ホーム » JAPAN » カンヌ出品『すべて真夜中の恋人たち』岨手由貴子監督が語る

カンヌ出品『すべて真夜中の恋人たち』岨手由貴子監督が“光と孤独”を語る――岸井ゆきの×浅野忠信、静かなるラブストーリー

/ / / /
カンヌ出品『すべて真夜中の恋人たち』岨手由貴子監督が語る、浅野忠信、岸井ゆきの
浅野忠信、岸井ゆきの、『すべて真夜中の恋人たち』より 写真:Bitters End
スポンサーリンク

川上未映子の傑作小説を映画化した『すべて真夜中の恋人たち』が、第79回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門に出品され、ワールドプレミアを迎えた。孤独を抱えながら東京で生きる校正者の女性が、恋の予感をきっかけに、「光」と「自己認識」をめぐる哲学的な問いに向き合っていく物語だ。主演は岸井ゆきの、共演に浅野忠信を迎える。

本記事では、米『ハリウッド・リポーター』による岨手由貴子監督の独占インタビューをお届けする。

カンヌで絶賛、『すべて真夜中の恋人たち』が描く孤独と静かな愛

光に強いこだわりを持って作られた映画でありながら、本作が描き出す世界の多くは、静かな闇の中にある。夜明け前の東京のアパートに差し込む淡い光や、誰にも祝われない誕生日の深夜に一人きりで歩く街路。本作は岨手由貴子監督にとって長編4作目となる作品であり、繊細で余韻を残す恋愛映画だ。

ぎこちなく、どこか不器用な恋愛の歩みを通して、本作は大きな哲学的テーマを浮き彫りにする。人はどのようにして他者に認識されるのか。そして、自分の感情や思考のどれが本当に「自分自身」なのか——。

主人公の冬子(演:岸井ゆきの)は、フリーランスの校正者として働いている。静かなアパートで黙々と仕事をこなし、ときおり同僚の聖(演:森田望智)と出かける以外は、ほとんど他人と関わらない生活を送っている。年に一度の“ご褒美”は、誕生日の深夜に街を散歩することだった。

岸井ゆきの、『すべて真夜中の恋人たち』より
岸井ゆきの、『すべて真夜中の恋人たち』より 写真:©2026『すべて真夜中の恋人たち』製作委員会

誰の名前も知らない都会に身を溶け込ませるような、修行にも似た暮らし。しかし、冬子の内面は決して穏やかではない。昼間から酒を飲む癖が見え始めるにつれ、不安や孤独が少しずつ浮かび上がっていく。

そんな彼女の日常に小さな変化をもたらすのが、地域の文化センターで出会う高校の物理教師・三束(演:浅野忠信)だ。静かで穏やかな語り口の彼は、冬子から光について質問されると、どこか寓話めいた言葉でその仕組みを語る。ぎこちない距離感の2人は、やがてカフェで会うようになる。互いに惹かれ合う2人だが、それぞれ誰にも打ち明けられない秘密を抱えていた。

岨手由貴子監督が描く“光”についての物語

原作小説は、著者初の恋愛長編小説にして、世界40カ国以上で刊行された人気作だ。日本語小説として初めて全米批評家協会賞・小説部門にノミネートされるという快挙も達成した。


川上未映子『すべて真夜中の恋人たち』(講談社文庫)
川上未映子『すべて真夜中の恋人たち』(講談社文庫) 画像:Amazon.co.jp

本作は、岨手監督がプロデューサーから原作小説を手渡されたことがきっかけで始まった。以前から川上作品を愛読していた岨手監督だが、この小説を読むのは初めてだったという。

岨手監督は米『ハリウッド・リポーター』の取材に応じ、次のように語った。

40万部の原作が、カンヌを泣かせた。『すべて真夜中の恋人たち』フォトコール全記録
浅野忠信、岸井ゆきの、岨手由貴子監督、第79回カンヌ国際映画祭にて=現地時間2026年5月17日 写真:©︎Kazuko WAKAYAMA

「私にとって、この小説は“光”についての物語でした。そして映画を作る人間にとって、“光”というテーマには抗えませんでした。どうしても映画化したいと思ったんです」

原作者の川上は映画化にあたり、岨手監督と脚本チームに一切注文を出さなかったという。「『あとは皆さんにお任せします』と言ってくださいました」と岨手監督は振り返る。

ただ一つだけ川上が口にしたのは、原作刊行から10年が経過しているため、現代に添ったリアリティを加えるべきだという点だった。映画では、AIの普及が校正という職業に及ぼす影響について触れられている。

しかし、岨手監督が特に重視したのは、原作小説全体に流れる「哲学的なテーマ」だった。三束が語るように、光は何かに当たって初めて目に見える。同じように、人の内面もまた、他者との関係性の中で初めて輪郭を持つ。本作はそれを静かに示唆している。

岨手監督は「自分がいて、相手がいる。ですが、“本当に誰かに近づく”というのはどういうことなのか。その問いを描きたかったんです」と語った。

一方で冬子は、あらゆる芸術家が抱えるような不安にも取り憑かれている。自分の感情や考えは本当に自分だけのものか、それとも過去に読んだものや、触れてきたものの引用に過ぎないのか——。

彼女は孤独の中に閉じこもることで、ある種の誠実さを保とうとしている。社会との距離を置くことが、自分を守る唯一の方法だと信じているのだ。岨手監督も脚本執筆中に、このテーマに強く共鳴したという。

「映画を撮っていると、自分がこれまで観てきた映画の蓄積から作っているのか、それとも本当にオリジナルなものに辿り着けているのか、分からなくなることがあります」と岨手監督は心中を明かした。

幻想的な映像美――16mmフィルムが東京の孤独を映し出す

“光”と“真正性”という本作のテーマは、映像面にも色濃く反映されている。岨手監督は16mmフィルムでの撮影にこだわり、予算面で懸念を抱いていたプロデューサー陣を説得した。

「フィルムは、光をそのまま物理的に焼き付けることができます。デジタルだと、白飛びしてしまったり、“そこに実在している”という感触が薄れてしまうことがあるんです」

16mmフィルムという選択は、作品全体に流れる“アナログな感覚”とも結びついている。丁寧に言葉を整える校正者の仕事は、AIによる効率化とは対極にある作業として描かれている。

撮影監督を務めたのは、黒沢清監督の最新作『黒牢城』も手がけた佐々木靖之。本作では、東京の街を絵画のような薄明かりの中に捉えている。滲むネオンや夕暮れの空気、ぼやけた信号の光——それらが相まって、都市の孤独が静かな映像美として立ち上がる。

また、原作の内省的な描写を映像で表現するため、岨手監督は構図にも細かな工夫を施した。

「三束以外の男性といる時、冬子は正面を向いていません。彼女が相手と完全には向き合えていないことを示しています」

一方で、三束とのシーンでは、会話する際の構図が次第に近い距離へ変化していく。冬子が少しずつ心を開き、他者との関係性を築こうとする変化が、画面構成に表れているのだ。

すべての孤独な都会人へ贈る物語「冬子は恋をして居場所を見つけた」

この繊細な物語を支えているのが、俳優陣の卓越した演技だ。警戒心と脆さを同時に抱えた冬子を、岸井ゆきのが抑制の効いた芝居で表現している。

一方、『SHOGUN 将軍』(2024年~)で世界的に注目を集めた浅野忠信は、三束という人物に独特の奥行きを与えている。岨手監督によれば、浅野は役作りのために独自のバックストーリーまで作り上げてきたという。

「本当に予想外でした。ただ、その内容はお話しできません」と岨手監督は笑う。

浅野忠信、岸井ゆきの『すべて真夜中の恋人たち』でカンヌ熱狂
岸井ゆきの、浅野忠信、『すべて真夜中の恋人たち』より 写真:Ⓒ2026『すべて真夜中の恋人たち』製作委員会

岨手監督によれば、本作が描き出すのは「現代東京に生きる、30~40代の孤独な都会人の姿」だ。傷つくことを恐れるあまり、恋人や家族を作りたいという思いが消え去り、人と深く関わることを諦めてしまった人は多い。

「大都市では、人は簡単に周囲に紛れ込んでしまいます。誰とも関わらずに生きることもできる。ですが人間は本来、他者なしには存在できません。だからこそ、人は誰かを求めたり、憧れたりするんです」

静かな悲しみをたたえた本作だが、岨手監督は、冬子の物語には確かな救いがあると言う。冬子は、自分だけが特別に孤独なのだと思い込んでいた。しかし恋愛を経験することで、自分もまた、世界のどこかで誰かを愛した無数の人々の一人なのだと気づいていく。

「恋が成就したかどうかは関係ありません。冬子は恋をしたことで、“愛を知っている人たち”の一員になれた。少しずつ孤独を抱えながら生きている人たちの“共同体”の中に、自分の居場所を見つけたんだと思います」

『すべて真夜中の恋人たち』は2026年秋に全国ロードショーされる。

※本記事は英語の記事から抄訳・要約しました。

【関連記事】

スポンサーリンク

類似投稿