女性プロデューサー・Yao Chenが語った、女性を取り巻く中国映画界の現状「自分がロールモデルになる」

映画『The Cord of Life(邦題:へその緒)』が、2023年 第76回カンヌ国際映画祭で上映された。本作では認知症の母と大草原で暮らすミュージシャンの青年を主人公に「生と死」などのシリアスな主題が、対比的な大自然と音楽の美しさとともに描かれる。メガホンを取ったのは内モンゴル出身、フランスで学んだ新進の女性監督・Qiao Sixue。これがデビュー作となる彼女の起用の裏にあったのが、中国の女性映画人たちが幅広く活動できるための企画を数多く展開するYao Chen(ヤオ・チェン)の存在だ。

今回は本映画のプロデューサーであり、自身も歌手・俳優として活躍する彼女と、その夫の映画監督・Cao Yu(シャオ・ユウ)にカンヌ現地でインタビュー。女性が活躍しづらい中国で、お互いをリスペクトしながら二人三脚で制作する両者に、本作に込めたテーマや制作裏、業界をめぐる現状などについて話を聞こう。

――本作の上映をご覧になりましたか?

Yao Chen:はい。アルツハイマーの母親とその息子の関係を描いたシリアスなテーマですが、感動的で何度も泣いてしまいました。

――このテーマに至った背景を教えてください。

Yao Chen:脚本を受け取った時にはまだストーリーのコンセプトのみでしたが、それを気に入って2年以上の月日をかけて監督・Qiao Sixueと脚本を作りました。

Cao Yu:コンセプトは「生と死」。特にコロナ禍以降、生と死は身近で多くの人の感情に訴えかけるものになったと思います。

――母親がミュージシャンの息子に語りかけるシーンが多く、音楽が本作の鍵になっているようにも感じましたが。

Cao Yuそうですね。音楽に焦点を当てているのも、脚本を選んだ理由のひとつです。

Yao Chen:こういった生の音楽をモンゴル人が演奏するのは珍しいんです。初めて彼女の音楽を聴いて、すぐに好きになりましたね。脚本もすぐ気に入りましたが、コロナ禍が始まり、ロックダウンなどの影響から制作のやりとりはZoomで。

多くの人が家族と離れ離れになった状況を踏まえ、ストーリーを変更したり、脚本の感情的な要素を付け足したり。パンデミックを経て、最終的により感情的な作品に仕上げることができたなと思います。

Cao Yu「人生とは何か」という問いの答えを見つけるきっかけになりました。

Yao Chen:制作過程には色々なパワーがありました。悲しくなったり、見失いそうになったり……最初から最後までクリエイティブ。まるで冒険でしたね。

――「生と死」という重いテーマを扱う一方でモンゴルの美しい自然や音楽、そして踊りも劇中に登場します。暗さと美しさのコントラストは意図的な演出だったのですか?

Cao Yuストーリーがシリアスなので、当初は監督でさえ暗いムードでした。でも観客が単に暗さを経験するだけの映画にはしたくなかった。重い物語だけでは、狙いから逸れた説教じみた作品になると思い、美しい映像を取り入れ、観客が自分自身のことを理解できるような前向きな方法を採ろうと。なので、一番いいフォトグラファー(自身)を探す最善の努力をしたんです(笑)。

Yao Chen:そこで、まずは冒頭を美しい映像から始めることにしました。

Cao Yu出だしは色々な候補がありました。でもリアリティを重視した結果、最終的に母親と薪のシーンにしています。あと作中はYao Chenが演技にユーモアを取り入れてくれた部分も。

――確かに上映中、観客が笑うシーンもありましたね。

Cao Yu俳優たちと繰り返し撮影していた、とあるシーンでYao Chenが一緒にアイデアを出してくれた時は、脚本に書かれていた以上の出来になりました。また母親のシーンはアドリブで演じている場面もあります。

Yao Chen:若手の監督が制作した映画を観ると、演技について「ただ脚本を読み上げることではなく、純粋に気持ちを込める」ことが大事だと考えさせられます。そして監督として俳優に期待する演技をしてもらうために必要なのは経験。困っていることがあれば寄り添い、時に手助けをして最後まで導くことが求められるんです。

また監督と俳優の間には信頼がないといけない。若手監督に十分な自信がないことは多々ありますが、母親役の彼女は若い頃から映画への出演経験があり、若手の監督でも信頼関係を上手に築いていました。また息子役の彼はオペラ歌手で演技の経験はありません。

さらに彼女役の俳優も普段はAirbnbのマネージャーをしていて演技経験なし。オーディションに参加する彼氏にたまたま付いてきたら、彼氏ではなくて彼女が出演することになったんですよ(笑)。

――それは驚きです。

Yao Chen:映画監督としてのQiao Sixueに求められたのは、様々なバックグラウンドを持つ俳優たちをまとめ、良い演技の流れを作ることでした。重要なシーンは撮影を何度も繰り返すことで信頼感を高め、流れを保つように心がけたんです。詩的かつ自然なものを作りたかったので、アイデアをひとつにまとめるようなイメージでしたね。

――また、あなたは「自分が演じられる役がないから、自分で会社を作った」と伺ったのですが、中国の映画業界の現状を教えてください。

Yao Chen:理由のひとつは、ストーリーを伝える、感情的で思慮深い役を演じたかったからです。今の中国の映画業界には、やりがいのある役や演じたいと思う役がありません。あるのはステレオタイプな中年女性の役ばかりで、業界の男性も中年の女性なんて眼中にないんですよ。

一方、私が尊敬する欧米やアメリカの女優は、絶えず新しくて深みのあるキャラクターを演じています。欧米の映画業界では、感情の起伏があって色々な出来事が起きる。着実に新しい方向に向かっているなと感じますね。中国ではある年齢に達すると限られた役しかできなくなりますが、欧米を見てみると同じ年代の女優が演じる役のバリエーションはずっと多い。

Cao Yu日本もやりがいのある役が多い印象なので、同じことが言えると思います。

Yao Chen:役の多様化について声を上げる中国の女優は私以外にもいます。彼女たちは年齢にふさわしい、深みがあって情緒のある役を求めているんですよ。そのためにはまず、声を上げて行動することが必要。

だから「誰もやらないなら、自分がロールモデルになる」と決めたんです。自分のチャンスは自分で作る、その志を以て会社を立ち上げました。これまで女性監督をサポートして、4本の映画を制作しました。

――私も映画業界の女性に光を当てることが大切だと思います。先日女性がテーマのサミットに参加したのですが、女性の監督やディレクターは業界で苦渋を舐めてきた歴史があります。近年は少しずつ改善されているように見受けられますが、これについてはどう考えていますか。

Yao Chen:これは映画に限ったことではなく、世界全体の問題。欧米でも中国でも多くの女性が声を上げ戦い、多くの領域で女性の立場が向上したことは素晴らしいですね。ひとりで変えられることは多くありませんが、行動を続けていきます。ひとりが自分にできるアクションを起こすと、やがて業界全体が少しずつ変わっていくはず。

Cao Yuまた彼女が出演した映画『Send me to the Clouds(邦題:私を雲まで連れて行って)』でも「性」としての女性をテーマにしました。映画を通して女性的な視点で「性」を感じることができると思います。

Yao Chen:性欲を表に出す女性が少ない中国で、「性」としての女性を描くことは大きな挑戦でした。従来の価値観に一石を投じるものにしたかったんですよ。女性の映画監督による作品で繊細なトピックですが、性に対する気持ちを女性が表現する新しい映画スタイルの夜明けともいえるかもしれません。

――最後に今後、実現したい目標や考えていることを教えてください。

Cao Yu「カンヌ国際映画祭」に来るのは初めてでしたが、自作でこの場所に立つことができました。過去にはフォトグラファーや俳優として賞を受賞しましたが、自分自身の映画での受賞歴はなかったんです。目標(梦想)は、日本人監督でもフランス人俳優でも、有名無名にかかわらず、自分が一緒に仕事をしたいと思った人と仕事できるようになること。

自由に制限なく好きなものを制作できるようにしたい。『The Cord of Life』の観客のリアクションは前向きなものでしたし、作中に境界線はありません。人種や国籍に捉われず、自由に好きな人と仕事ができるようにしたいと考えています。

Yao Chen:中国語で「梦」は寝ている時に見る「夢」のことで、「梦想」は「目標」を指します。彼は野望という意味で「梦想」という表現をしましたが、私にとって寝ている時に見る「夢」は何でも実現可能で不可能がない完全に自由な状態。子どもの頃の夢は「犬や猫などの好きなものと一緒に過ごしたい」というものでした。でも大人になった現実はそうはいきません。

そして大学生の頃、映画に関わることや「カンヌ国際映画祭」に出ることは夢のまた夢だったんです。長い道のりでしたが、その全ては目的地に辿り着くためには欠かせないものでした。人生そのものが素晴らしい経験ですから、そこで起こる全てから学び、進み続けること。とにかく前進し続けることですよ。前に進むことでのみ、我々はより遠くに行けるんです。

彼らは歩き続ける。次にたどり着く先はどこか、それは誰にもわからない。しかし両者の作品や活動を追うなかで我々は目撃するだろう。きっとそこには国境や性別などのボーダーを超えた、自由でクリエイティブな映画制作の未来があるはずだ。

Yao Chen:プロフィール
中国人女優で主な出演作に『Send Me to the Clouds』、『Caught in the Web』、『Lost, Found.』などがある。「ウーディネ極東映画祭」で優秀功績賞、「シンガポール国際映画祭」でフィルム・アンバサダー賞、「釜山国際映画祭でアジア・コンテンツ・アワードで主演女優賞を受賞するなど、数々の賞を受賞。UNHCR親善大使を6年間務めた。世界経済フォーラムではクリスタル賞を受賞、同組織の世界的な若手リーダーに選ばれるなどの貢献が評価されている。さらにタイム紙の「世界に影響力のある人物トップ100」にも選出。

Cao Yu:プロフィール
中国人撮影監督であり、全米撮影監督協会(ASC)のメンバー。『Kekexili: Mountain Patrol』、『City of Life and Death』、『Legend of the Demon Cat』、『エイト・ハンドレッド 戦場の英雄たち』、『1921』、『The Cord of Life.』などで撮影監督を務めた。これらの仕事で国内外のさまざまな映画祭で14の賞と14のノミネートを獲得、興行収入は124億元を超えている。 また2021年には『アメリカン・シネマトグラファー・マガジン』9月号の表紙を飾った。

制作会社Bad Rabbit:
Yao Chen、Cao Yu、ASC、プロデューサー・Liu Huiによって共同設立された、先進的なプロジェクト開発、資金調達、制作を包括する映画およびテレビ制作会社。さまざまなジャンルを通じて人間の苦境や悩める心に希望を照らすことに力を注いでいる。同社の作品は独特の美的スタイルと芸術的願望を示しており、映画『Lost, Found』、『Send Me to the Clouds』、『The Cord of Life』などの代表作は、業界内で驚異的な作品として称賛されている。

受賞歴:
受賞3回、ノミネート5回
第4回「海南島国際映画祭」ゴールデンココナッツ最優秀芸術貢献賞
2023年「国際映画祭」ホリンチェム観客賞など

第35回「東京国際映画祭」アジアの未来最優秀作品賞 最優秀作品賞(ノミネート)
「MOOOV映画祭コンテスト」(ノミネート作品)
2022年「バンコク世界映画祭」ロータス・アワード・コンペティション最優秀作品賞(ノミネート)
第30回「北京学生映画祭」(ノミネート)
2023「シンガポール中国映画祭」チャイニーズ パノラマ

(取材:山本真紀子/構成:小池直也/インタビュー翻訳: Vegas PR Group)

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