“ブラック校則”の意味を問う意欲作『金髪』――坂下雄一郎監督が語る、着想を得た事件と込めた思い

映画『金髪』 写真:東京国際映画祭提供
映画『金髪』 写真:東京国際映画祭提供
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10月28日(火)、第38回東京国際映画祭にて坂下雄一郎監督の『金髪』がプレミア上映された。本作は、日本の教育現場における同調圧力を鋭く風刺している。主人公の教師、市川(演:岩田剛典)が務める中学校で、生徒たちは時代遅れの校則に抗議する「金髪デモ」を起こす。この運動はネットを通じて全国へ波及し、やがて市川の人生も一変していく。

『金髪』は、好評を博した坂下監督の映画『決戦は日曜日』(2022年)をベースに、コメディと社会批評を融合させた作品だ。38歳で新進気鋭の坂下監督のキャリアの中でも、本作は最も洗練された作品である。

坂下監督は米『ハリウッド・リポーター』のインタビューに応じ、『金髪』制作のきっかけとなった出来事、現代の日本で鋭い社会風刺映画を作る難しさを語った。


着想のきっかけは全国的ニュースになった事件

――『金髪』の着想はどこから得たのですか?

プロデューサー陣から「一緒に何か企画をやらないか」と持ちかけられたのは、4~5年ほど前でした。そこで、当時よくニュースで取り上げられていた時代遅れで厳しすぎる校則、つまり「ブラック校則」をテーマにした映画を作りたいと考えました。

日本で巻き起こったブラック校則の議論において、中心となったのは髪型や身だしなみについてです。中でも、大きな波紋を呼んだ事例が一つあります。生まれつき明るい髪色の生徒が、「黒髪でなければならない」という校則に従って髪を染めるよう強要され、学校と教育委員会を訴えたのです。ここから『金髪』の着想を得ました。

――主人公の設定と、本作の中で主人公がどのように風刺されているか教えてください。

映画の最終的な構成と、私が描きたい主人公像に辿り着くまで、かなりの紆余曲折がありました。当初は、教師や教育委員会、国の省庁といった大人たちを中心とする構想を練っていました。しかし、ドラマとしてあまり面白くなく、脚本を読んだ製作陣の反応も今一つでした。

そこで、一人の教師を中心に再構成し、「大人の成長物語」を作り上げました。30歳の男が、学生運動と関わりながら成長する物語です。主人公の成長過程にはコメディ要素もあったので、そのトーンを重視しました。 

通常、この手の物語では生徒を主人公にするのが一般的です。しかし、私は教師を主人公にする方が面白いと思いました。教師は「学校とはそういう場所だから」という中身のない理由で、生徒に校則を強要することがあります。その場合、皮肉なことに生徒の方が成熟しており、成長しなければならないのは教師の方です。

また、市川というキャラクターを掘り下げていくうちに、日本では30歳を迎えることが重要な節目だと気づきました。日本では若さが過剰に重視され、「若さを保ちたい」と願う大人は少なくありません。そうした不安感とノスタルジアは、主人公を描く上で中心的な役割を果たしました。

“老害”になることへの恐怖――監督自身を反映した主人公像

――個人的に最も印象的だったのは、制度の不条理さだけではなく、主人公の無関心さや信念の欠如に対する風刺でした。彼は内心では強固な考えを持っていますが、口に出す言葉は無意味なものばかりです。坂下さんと同世代の人物に対する鋭い視点は、どこから生まれたのでしょうか?

この主人公の性格は、私自身の中にある恐怖から生まれました。本作に取り組み始めた頃、日本では「老害」という言葉が流行し始めました。公の場やネット上で、時代遅れで無神経な言動をする高齢者を指す言葉です。彼らは、その言動が若い世代にどう受け取られるかを理解していません。しかし、自分ではその自覚がないため、批判されるとショックを受ける高齢者が多いのです。

そうした自己認識の欠如、そしていつか自分もそうなるかもしれないという恐怖が、主人公の根底にあります。どんなに気を付けても、容易に「老害」のような考え方に陥ってしまうかもしれません。そして人はみな歳を取り、社会は常に変化していきます。

主人公は、そうした恐怖に駆られているのです。彼は高齢者と若者のどちら側に立つべきか、分かっていません。若者を支援することを理想としていますが、実際に支援しようとすると嫌悪感を向けられます。その緊張感が彼の性格を形成しているのです。

――前作『決戦は日曜日』でも、軽い風刺を通して官僚主義を批判していました最近の日本映画において大胆な社会風刺はあまり見られませんが、なぜこのジャンルを選んだのですか?また、最近の日本映画で政治風刺が行われないのはなぜでしょうか?

私が好きなジャンルは多岐にわたりますが、映画監督としてどうすれば際立った作品を作れるか、独自性を確立できるかを考えなければなりません。正直に言えば、政治風刺や社会風刺に挑戦したのは、日本でそのジャンルを描く監督がほとんどいないからです。例えば、ラブストーリーは競争の激しいジャンルですよね。

また、コメディも大好きなんです。私は幼い頃から商業映画を観て、日本の豊かなユーモアの文化を吸収してきました。純粋な芸術映画よりも、映画製作の商業的な側面にずっと魅力を感じています。こうした好みと社会風刺を組み合わせることは、私にとって自然なことでした。そして、このような作品を作っている監督はほとんどいません。

(左から)坂下雄一郎監督、フェスティバル・ナビゲーターの瀧内公美、中川龍太郎監督
(左から)坂下雄一郎監督、フェスティバル・ナビゲーターの瀧内公美、中川龍太郎監督、第38回東京国際映画祭 ラインナップ発表記者会見にて 写真:©︎The Hollywood Reporter Japan

――特に『金髪』の前半では、非常にユーモラスな方法で主人公への不快感が描かれます。これは非常に大胆で斬新だと感じました。現代の日本映画界において、ネガティブで攻撃的な風刺映画を制作することで、問題は生じないのでしょうか?

もし確固とした立場のあるベテラン監督なら、問題ないかもしれません。しかし、私のようにキャリアの浅い監督にとっては非常に難しい問題です。

とはいえ、主人公が最終的に共感を得る物語と、共感されない物語の両方にも、深い意味を込める余地はあると思います。方法は異なりますが、どちらも力強いメッセージを持つ作品になり得るのです。

金髪を選んだ理由は“インパクト”

――坂下さんにとって、「金髪」は何を象徴していますか?

日本の学校、特に中学校では長年、「生徒は黒髪でなければならない」という基準がありました。その基準から少しでも外れた金髪や茶髪の生徒は、即座に不良とみなされてしまいます。「金髪」自体が意味を持つのではなく、「黒髪ではない」ということが、大人や権威者から非難される理由なのです。

その中でも「金髪」を選んだのは、大人や権威者から最も極端に非難される髪色だからです。また映像として見ても、金髪は非常にインパクトがあります。

――プレミア上映に向けて、坂下さん自身も金髪に染める予定はありますか?

何人かにそう聞かれましたし、撮影中もキャストやスタッフから「監督も模範として金髪に染めるべきだ」とよく言われました。しかし監督として権威を保たなければならないので、金髪は不適切ですね……冗談です(笑)。


映画『金髪』は11月21日(金)に劇場公開予定。

※本記事は英語の記事から抄訳・要約しました。

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