全米脚本家組合ストライキで20億ドルの経済的打撃 今後も影響が継続する見通し
全米脚本家組合(=“WGA”)がストライキを呼びかけた翌日、セットデコレーターが所属する団体“Set Decorators Society”の集会が開かれた。プロップ・ハウス“History for Hire”のオーナー、パム・エリア氏はストライキに備え従業員を解雇することを余儀なくされた。そして「私たちは貯蓄してきました。でも、ともにある物を手に入れようとするときには何かが起きます」と語った。
15年前に、脚本家が100日間に及ぶストライキを決行した際は、約20億ドルの損失を出していた。グローバル戦略家のケヴィン・クロウデン氏は、先週の時点で損失は20億ドルに値するというシンクタンクの推測を踏まえながら、今回のストライキでそれ以上に大きな財政的打撃がもたらされると予想している。
ハリウッドでは1日につき何百万ドルものお金が、ホテルやレストランの経営、従業員の給与につぎ込まれている。モーション・ピクチャー・アソシエーションによると、メジャーな映画スタジオがロケを行えば、地域のコミュニティーに1日25万ドルもの経済的利益が生じるという。前回のストライキでは、脚本家やスタッフに対する逸失賃金が7億ドル以上にのぼるなど、カリフォルニアの財政への打撃に直面した。
経済的な影響は、ストライキの期間に左右される。業界の関係者は経済的影響の予想は避けたものの、少なくとも現在のストは前回と同じくらい長期化するとみている。4日、ムーディーズ・インベスターズ・サービスは「ストライキが半年以上長引くと、多くのメディア会社に打撃を与える」と予測した。
現時点で脚本家組合と映画テレビ製作者同盟(=“AMPTP”)は、交渉において互いに立場を譲らず。今回の交渉では、賃金のレベルや種類、脚本の作成におけるAIの使用、ストリーミング・データの透明性の向上、ライター・ルーム内の最小限のスタッフ数について話し合いがなされている。
AMPTPによると、2万人もの労働者が仕事を休止しているという。このままストが続けば、映画・テレビ業界内で80万の仕事に対する約810億ドルも賃金が脅かされることになる。すでに『サタデー・ナイト・ライブ』ほか、様々な夜の番組が放送を休止している。映画史研究家のジョナサン・クンツ氏は「ストライキが落ち着いても、その影響はアメリカ全土に波及する」と見込んでいる。「南カリフォルニアに、数十億ドル規模の甚大なインパクトを与えるだろう」
ロサンゼルスの映画業界で働く者たちは、数か月にわたりストライキの影響を受けている。プロダクションはストに備えて撮影日程を大幅に減らしたり、逆にコンテンツを蓄えるため製作を加速させるなどした。FilmLAによると、第1四半期の時点で24%もの製作の減少(昨年比)を招いた。
2022年のプロダクションは、コロナ禍でコンテンツが大量に備蓄されたことで増加。昨年の増加がストに備えたスタジオとオーバーラップする一方で、ここ最近の緊縮が今年のプロダクションの減少を引き起こしたとも考えられる。先週発行されたテレビコンテンツの撮影許可証は6枚のみで、実際に撮影が行われるかは不明だ。またロサンゼルスに限らず、ジョージアやニューヨークといったメジャーなプロダクションにも影響が及んでいる。「あらゆるテレビ番組が休止されています」とアトランタを拠点に置くプロップ会社“Bridge Furniture & Props”のチェイス・ヘルザー氏は語った。
万が一ストライキが延びた場合、ハリウッドの仕事日は劇的に変化するだろう。脚本家たちが決行日直前に新作の脚本を提出した結果、現在重役たちは大量の脚本を目の前にしている。ある重役は「冗談抜きで、23億以上の脚本が手元にある状態です」と伝えた。
脚本家とスタジオは、両者とも議論の長期化を想定している。AMPTPからは8600万ドルを提示されたとしながら、WGA側は4億ドル以上の賃上げを要求。8つのメジャーなスタジオ・ストリーマー(ディズニー、Netflix、ワーナー・ブラザース・ディスカバリー、パラマウント、ソニー、NBCユニバーサル、Amazon、Apple)の間で振り分け、1社あたり約5000万ドルを請け負うことになる。AMPTP側は、最低賃金についての提案は1年あたり4100万ドルではなく、約9700万ドルに値すると主張した。
しかしながら、交渉は賃金以上の範囲に及び、2つの哲学的相違が両者の分断を生んでいる。WGAはライター・ルーム内の最小限人数や最低雇用期間の制定に、AMPTPが協力的でないと主張。一方、スタジオ側はWGAの提案は脚本家を余分に雇うことにつながるとし、結果として“業界の特性にそぐわない採用数に達する”と述べた。またAI問題については、WGAがテクノロジーを用いた脚本作成に異議を唱えているのに対し、AMPTPは「脚本家は、ライティングプロセスにAIを取り入れたいはず」と強調、そしてAIが生成した素材の著作権保護に関する法的問題を提示した。
コスト削減を進めるスタジオとストリーマーは、ストの影響でさらに引き締めを強化するかもしれない。短期的に見れば、夜の番組に携わる脚本家・プロデューサーらに給料を支払う必要がなくなり、雇用者に対し労働時間の短縮を求める可能性があるのだ。
ストライキが長引いた場合、スタジオ側は不可抗力条項が発動可能になるまで粘り続けることも考えられる。前回のストでは、ABCスタジオがメジャーなシリーズに携わっていない20人近くの脚本家やプロデューサーの契約を打ち切った。“Bull’s Eye Entertainment”の創設者トム・ヌナン氏は「数か月間仕事をストップしなければならないなら、スタジオはやっとバランスシートを整理することができる。ひねくれた見方をすれば、利益に背く行動を取る代わりに、ニーズに応えることになるのです」と語った。
コスト削減を引き起こすという認識のもと、会社が合併に乗り出す可能性もある。とあるVFXスーパーバイザーは「VFX施設の統合が増加するだろう。または倒産する会社も出てくるかもしれない」と予測した。
その他にも、ストライキの長期化で脚本家の勢力が拡大し、秋に放送予定のテレビに影響が及ぶ恐れがあるとみられている。メインの番組の場合、春に脚本が用意され夏に製作が進められることになっている。公開スケジュールをより柔軟に対応できるストリーマーとは異なり、テレビは長いストライキの影響をまともに受けることになるという。業界内でトップを走るショーランナーはストライキについて「2007年のものとは比べ物にならない。前回のストが古くさく思えてくるだろう」と示した。
ストリーマーの世界中に広がる拠点が、ストライキの影響を解消する可能性もある。例えば、コロナ禍がきっかけとなり、Netflixでは韓国のコンテンツが大々的に注目されることが明らかに。そして『イカゲーム』や『ザ・グローリー ~輝かしき復讐~』が大ヒットした後、Netflixは今後4年間で25億円をつぎ込み韓国のTVシリーズや映画を製作することを発表した。全米・カナダ脚本家組合に属していない海外のスタッフは、WGAの管轄外となる。
5月2日、ギャヴィン・ニューサム州知事は“双方が望む程度まで”交渉を仲裁すると宣言した。さらに「(ストライキ)は、直接的・間接的に深刻な結果をもたらします。1人ひとりが、この影響に直面することになるのです。両者とも一歩も譲らず、高いリスクを背負っているので、事態を憂慮しています」と付け加えた。
ハリウッド業界に関わるビジネスの関係者は、ストライキの影響を吟味している。甚大な経済的打撃をもたらすこと以外は不透明だが、問題は“一体いくらになるか”だ。“Prop Heaven”のVP、ダン・シュルツ氏は語る。「やっとコロナから抜け出したと思ったら、今度はこれです。全員が乗り切れなくても、驚きませんよ」
初出は、米The Hollywood Reporter誌(5月10日号)。※今記事は要約・抄訳です。オリジナル記事はこちら。翻訳/和田 萌