トランプ再選から1年――オスカーが問いかける、混沌の時代に映画が果たす役割
2025年、アカデミー賞が転換期を迎える?
近年では授賞式シーズンが近づくと、その年の映画を政治や環境に関する社会問題と関連づける流れがよく見られる。今年は特にその傾向が顕著だ。アメリカはパリ協定から離脱し、多様性プログラムも縮小された。そして、生成AIが引き起こす問題や、罪のない人々が拉致される事件、核実験の実施など、悲観的なニュースが毎日流れている。
この混沌とした時代において、アカデミー賞などのイベントを開催すること自体が的外れなのかもしれない。これらのイベントは、人々が現実社会の問題から目を逸らし、罪悪感を抱くきっかけになりうるからだ。
しかし、ここ数週間の上映会や映画祭で披露された映画には、ある共通点があったように思う。それは、上記のような問題に映画がどれほど働きかけるか、そして、その取り組みは社会にとってどれほど有益かという点だ。
オスカー候補作が政治的メッセージを伝える
授賞式シーズンにぜひ心掛けておきたいのは、現代におけるオスカーとは、ある種の「清算」を意味するということだ。映画は、「人々の心に渦巻く混沌を整理する」という大きな効果を持つ。
例えば、『ニュルンベルク(原題:Nuremberg)』や『ウィキッド 永遠の約束』は、「横暴なリーダーはやがて誰にも制御できない結末を招く」という警鐘を鳴らす。『罪人たち』は「排外主義は悲劇をもたらす」というメッセージを伝えている。
『フランケンシュタイン』では、人間が制御しきれない科学の欠点が描かれた。『ワン・バトル・アフター・アナザー』の主人公は、革命を起こすための最善の道を模索している。
『ロスト・バス』は、気候変動に無関心であり続けるとどのようなリスクがあるか、ドラマティックに描き出した。そして『ハウス・オブ・ダイナマイト』は、核兵器の乱用がいかに危険であるかを示している。

『ハウス・オブ・ダイナマイト』は現実社会にも影響を及ぼしている。公開からわずか数週間で、国防総省の内部で出回った同作の正確性を批判するメモや、マサチューセッツ州選出のエド・マーキー上院議員による論説記事が表に出ている。キャスリン・ビグロー監督は米『ハリウッド・リポーター』のインタビューで、「私はただ真実を述べているだけです」という反論を展開した。

映画は“現実と向き合う力”を与える
こうした政治的論争は、映画の中だけで完結するものではない。映画とは、あるテーマに対する新しい視点や考え方を人々に提供するのだ。
筆者は、アメリカで巨大な風力発電プロジェクトが中止されたことを受け入れられず、苦労していた。しかしその後、山火事を題材とした『ロスト・バス』を観て、その理由を理解したのである。例えば、反トランプ政権の「ノー・キングス(王様はいらない)」デモに参加した人が『ニュルンベルク』や『ワン・バトル・アフター・アナザー』を観れば、同じような認識を得られるだろう。
そして、こうした映画をほとんどリアルタイムで観られるという意味で、私たちは幸運だ。例として、ベトナム戦争を扱った名作『地獄の黙示録』(1979年)や『フルメタル・ジャケット』(1987年)が公開されたのは、戦争終結から何年も経った頃だった。
しかし現在では、リアルタイムで起こっている問題と向き合うために参考になる映画が、数多く公開されている。これらの映画は、問題の理解を促したり、人々を慰めたり、真っ当な怒りを教えたりしてくれる。
映画が心を癒やす──“映画療法”とは
今年9月にネイチャー誌に掲載された研究によると、「映画療法は、うつ病などさまざまな精神疾患を効果的に改善できる」という。映画鑑賞が必ずしも精神療法の代わりになるとは言えないが、オンライン上の煽情的なコンテンツに触れるよりはリラックスできるだろう。
昨年のオスカーシーズンは大統領選と時期を同じくしており、大きな期待を集めていたが、トランプ大統領再選という驚くべき結果によってその期待は途絶えた。この時多くの人々は、こうした現実社会の問題に、映画やその他の文化はどう向き合えるのかと考えさせられた。
そして、このショッキングな1年間を経た今年は、通常のオスカーシーズンとはまた異なる印象を受ける。私たちの抱える不安をどのように吐き出すか、不安を解消するために何が必要なのか……。この泥沼化した問題に対し、どの映画も直接的な解決策を与えてくれるわけではない。しかし映画は、まるで優秀なセラピストのように、私たちの孤独感を少しだけ和らげてくれるだろう。
※本記事は英語の記事から抄訳・要約しました。
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