二ノ宮隆太郎監督が描いた「人生の複雑な場面」、光石研が主演した最新作『逃げきれた夢』カンヌ上映後に語る

光石研、二ノ宮隆太郎

――地方に住む男性/父親の日常を描いた作品ですが、このテーマにされた理由を教えてください。

二ノ宮隆太郎(以下、二ノ宮):誰にでも通じる普遍的な物語を目指しました。わかりやすく映画らしい起承転結ではなく、ひとりの男性の一生を追うことで細かい心の動きを表現しようと。主演の光石研さんは90年代からずっと作品を追ってきましたが、そこにいることが嘘ではない演技ができる魅力的な方です。

――北九州を舞台とした映像の色味も素敵でした。なぜこの地で撮影を?

二ノ宮:まず光石さんを主演に制作しようと決めてから、彼の生まれ故郷である北九州を舞台にしようと。映像は北九州の何ともいえない魅力が出ていますよね、からっとしてるというか……。撮影の四宮秀俊さんとは3作目の制作でしたが、とても信頼できる方です。

――チームといえば先日、光石さんが「二ノ宮監督だからこそ、みんなが付いていく」と話されていました。

二ノ宮:監督をやらせていただいて感謝しかありません。四宮さん、助監督・平波亘さんを初め、みんな10年くらい前から知り合いで一緒に映画を撮ってきた仲間たちです。

――映画はディテールも緻密だと思いましたが、事前にリサーチを重ねられたのですか。

二ノ宮:ヒロインの吉本実憂さんも含め、街を半日一緒に歩いて、光石さんにとって思い出の小学校やパン屋さんなどを紹介してもらいました。その情報と自分の想像を組み合わせて制作していきました。松重豊さんが劇中で「黒崎商店街PR動画コンテスト」の話をするシーンがありますが、あれは実際に存在する企画です。実際2018年は光石さんがコンテストの審査員長を務めていたんですよね。

――ユニークな『逃げきれた夢』というタイトルをどのように映画に落とし込んだのでしょう?

二ノ宮:「夢」は「寝ている時に見るもの/人生の目標」という、ふたつの意味を考えて脚本を書きました。本編でも「昨日夢を見た」とか「夢がある人が羨ましい」という描写が度々出てきます。逃れらえない現実があって、そのなかで逃げ切れたのか、小さな希望があるのかどうかは観た人に解釈してもらえれば。

――主人公が眠っている時の夢そのままなのかなとも思いましたが。

二ノ宮:ストーリーを固定したくないので、色々な考え方があると嬉しいです。例えば「彼が思っていることって本当は違うんじゃないか?」という読み方があってもいい。それが人間らしさでもあると思うので。

――彼はこれまで自己表現しなかったゆえに、過去の出来事を人々に話すようになって周囲に不思議がられますよね。それは自分の記憶がなくなることへの焦りということでしょうか。

二ノ宮:例えば冒頭で定食屋の代金を払い忘れたことに気付きつつ、払わずに帰る場面があります。あれは「『記憶を忘れる』という症状は嘘なのでは?」と感じる瞬間でもありますが、僕としては誰にでもある「どうなってもいいや」という自暴自棄な気持ちを表現したつもりでした。ただの病気を主題にした映画ではなく、今までにない自分になろうとしたり、人の気持ちがわからずにすれ違ったり。そういう人生の複雑な場面を描きたかったんですよ。

――6月9日からは日本で上映が始まります。監督として期待していることは?

二ノ宮:わかりやすい表現はしていません。カンヌで上映した時に若い女性から「父親や自分のことを連想した」と声をかけられたのには驚きました。中年男性だけではなく、少しでもたくさんの方の心に引っ掛かれば嬉しいですね。

――カンヌ国際映画祭への参加を通じて、海外の雰囲気から感じたことはありますか? また国外のクリエイターたちとコラボレーションなどを考えたりは?

二ノ宮:こんなに素晴らしい機会に上映できることは光栄ですし、できたらまた経験してみたいとは思いますが、そのために作るのは違うかなと。よいものを目指すことが第一で、その考え方の先にいい映画が生まれるのだと思います。

――二宮さんは30代後半の映画監督として、業界全体をどうご覧になっているのでしょう。

二ノ宮:昔とはずいぶん状況が変わっていると感じます。今は配信がメインで映画館に行かない人が増えました。その影響で映画館が減っていることに自分もできることを考えなくてはと思っていますが……難しいところではあります。

――最後に次の展望などもあれば教えてください。

二ノ宮:今までも本作のように日常を切り取った方向性の映画を作ってきましたが、これはこれで続けつつ色々なことに取り組んでいきたいです。

(取材:山本真紀子/文:小池直也)

『逃げきれた夢』予告篇

『逃げきれた夢』
6月9日より新宿武蔵野館、シアター・イメージフォーラムほか全国ロードショー

北九州で定時制高校の教頭を務める末永周平(光石研)。ある日、元教え子の平賀南(吉本実憂)が働く定食屋で、周平は会計を忘れてしまう。記憶が薄れていく症状に見舞われ、これまでのように生きられなくなってしまったようだ。妻の彰子(坂井真紀)との仲は冷え切り、ひとり娘の由真(工藤遥)は父親よりスマホに夢中。旧友の石田啓司(松重豊)との時間も大切にしてこなかった。そこで周平は新たな「これから」に踏み出すため「これまで」の人間関係を見つめ直そうとする――。

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