『ドライブ・マイ・カー』の濱口竜介監督が米THR発表“21世紀の映画ベスト50”第1位に反応: 「隠れた名作」
先日、米THRの批評家が選ぶ“21世紀の映画ベスト50”が発表された。栄えある第1位に輝いた『ヤンヤン 夏の想い出』(2000)は、台湾の故エドワード・ヤン監督のドラマ作品だ。ある人はこの結果に驚き、一方で非常に喜ばしいと感じた人も多くいるだろう。そこで、2021年の『ドライブ・マイ・カー』(リストの第19位)でオスカーを獲得した濱口竜介監督が「ヤンヤン」の選出を受け、ヤン監督の傑作に対する思いを綴った。
第2次世界大戦後、アジアの都市生活には西欧化の波が押し寄せました。エドワード・ヤンや私の両親が生きた戦後の世の中において、そういった変化がもたらす物質的・精神的な豊かさはある種の幸運だったに違いありません。しかしながら、歴史的な破壊で生じたトラウマも同様に、今後何世代にもわたって受け継がれていくのです。ヤンが私に教えてくれたのは、アジアの都市生活や風景に漂う矛盾した人生の支柱と感情の渇きが、凄まじい力を持った映画に命を吹き込むこと。つまり、ヤンと彼が生み出した作品の存在そのものが私にとって驚くべきものであり、きっと同世代のアジア人の映画製作者の多くは同じ気持ちなのではないかと思います。
ヤンが常に自身の作品に取り入れたのは、人間と自然環境の相互作用です。そして彼の場合、都会とりわけ台北がもつ自動性が、孤立を生むプロセスのデモンストレーションとして機能しました。こういった作風が最も顕著に表れているのが、1991年の『牯嶺街少年殺人事件』です。ヤンは今作で、まるで私たちを打ち砕いてしまうような“自動機械”としての世界を見事に描き出しました。その後のヤンのクリエイティブな歩みは、この残酷な完璧さから逃れるための奮闘と言えるでしょう。
結果として、ヤンは『エドワード・ヤンの恋愛時代』(1994)や『カップルズ』(1996)といったコメディー要素を活かした作品を作りました。果たして功を奏したのか、それは恐らく個人の判断に委ねられます。しかし『ヤンヤン 夏の想い出』は、紛れもなく彼の隠れた名作の1つです。『牯嶺街少年殺人事件』とはかけ離れた心の状態に陥る作品です。
ヤンは、絶望から這い出る方法を考え出しました。極めてシンプルです。 未来の世代に託すこと。では一体何を?希望です。未来に受け継がれるのは、トラウマだけじゃない。『ヤンヤン 夏の想い出』は、エドワード・ヤンが未来の観客に託した希望 ― 世界はまだ愛するに値するということを。
−濱口竜介
オリジナル記事はこちら。翻訳/和田 萌