政治的分断に揺れる映画界――業界人が映画の“現在地”と“危機”を語る【第21回チューリッヒ映画祭】

『The Voice of Hind Rajab(英題)』と『The 6 Billion Dollar Man(原題)』 写真:Courtesy of the Zurich Film Festival
『The Voice of Hind Rajab(英題)』と『The 6 Billion Dollar Man(原題)』 写真:Courtesy of the Zurich Film Festival
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第21回チューリッヒ映画祭にて現地時間9月27日(土)にチューリッヒサミットが開催され、映画製作者や業界関係者らが政治的分断と表現の自由の危機について議論した。

分断と表現の自由をめぐって混乱が広がる

フランスの配給会社MK2は今年、ブラジルを舞台としたクレベール・メンドンサ・フィリオ監督の政治ドラマ『The Secret Agent(英題)』やジャファル・パナヒ監督のパルムドール受賞作『It Was Just an Accident(英題)』を手がけている。

ワグネル・モウラ、『The Secret Agent(英題)』より 写真:Courtesy of Neon
ワグネル・モウラ、『The Secret Agent(英題)』より 写真:Courtesy of Neon

同社の会長を務めるナタナエル・カルミッツ氏はこう主張した。「政治と映画は長年にわたって結び付いてきたが、新たな局面を迎えています。映画をはじめとする文化は、あらゆる場面で攻撃にさらされています。映画について報じる報道機関は減っている一方で、現在は極右がSNSを通じて、特にフランス映画に関するものを組織的に攻撃しています」

カルミッツ氏によれば、同社はこうした批判を無視せず、正面から向き合う方針を決定したという。「観客の分断が進んでいるため、結果を恐れず、自社の立場を明確にしなければなりません。そうしなければ何も達成できないでしょう」とカルミッツ氏は続ける。

カルミッツ氏は、映画産業を支えるCNC(フランス国立映画映像センター)の解体と公共テレビの民営化を進めようとする、フランスの右派政治家についても触れた。「映画産業は非常に脆弱なエコシステムです。この業界があらゆる場所で攻撃を受けていることは、非自由主義体制への第一歩を示しています。しかし私は楽観主義者なので、業界の人たちは企業、そしてアーティストは立ち上がり、反撃すると信じています」

ドキュメンタリー映画への政治的圧力が強まる

シャーロット・ストリート・フィルムズの制作責任者であるキャスリーン・フルニエ氏は、ユージン・ジャレッキ監督によるドキュメンタリー映画『The 6 Billion Dollar Man(原題)』のプロデューサーを務めている。フルニエ氏はストリーミング時代において、政治を扱った映画制作の可能性が狭まっていることを指摘した。

「映画のプラットフォームは配信へ移行しつつありますが、政治を扱った複雑で難解な、あるいは主観的なドキュメンタリー作品の多くは、その変化に対応できていません。現在の動画配信プラットフォームで視聴できるドキュメンタリー作品は、歴史ものや実録犯罪もの、または非常に個人的なテーマに偏っています」

この変化が要因となり、政治的要素の強い作品は北米における配給権獲得に苦戦している。第78回カンヌ国際映画祭でプレミア上映された『The 6 Billion Dollar Man』と、第82回ヴェネツィア国際映画祭でプレミア上映された『The Voice of Hind Rajab(英題)』は、いずれも北米での配給権獲得に至っていない。

『The 6 Billion Dollar Man』は、ウィキリークス創設者ジュリアン・アサンジ氏を米政府が起訴した事件について検証するドキュメンタリー映画だ。制作開始当初のスタッフは、物議を醸す要素(ドナルド・トランプ大統領のアサンジ氏に対する攻撃的な発言を含む)も積極的に入れようとしていた。しかし、第二次トランプ政権の発足が濃厚になるにつれ、「自主検閲すべき」という意見が浮上した。フルニエ氏は、「最終的には、観客が理解できる範囲で、できるだけ多くの事実とそのニュアンスを盛り込みつつ、当初の意図通りに伝えるしかないと判断しました」と語った。

カウテール・ベン・ハニア監督による『The Voice of Hind Rajab』はガザを舞台に、イスラエル軍に家族を殺害された6歳のパレスチナ人少女ヒンドを描く、事実を基にしたドキュメンタリードラマ映画だ。

『The Voice of Hind Rajab(英題)』より 写真:Mime Films, Tanit Films
『The Voice of Hind Rajab(英題)』より 写真:Mime Films, Tanit Films

北米における配給権獲得が課題となる一方、フルニエ氏は新たな映画配給の可能性についても語った。「小規模な劇場配給会社がいくつかありますが、こうした会社は機敏に動くことができ、この分野で積極的に活動しています。大企業がメディア業界で買収を進めていますが、物語を求める人々がいる限り、代わりとなる動画配信プラットフォームや小規模配給会社も存在し続けるでしょう」

またフルニエ氏は、映画制作時の法的リスクについても言及した。シャーロット・ストリート・フィルムズはイギリスと北米における法的リスクを避けるため、制作拠点をベルリンに移した。「イギリスと北米では、ジャーナリストはドイツほど保護されていません。法律が厳しく、場合によっては映像作品が押収されることもあります。そのため、イギリスと北米での編集作業に不安を感じていました。制作と編集の拠点をベルリンに移転したことは、刺激的で興味深い経験になりました」

ところが、ドイツでも状況は変わりつつあるという。「現在ではガザ紛争が勃発し、市民意識の高いドイツでさえも、イデオロギーや社会の崩壊にのみ込まれてしまうことを目の当たりにしています」フルニエ氏は、政治的なドキュメンタリー映画が保護され、配給権や観客を獲得できるのか、二極化が進む世界においてますます不透明になっていると指摘する。

映画のグローバル化と“単純化”への警鐘

アーティスト・インターナショナル・グループのCEOであるデヴィッド・ウンガー氏は、K-POPを題材としたNetflixシリーズ『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』の世界的ヒットを例に挙げ、視聴者が物語で扱われる国・地域を問わず、ますますオープンになっていることを指摘した。「製作国やアーティストの出身地にかかわらず、質の高い物語やキャラクターであれば、視聴者はそれらを受け入れるということが示されました」とウンガー氏は語った。

『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』Courtesy of Netflix
『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』写真:Courtesy of Netflix

映画データ研究者・コンサルタントのスティーブン・フォローズ氏は、映画業界に対して「警戒を緩めないように」と注意を促した。フォローズ氏は、時代を追うにつれて映画のストーリーが単純化していると指摘し、「映画業界はビジネスとしてもエコシステムとしても、根本的にリスクを回避しようとする傾向にあります。そのため、この業界にはアジテーター(扇動者)が必要です。私たちが積極的に行動しなければ、この業界は悲惨な状況になるでしょう」

※本記事は英語の記事から抄訳・要約しました。

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