゾーイ・サルダナ、カルラ・ソフィア・ガスコン、セレーナ・ゴメス、アドリアーナ・パス
制作:サンローランプロダクションbyアンソニー・ヴァカレロ
配給:ギャガ
©2024 PAGE 114–WHY NOT PRODUCTIONS–PATHÉ FILMS-FRANCE 2 CINÉMA

ジャック・オーディアール

1952年4月30日、フランス・パリ生まれ。父親は脚本家で叔父はプロデューサーという映画一家に育つ。大学で文学と哲学を専攻した後、編集技師として映画界に携わるようになる。その後、1981年から脚本家として活動を開始し、1994年に『天使が隣で眠る夜』で映画監督デビュー。同作でセザール賞を3部門受賞し、続く『つつましき詐欺師』(96)でカンヌ国際映画祭の脚本賞を受賞した。カンヌ国際映画祭で審査員特別グランプリを受賞した『預言者』(09)、同じくカンヌでパルム・ドールを受賞した『ディーパンの闘い』(15)、ヴェネチア国際映画祭で銀獅子賞に輝いた『ゴールデン・リバー』(18)などがある。

(インタビュアー/テキスト 堀田明子)

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