【ネタバレ解説】映画『教皇選挙』の展開はあり得る?バチカンの専門家が本音で語る

[本記事は、映画『教皇選挙』のネタバレを含みます。]
映画『教皇選挙』を観た者にとっては、疑問が尽きない。ひとつの演説で教皇の座に上り詰めることは現実にあり得るのか?そして、新たに選出された教皇がとんでもない秘密を明かしたら、一体どうなるのか?
そんな疑問に答えるために、映画の題材となった世界における最も博識な専門家たちが集まり、作品を解説。『教皇選挙』の何が史実に基づいており、何が笑い飛ばすべきフィクションなのか耳を傾けてほしい。
回答者は以下の通り
- キャスリーン・スプローズ・カミングス氏:歴史学者、ノートルダム大学教授、バチカン研究者
- デヴィッド・ギブソン氏:フォーダム大学宗教&文化センター所長、バチカン専門家、元ジャーナリスト
- アミール・フセイン氏:ロヨラ・メリーマウント大学の教員、アメリカ宗教学会の元会長、カトリックとイスラムの関係に関する専門家
- デニス・ドイル氏:デイトン大学宗教学名誉教授、教皇制度の専門家
- カート・マーテンス氏:アメリカ・カトリック大学の教会法教授、自称コンクラーベ・オタク
――――――劇中で描かれた策略は現実的ですか?それとも、ハリウッド風に脚色されたものですか?
マーテンス:こういった話し合いはすべて、コンクラーベ中、またはその前に行われます。夕食会がたくさん開かれますが、それは駆け引きのためというより、お互いを知るためです。ただし、政治的な話は行われます。2005年にベネディクトが選出されたときも、2013年のときもそうでした。
ギブソン:映画の中で描かれている展開で、実際のコンクラーベや枢機卿会と一致している点の1つは、教皇が自分の健康状態が悪いことを決して明かさないということです。教皇は亡くなるまで病気ではないのです。そうでないと、権力争いが激しくなってしまうからです。そして教皇が亡くなった後に、皆が動き始めるのです。
カミングス:ただし、コンクラーベに先立ち、すべての枢機卿がローマに集まる際に総会が行われます。だから、映画では「3週間後」と記されているのです。劇中のコンクラーベ中に描かれている多くの政治的な駆け引きは、実際にはその期間に起きています(笑)。でも、「総会」では面白いハリウッド映画にはならないでしょうね。
――――――では、組織的な選挙活動についてはどうでしょう?
ギブソン:彼らは本当の意味で選挙活動はしません。自分の「教会に対するビジョン」について語るのです。そして偶然にも、それがあるスピーチをした人物とぴったり一致するのです。枢機卿たちは自分自身のために選挙活動をすることはありません。代わりに、他の人がそれを行うのです。
カミングス:2013年の総会では、ホルヘ・ベルゴリオ枢機卿(教皇フランシスコ)が行ったスピーチが大きな話題を呼びました。彼は、キリストが入るためだけでなく出るためにも扉を叩くことについて語り、教会は周縁へと向かうべきだと伝えたのです。このスピーチが、彼が選ばれた大きな理由の1つでした。
――――――つまり、ベニテスがスピーチによって教皇に選ばれるという展開は、実際に起こり得るだけでなく、11年前にも実際にあったということですか?
ドイル:2005年にも起きました。ラッツィンガー枢機卿(ベネディクト16世)がヨハネ・パウロ2世のためのミサで司式し、壮大な説教を行ったのです。それで、皆が突然彼のことを知るようになりました。
ギブソン:会議室でレイフ・ファインズ演じるローレンスが行ったスピーチは、ラッツィンガーのあのスピーチに少し似ています。彼は原稿を脇に置き、心から語り始めました。そして実際にラッツィンガーは選挙に勝利しました。映画ではそれをサン・ピエトロ大聖堂ではなく会議室でやっていたのが奇妙でしたね。たぶん、大聖堂のCGが用意できなかったのでしょう。
マーテンス:コンクラーベの後半になると、何回か投票しても教皇が決まらない場合、枢機卿たちが交代で演説をして他の枢機卿たちに訴えかけるのです。
ギブソン:ベニテスが何の前触れもなく選ばれるという設定は、このジャンルの宿命ですね。私はこれを「教皇フィクション」と呼んでいます。コンクラーベには130人が集まり、その誰が選ばれてもおかしくないのです。いまモンゴルにも枢機卿がいて、信徒数はたった1,400人です。彼はベニテスによく似ています。彼が教皇になる可能性もあります。
カミングス:ちょっと疑問があるのですが、「カルディナーレ・イン・ペクトーレ」(教皇によって内密に任命された枢機卿)って、本当にあり得るのですか?つまり、「教皇が私を枢機卿に任命したが、誰にも知らせていない」と言って突然現れるようなことが。
マーテンス:あのイン・ペクトーレの枢機卿が出てきた瞬間、「これはあり得ない」と思いました。イン・ペクトーレは教皇の「心の中で」任命されるという意味です。教皇しか知らないのです。だから、任命された本人ですら、教皇が名前を公表しない限り、自分が選ばれたことを知らないのです。
――――――コンクラーベのトップが、ベニテスを止めるべきだったのですか?
マーテンス:その通りです。彼を中に入れてはならなかったのです。ただ、ラテン語の祈りには感心しました。本当に素晴らしい出来でしたね。
ギブソン:ファインズのイタリア語もかなり上手でした。
フセイン:衣装も見事です。
――――――リベラル化についての議論はどうですか?あんなに率直に話すものなのでしょうか?
ギブソン:あの議論は、実際に今もかなり率直に行われています。映画なので、より明確で劇的に描く必要がありますが、実際の流れも、「すべてを前に進めて変えていくのか、それとも伝統的なカトリックに戻るのか」というものです。
フセイン:イエズス会の司祭にはインド系やアフリカ系が多くいます。私の地元トロントには多くのドミニコ会修道士がいます。教会は多様性に向き合わなければなりません。
ギブソン:映画の中に、変革について話し合う場面があり、さまざまなグループについて語られた後にスタンリー・トゥッチ演じるベリーニが「そして女性」と言い、ある枢機卿が間を置いて「女性のことは話題にしないでおこう」と言います。これはとても現実的なことです。教会の改革については色々なことを話せますが、「女性」と「同性愛者」となると、急に皆が神経質になるのです。
カミングス:シスターたちは誇張の対象になりやすいのですが、イザベラ・ロッセリーニの演じた知的な女性像はとてもリアルで素晴らしかったです。ただ、彼女が突如話に割って入る場面や、夜に司祭たちの部屋があるサン・マルタ館の近くにいるというのは現実的ではありません。でも、彼女が語った「シスターたちは見て、聞いている」という言葉は、シスターの本質をとてもよく表していて、素晴らしいと感じました。
――――――教皇に任命されたベニテスは、最終的にインターセックス(男性と女性の身体的特徴を持って生まれた人)であることが判明します。もし新教皇がそのような告白をしたら、枢機卿たちはそれを受け入れるのでしょうか?
ギブソン:私は声を出して笑ってしまいました。映画にはほかにも多くの深いテーマがあるのに、あれは本当に必要だったのか?とも思いました。でも、ちょうどその前の週、私は学生たちとローマにいて、教皇がインターセックスやトランスジェンダーのティーンを歓迎したのです。だから、この突飛なツイストも別の意味で心に響きました。映画の中で枢機卿がインターセックスの人を受け入れ、「神があなたをそう造られたのだから、あなたらしく生きなさい」と言ったように、実際の教皇も彼らを歓迎したばかりだったからです。
カミングス:一緒に観ていた女性たちの多くは「本気?女性が教会で力を得る手段がこれなの?これがその道なの?」といった反応でした。だから、私たちのグループには笑いはありませんでした。
マーテンス:たくさんの笑い声を聞きましたが、「なぜ笑っているのだろう?」と感じました。私は戸惑いましたね。これは重要な問題です。彼の司祭としての叙階は有効だったのか?そういった多くの疑問を考慮すると、どう考えればいいのかさえ迷ってしまいます。
ドイル:この全体の話が現実的かどうかを考えてみたとき、「もしかしたら、ある程度は」と思いました。確かに非常に突飛で、現実味は薄いです。でも、象徴的なレベルでは成立しています。明らかに、劇中で亡くなった教皇はフランシスコ教皇をモデルにしており、彼がどれだけ女性を重視する教会を築こうとしたか、その影響力を問うものです。その象徴的な意味において、この映画はよくできていたと思います。今の教会の現状に照らしても、非常に現実的な要素があると思います。教会が変わる必要があるという、真剣なメッセージが込められています。
――――――最後に印象に残った場面はありますか?
カミングス:ベニテスが自分の教皇名を考えていたと打ち明ける場面ですね。まるでそれが大ごとのように描かれていましたが、実際には全ての枢機卿が教皇名を考えているものです。
ギブソン:あれはいいセリフでしたね。「みんな名前を決めているものだ」って。
カミングス:デイヴィッド、あなたは教皇名を決めていますか?
ギブソン:まだ考え中です。
※本記事は英語の記事から抄訳・要約しました。編集/和田 萌
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