「PERFECT DAYS」レビュー: 感謝をテーマにした日本が舞台のドラマでヴィム・ヴェンダース監督が見出した日常の美しさ

「Perfect Days」写真: © Cannes Film Festival
スポンサーリンク

画面いっぱいに登場人物の顔を写した長尺のエンディングシーンは、観客の感情をたかぶらせ、エンドロールが終わっても観客を釘付けにする効果的な方法としてよく知られる。「君の名前で僕を呼んで」や「Benediction」、「フィクサー」で使われた手法として記憶に新しい人も多いだろう。

ヴィム・ヴェンダース監督は、感情表現に富んだ日本が舞台のドラマ「PERFECT DAYS」を同様のシーンで締め括った。エンディングシーンに映る表情豊かな役所広司が演じるのは、人生の報いや後悔を受け入れ、酸いも甘いも知りながら東京の街で生きる人物だ。

頑なにアナログな主人公が車のカセットプレーヤーで聴いているのは、現代映画で最も使われている曲の一つであろうニーナシモン。小さな世界を生きる主人公にあまりにもふさわしい曲で、初めて聴いたかのような感覚に陥ってしまう。

小津安二郎の軌跡を追ったドキュメンタリー映画「東京画」からおよそ40年、ヴェンダース監督は物語映画のベストを更新すべく日本の首都に戻ってきた。場所の鮮明な感覚が豊かさを増すこの映画は、日本語の「木漏れ日」から着想を得ている。

一見シンプルな映画なものの、慎ましくも華やかな自然を中心に日常生活の細部を鋭い観察力と深い感性、そして共感を持って捉えたこの映画は、気がつくと大きな感情の波を生み出している。冷笑的な要素がないことも特徴で、人生の豊さについて考え抜いたベテラン映画監督だからこそ撮影できた映画に疑いの余地はない。もしかしたら、どんな人生よりも孤独なものかもしれない。

画面の中心にあるのは、役所広司演じる口数は少ないが底知れぬ感情を持つ平山の人生。アスペクト比1.33:1の画角は、彼への親しみを増幅させる。渋谷の公園トイレの清掃員という内省的で物静かな2時間映画の主人公には最も似合わない仕事をしている平山の青い作業着の背中には、「The Tokyo Toilet」というあけすけな社名が大きく白抜きで記されている。

平山の仕事で最初に注目すべきはトイレだ。欧米の公園で見かけるようなものではなく、遠くからは寺社仏閣と見紛うほどの立派で特徴的な建築物。修行僧のような規範と細心の注意を払いながら平山は仕事に取り組んでいる。

柄本時生演じる・タカシは、仕事に遅刻し勤務中もスマホに気を取られている、やる気のない後輩清掃員。一方、てきぱきと清掃作業をこなす平山の作業車には、必要な道具が全て詰め込まれている。清掃中にトイレを利用する人が現れると、そっとトイレから離れて用が済むまで外で待つ平山の姿には語りかけてくるものがある。

多くの人にとって平山の存在は目に見えない。ヴェンダース監督と高崎卓馬による明快で無駄のない洗練された方法で描かれたこの映画のポイントは、質素で目に見えない生活にも精神的な豊かさがあるということだ。

窓の外から聞こえる道を掃くほうきの音とともに平山が目を覚ます冒頭の夜明けのシーンからも読み取ることができる。畳んだ布団を部屋の隅に片付け、身支度をし、植物に水をやり、微笑みながら成長を暖かく見守る。毎朝、部屋を出て空を見上げた平山はもう一度微笑む。

ありふれた日常の素晴らしさは、シャンタル・アケルマン監督の代表作「ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地、ジャンヌ・ディエルマン」を思い出させる。仕事と私生活の両方でよこしまなものを取り除き、必要なものだけで生きる感覚は平山にずっと内在している。他の出演者の演技に比べると、柄本の感情の起伏の多いタカシの演技はやや大げさだが、誰もが平山の世界に馴染めるわけではないことを示している。

ある日、2人の清掃員の仕事の穴埋めをすることになった平山。日常のルーティーンは乱れ、平穏なバランスが崩れた時に初めて平山が怒りに身を任せる光景を目にする。母親と喧嘩し突然やってきた姪のニコ(中野有紗)に対しても、最初は渋々とぎこちない様子だったが、次第に仕事がある日でも嬉しそうに彼女と過ごす姿は、2つの世代の繋がりを描写する心温まるシーンだ。

わかりやすい感情のギミックはない。むしろ気がつくとジワジワと押し寄せてくる。行きつけの居酒屋でママ(石川さゆり)と、後に平山が川沿いでビールを一緒に飲むことになるママの元夫(三浦友和)と過ごす休日の時間だけは、平山の感情があらわになるシーンだ。さらに、娘のニコを迎えに来た平山の疎遠の妹(麻生祐未)と出会うシーンは、平山の心の片隅にある悲しみや失った愛情を呼び起こしながら、諦めたもう一つの人生ー幸福な生活と家族の衝突ーを描いている。

「PERFECT DAYS」の本当の価値は、取るに足らない人生の断片を優しく観察し、日常の細部を丁寧に積み上げたところにある。その断片が一つになった時、一人の男が決断と努力の末に手に入れた、ひょっとすると意外な平和と調和、幸せを詩的で感情深い描写を通して感じることができる。

出演:役所広司、柄本時生、中野有紗、アオイヤマダ、麻生祐未、石川さゆり、田中泯、三浦友和
監督:ヴィム・ヴェンダース
脚本:ヴィム・ヴェンダース、高崎卓馬
上映時間: 2時間5分

※オリジナル記事はこちら

スポンサーリンク

Similar Posts