『北の国から』『前略おふくろ様』などの脚本家・倉本聰さんが91歳で死去
ドラマ『北の国から』(1981~2002年)や『前略おふくろ様』(1975~ 1976年)などで知られる脚本家の倉本聰(本名:山谷馨)さんが9月18日(金)に多臓器不全のため死去した。91歳だった。28日(月)、倉本さんが理事長を務める倉本財団が公式サイトで発表した。
葬儀は家族の意向により、近親者のみで執り行われた。故人の遺志により、11月3日(火・祝)に「お別れの会」が富良野演劇工場で行われる。
倉本さんは東京大学文学部を卒業した1959年、ニッポン放送に入社。ディレクター、プロデューサーとして働く傍ら、「倉本聰」のペンネームで脚本の執筆活動を行う。同年、日本テレビのドラマ『パパ起きて頂だい』でデビューした。
1963年に独立し、フリーの脚本家として活動。1977年に北海道富良野市に移住し、1981年、同市を舞台とする連続ドラマ『北の国から』が大ヒット。東京から故郷に戻り、大自然の中で暮らす家族を描いた。その後、2022年までに8編のスペシャルドラマが制作される人気シリーズとなった。
1984年、若手俳優と脚本家を育成する「富良野塾」を創設。1986年、脚本を担当した映画『時計 Adieu l‘Hiver』で初監督を務めた。
その後、2000年に紫綬褒章、2010年に旭日小綬章を受章。
2010年に富良野塾は閉塾したが、卒業生を中心に「富良野GROUP」を結成し、倉本さんが脚本・演出を担当した。
2017年に倉本さんが「高齢者向けのドラマを作ろう」とテレビ朝日に働きかけ、新設された昼の帯ドラマ枠で『やすらぎの郷』の脚本を執筆。俳優、作家、ミュージシャンらが集う老人ホームを舞台にした人間ドラマで、現在のテレビ界への批判も盛り込んだ一作として話題を呼んだ。
倉本財団は次のようにコメントしている。
「倉本は、人と自然、家族、地域社会の在り方を見つめ、言葉と物語を通して多くの皆様に思いを届けてまいりました。その歩みの傍らには、常に作品を受け取ってくださった皆様の存在がございました。
関係者一同、深い悲しみの中におりますが、倉本が遺した言葉、作品、そして大切にしてまいりました思いを、今後も受け継いでまいる所存でございます」
「長年にわたり倉本聰を支えてくださいましたすべての皆様に、あらためて心より厚く御礼申し上げます」
記事:The Hollywood Reporter Japan 特派員 鈴木元
【関連記事】
- 本木雅弘『海の沈黙』公開に安堵「倉本聰先生も喜んでいると思う」
- 【2026年9月】Netflix(ネトフリ)おすすめ日本ドラマランキング22作品
- 第48回日本アカデミー賞、最優秀作品賞は 侍タイムスリッパー
- 【カンヌ国際映画祭2026】日本人監督5人の“今観るべき代表作”|是枝裕和、濱口竜介、黒沢清ら
- 織田裕二×反町隆史×亀梨和也が初集結 連続ドラマ『北方謙三 水滸伝』前例のないスケールで描かれる反逆者たちの物語がスタート
