【レビュー】Netflix映画『フランケンシュタイン』―― ギレルモ・デル・トロが描く、ホラーを超越した愛と痛みの傑作
▼デル・トロ監督最新作『フランケンシュタイン』…Netflixで配信中
ゴシックホラーの名手、ギレルモ・デル・トロ監督が19世紀のメアリー・シェリーによる古典小説を映画化した新作映画『フランケンシュタイン』。これまで無数の映像化作品が生まれてきた中で、デル・トロ版『フランケンシュタイン』は、稲妻のような衝撃とともに新たな命を吹き込まれた再生の瞬間といえる。本作は、単なるホラーではなく、悲劇かつロマンスであり、「人間とは何か」という問いを深く掘り下げた哲学的なドラマだ。ジャンルを超えて物語を紡ぐデル・トロの職人芸が、原作の精神を見事に現代へと蘇らせている。
▼デル・トロが描き続ける「父と子」のテーマ

ギレルモ・デル・トロ作品において、繰り返し描かれるテーマは「不在または不完全な父親像」だ。本作でもそのテーマは強い感情的な深みをもって表現されており、科学者ヴィクター・フランケンシュタインと彼が生み出した名もなき怪物との痛ましい関係こそが、物語の核心を成している。
ヴィクターを演じるオスカー・アイザックは、繊細さと激しさをあわせ持ち、思い上がりがやがて深い後悔へと変わっていく過程を丁寧に演じている。一方、怪物を演じるジェイコブ・エロルディは、無垢さや強い愛への渇望、そして自分の正体を理解した瞬間に訪れる深い虚しさを豊かに表現した。外見が怪物を作るのか、それとも行為こそが怪物を生み出すのか――デル・トロは作品全体を通して、「怪物とは何か」ということを観客に問いかけている。
▼息を呑む映像美 ── デル・トロ美学の集大成

感情的な力強さに加え、『フランケンシュタイン』は感覚的な快楽に満ちた作品でもある。撮影監督ダン・ローストセン、美術監督タマラ・デヴェレルといった旧知のコラボレーターたちが支える映像表現は、デル・トロの卓越した想像力を余すことなく具現化している。特に赤と緑の大胆な色使いは圧倒的であり、アレクサンドル・デスプラによる耽美なオーケストラ音楽が、聴覚的にも極上の体験をもたらす。
ヴィクターの実験に資金援助する裕福な武器商人、ハインリヒ・ハーランダー(演:クリストフ・ヴァルツ)の姪エリザベス(演:ミア・ゴス)の登場シーンは圧巻だ。孔雀の羽をあしらった青いドレスに身を包んだ彼女は、まるで異界の存在のように見える。衣装デザイナーのケイト・ホーリーによって手がけられたエリザベスの衣装は、苔色のヴェール姿や宝石を散りばめた白いウェディングドレスなど、いずれも物語の中の妖精のような美を体現している。
▼ミア・ゴスが体現する知性と美

映画『X エックス』3部作などで知られるミア・ゴスが、“ホラー界の女王”として確固たる地位を築いていることは周知の事実だ。だがデル・トロは、彼女の中にそれ以上のもの――知性、不屈の精神、そして繊細な美を支える確固たる強さ――を見出している。エリザベスが身にまとう鮮やかな色彩は、屋敷の階段で真紅の長いヴェールをまとったヴィクターの母の姿を思い起こさせる。それはまた、彼女が自由な思想を持つ異端者であることを象徴している。
黒と白を基調に赤を差し色にしたダンディ・シックな装いのヴィクター同様、エリザベスもまた常識に縛られない精神をまとっている。彼は同時代の男たちが着る重いツイードとは異なり、まるでロックスターのように身体にぴったりとした衣服を好む。作品全体を通して息を呑むほどのヴィジュアルが連続するが、なかでも圧巻なのはスコットランドの海岸近くにある人里離れた城に造られた巨大な研究室のシーンである。
セットは、デンマークの船と同様に既存の建物をつなぎ合わせたものや完全にゼロから建設された物理的構造物であり、CGによる創作物ではない。研究室は古典的なマッドサイエンティストのラボを下敷きにしつつ、デル・トロ特有の幻想的なディテールで格上げされている。建物の正面には「Aqua est vita(水こそ生命))というラテン語の銘が刻まれており、雷雨の中で生まれる実験にふさわしい象徴となっている。
▼怪物の誕生と神話的な造形美

ヴィクターが作り出した怪物は、ただ首と体をつなぎ合わせて脳を入れ替えた人間ではない。彼は、まるで陶器でできた彫像のような姿をしており、身につけているのは包帯でできた腰布のみという神話的で不気味な見た目をしている。
ジェイコブ・エロルディは、マイク・ヒルが手がけた造形に生命を吹き込み、ぎこちなさと優雅さが入り混じる独特の存在感を体現している。さらに特筆すべきは、その中に漂う官能性だ。デル・トロとヒルが、『シェイプ・オブ・ウォーター』の生物に与えたエロティシズムを想起させる。登場初期から、怪物には胸を締めつけるような脆さが宿っている。
怪物はエリザベスの幻想的な存在感に魅了され、エリザベスもまた彼の中に潜む人間性を直感的に感じ取る。しかし、ヴィクターは、自らの創造物の未来について何も考えていなかったことが明らかになる。ヴィクターの弟ウィリアムが、「あの男を形づくる数多の部位のうち、魂はどこに宿っているのか」と問いかけた瞬間、ヴィクターの自信は打ち砕かれる。
▼ジェームズ・ホエール版からの影響と怪物の物語

デル・トロは、1931年のジェームズ・ホエール監督版から多大な影響を受けていることを公言しており、本作は『フランケンシュタインの花嫁』(1935)からの要素も色濃く反映されている。
城を脱出した怪物は孤立した農家に辿り着き、盲目の老人に出会う。作中で最も感動的な瞬間のひとつが、怪物が「友だち」という言葉を学ぶ場面だ。それは彼の学びの始まりにすぎず、本の世界を通じて言語と知識の広がりを手に入れていく。この物語の最大の悲劇は、父と息子の間にある相互理解の欠如である。しかし怪物が経験する喪失の痛みこそが、本作の切なさをさらなる深みへと押し上げている。
ヴィクターのノートを読み、自分が「死んだ者の残骸や屑から作られた存在」だと知ったとき、怪物を包んだのは深い絶望と憂うつだった。その悲しみは、自分には“完全な死”すら訪れないと気づいたことで、さらに深まっていく。死は本来、苦しみを終わらせる救いのはずなのに、彼にはその救いも与えられないのだ。ある日、狩人に撃たれて倒れたとき、彼の内なる声が訴える。「再び静寂が訪れ、そして無慈悲な生が始まった」
▼ロマン主義的悲劇としての『フランケンシュタイン』

デル・トロが本作のラストに引用するバイロンの言葉、「心が壊れても、壊れたまま生き続ける」は、『フランケンシュタイン』をオペラ的でロマン主義的な悲劇として描く監督の明確なビジョンを示している。運命的な対峙の場面で、怪物はヴィクターに告げる。「私は死ねない。そして、独りでは生きられない」そのときのエロルディの暗く深い瞳に宿る哀しみは、ボリス・カーロフがジェームズ・ホエール版で見せた悲劇の怪物以来の、痛切な情感をたたえている。
ヴィクターを演じるオスカー・アイザックの演技にもまた、複雑な感情の振幅がある。神の領域に踏み込み、実験室でもうひとりの傷ついた息子を創り出してしまった彼自身も、トラウマを抱えた息子である。自らの行為の結果によって信念を崩壊させられる天才の堕落は、怪物の悲劇にも劣らぬ深い嘆きに満ちている。本作はデル・トロの最高傑作のひとつであり、壮大なスケールで描かれる比類なき美と感情、そして芸術性にあふれた物語である。
Netflixは本作を配信開始前に限定的に劇場公開する形式をとったが、この圧倒的な映像体験はぜひとも大スクリーンで味わうべき作品だといえるだろう。
<映画『フランケンシュタイン』作品情報>
- 配信日:11月7日(金)、Netflix
- 監督・脚本: ギレルモ・デル・トロ 原作:メアリー・シェリー『フランケンシュタイン』)
- 出演: オスカー・アイザック、ジェイコブ・エロルディ、ミア・ゴス、クリストフ・ヴァルツ、フェリックス・カマラー、ラース・ミケルセン、デヴィッド・ブラッドリー、チャールズ・ダンス
- 上映時間: 2時間29分
※本記事は英語の記事から抄訳・要約しました。編集/和田 萌

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