キリアン・マーフィー主演、教育現場の葛藤を描くNetflix新作『スティーヴ』

キリアン・マーフィー、Netflix映画『スティーヴ』より 写真:Robert Viglasky/Neflix © 2025
キリアン・マーフィー、Netflix映画『スティーヴ』より 写真:Robert Viglasky/Neflix © 2025
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『オッペンハイマー』後、キリアン・マーフィーが選んだ“静かな物語”

オッペンハイマー』(2023年)で「原爆の父」を演じ、アカデミー賞主演男優賞を受賞してからの2年間、キリアン・マーフィーは自らの評価を武器に、自身が望む企画を次々と実現させてきた。

マーフィーが次に取り組んだのは、いずれも小規模ながら濃密な人間ドラマである。1つは昨年ベルリン国際映画祭のオープニングを飾った『Small Things Like These(原題)』(2024年)。もう1つは、トロントでワールドプレミアを迎える『スティーヴ』である。

キリアン・マーフィー、『Small Things Like These(原題)』(2024年)より 写真:Shane O’Connor
キリアン・マーフィー、『Small Things Like These(原題)』(2024年)より 写真:Shane O’Connor

これら2作品は、『オッペンハイマー』とは題材もトーンも大きく異なる。『Small Things Like These(原題)』は、クレア・キーガンの小説を映画化した作品で、マーフィーは貧しいアイルランドの村で石炭を売る男を演じる。困窮する女性を助けるため、彼は道徳的な勇気を奮い立たせることになる。

一方の『スティーヴ』は、マックス・ポーターの小説『シャイ(原題)』を原作とする。マーフィーが演じるのは、非行少年たちが通う学校の教師で、仕事に追われるなか、人生最悪ともいえる1日を経験する男である。

小さな物語を自らの手で――マーフィーの新会社「Big Things Films」

『Small Things Like These(原題)』と『スティーヴ』の両作は、マーフィーが新たに立ち上げた制作会社「Big Things Films」を通じて製作され、監督は旧友でもあるベルギーの映画作家ティム・ミーランツが務めた。

ミーランツは『ピーキー・ブラインダーズ』第3シーズンでマーフィーと組んだ経歴を持つ。2本合わせた製作費は、クリストファー・ノーランの大作にかかるケータリング費用よりも安いとされる。

(左から)キリアン・マーフィー、ティム・ミーランツ監督、『Small Things Like These(原題)』(2024年)写真:FilmNation
(左から)キリアン・マーフィー、ティム・ミーランツ監督、『Small Things Like These(原題)』(2024年)写真:FilmNation

『Small Things Like These(原題)』は『オッペンハイマー』撮影終了からアワード・シーズンにかけての間に撮影され、共演者マット・デイモンがプロデューサーとして参加したことで資金がまとまった。一方、『スティーヴ』はアカデミー賞直後にNetflixが製作を承認した。

「『オッペンハイマー』での賞レースが終わるや否や、すぐに『スティーヴ』の撮影に入った。大作のあとに小規模作品を、という戦略的な意図があったわけではない。ただ純粋に心を惹かれた物語だった。いずれも友人が書いた作品で、私たちの制作会社があったからこそ実現できた。そして、これこそ自分が語りたい物語であり、自分自身が観に行きたい映画なのだ」とマーフィーは語っている。

視点の転換――少年から教師へ

原作となったマックス・ポーターの物語は、刑務所行きを目前に控えた更生学校の問題児シャイの視点で語られていた。映画化にあたり、ポーター自身が作品を再構築し、教師スティーヴの視点での物語へと変更した。疲弊しながらも、シャイ(演:ジェイ・ライカーゴ)が破滅へと転落するのを必死に食い止めようとする教師の物語である。

(左から)シャイ役のジェイ・ライカーゴ、スティーヴ役のキリアン・マーフィー、Netflix映画『スティーヴ』より 写真:Robert Viglasky/Neflix © 2025
(左から)シャイ役のジェイ・ライカーゴ、スティーヴ役のキリアン・マーフィー、Netflix映画『スティーヴ』より 写真:Robert Viglasky/Neflix © 2025

役への親和性――教育者一家に生まれて

マーフィーの家族背景は、この役柄に自然な結びつきを与えた。両親は教師、祖父は校長、そして多くの叔父や叔母も教育者という家庭に育ったのである。

「厳しい生徒たちを相手に、実験的な更生学校を運営することがどれほどの負担になるか想像してほしい。そして自宅に戻れば、自分の子どもたちの世話もしなければならない。教育というのは、極めて過酷な職業なのだ」とマーフィーは語る。

役そのものがマーフィーに寄せて書かれたキャラクター

「マックスもティムも私のことをよく知っている。だからこのキャラクターは、まさに私の言葉遣いで書かれているんだ。自分の仕草を増幅したような役で、衣装もなければアクセントもない。必要だったのは、ただ現場に行って、とにかく疲れ切った顔をすることだけだった。教師なら誰もがそう見えるものだからね」とマーフィーは語る。

脚本からNetflixへ――即決の承認

ポーターが脚本を仕上げると、マーフィーはすぐさまそれをNetflixに送った。「英国コンテンツ担当VPのアン・メンサーに金曜日に脚本を渡したら、月曜日には“イエス”が返ってきたんだ」とマーフィーは振り返る。

「彼らの対応はすばらしかった。トロント国際映画祭に出品し、劇場公開も決まり、さらに作品が観客とつながれば、巨大な配信プラットフォームを通じて多くの人々に届けられる。インディペンデント色の濃い作品にとって、これは非常に意味のあることなんだ」

Netflixの戦略と『スティーヴ』の位置づけ

『スティーヴ』は、アン・メンサーが進める「社会的リアリズムを重視し、挑戦的な英国作品を支援する」という方針の一環に位置づけられている。

Netflixシリーズ『アドレセンス』写真:Netflix
Netflixシリーズ『アドレセンス』より 写真:Netflix

「彼女は『アドレセンス』(2025年)を手がけ、さらに大胆な決断をしようとしている。これまで踏み込んでこなかった領域に挑もうとしているんだ」と監督のティム・ミーランツは語る。

「『アドレセンス』の成功が示したのは、観客がそうした作品を受け入れる準備ができているということだ。きちんとエンターテインメントとして仕上げれば、人々は必ず観てくれる」とマーフィーも同調した。

舞台は更生学校――徹底した時系列撮影

本作はすべて更生学校という1つのロケーションで撮影され、物語の流れに沿って完全に時系列で進められた。
「同じような撮影を経験したのはケン・ローチ監督の『麦の穂をゆらす風』(2006年)だけだ」とマーフィーは振り返る。

「撮影前に2週間、少年たちと学校で過ごし、ワークショップや即興演技を重ねた。ティムが発案して、子どもたちを役のままインタビュー形式で撮影したんだ。マックスがそれを脚本に書き直し、最終的に映画の一部になった」

Netflix映画『スティーヴ』より 写真:Robert Viglasky/Netflix © 2025
Netflix映画『スティーヴ』より 写真:Robert Viglasky/Netflix © 2025

“パンク”な映像表現

ミーランツ監督は、自らが「パンク」と呼ぶスタイルを取り入れた。激しいハンディカメラの動き、ヘヴィメタルやドラムンベースが入り混じるざらついたサウンドトラック、さらに超現実的なビジュアル表現などだ。

「脚本そのものが型破りだったから、撮影も従来通りではいけないと思った。カメラを逆さまに回転させるなど奇抜なアイデアを思いついては絵コンテに描き、マックスに見せ、彼が気に入ればそのまま採用した」と監督は語る。

“脳地図”による演技の支え

ミーランツはマーフィーが役に没入できるよう、「脳地図」と呼ぶ図を作成した。手描きの図をマーフィーの部屋に貼り出し、スティーヴの感情状態を可視化したのだ。

「スティーヴの鬱状態や、頭の中に浮かんでいるイメージを整理した。もし私の脳地図を見たら、精神を病んでいると思われるだろう」と監督は冗談交じりに語っている。

脚本に忠実でありながら、生々しい演技

映画の台詞はすべて脚本に書かれていたが、演技はあえて生々しさを残した。マーフィーは振り返る。

「学校の理事たちがやってきて、スティーヴや教師たちに学校を閉鎖すると告げる場面があるんだ。私たちはその俳優たちと一度も会ったことがなく、初対面がまさにそのシーンだった。彼らが部屋に入ってきて、その知らせを伝え、そこから一気に芝居が始まったんだ」

消耗と解放――役に挑む6週間

そのプロセスは肉体的にも精神的にも過酷であったが、同時に解放感ももたらした。

「スティーヴは物語の冒頭から極度の不安状態にあり、感情的にも職業的にも崖っぷちに立たされている。そんな状態を6週間も維持するのは本当に疲れた。でも、マックスとティムが私のことをよく理解しているからこそ、良い意味で自分をさらけ出すことができた」

『オッペンハイマー』後の再調整

『オッペンハイマー』とアワード・シーズンという“サーカス”を経て、マーフィーは現在、自身の歩調を整え直していると語る。

「今は四六時中働こうという気持ちはあまりない。今年はまったく演技をしていない。むしろ忍耐強く、正しい作品を待つことを選ぶようになった」

キリアン・マーフィー、『オッペンハイマー』(2023年)より 写真:Universal Pictures
キリアン・マーフィー、『オッペンハイマー』(2023年)より 写真:Universal Pictures

信頼できる仲間たちとの再共演

もっとも、マーフィーにとってその“正しい作品”は、これまでも共に歩んできた仲間とのコラボレーションから生まれる可能性が高い。

「私は昔から同じ仲間と繰り返し仕事をするタイプだ。クリス(ノーラン)とは『オッペンハイマー』で6度目、ティムとはこれで3度目になる。私にとって作品の規模や予算は物語の次にくる要素にすぎない。大切なのは人とのつながりであり、それが作品に反映されると信頼に変わり、共通の言語になる。そこからこそ豊かな仕事が生まれるのだ」

(左から)クリストファー・ノーラン監督、キリアン・マーフィー 写真:BFI/Dave Benett
(左から)クリストファー・ノーラン監督、キリアン・マーフィー 写真:BFI/Dave Benett

※本記事は英語の記事から抄訳・要約しました。

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