【訃報】トム・スケリットが93歳で死去 『エイリアン』『トップガン』『ピケット・フェンス』で愛された俳優
映画『エイリアン』や『トップガン』、『M★A★S★H マッシュ』などで知られる米俳優トム・スケリットが死去した。93歳だった。家族によると、スケリットは2026年10月21日、シアトルで自然死により亡くなったという。60年以上にわたり映画やテレビで活躍し、ドラマ『ピケット・フェンス』ではエミー賞ドラマシリーズ主演男優賞を受賞。映画・テレビ界に幅広い足跡を残した。
トム・スケリット死去|『M★A★S★H マッシュ』で注目を集め、『エイリアン』にも出演
スケリットの転機となった作品の1つが、ロバート・アルトマン監督による1970年の映画『M★A★S★H マッシュ』だ。朝鮮戦争下の野戦病院を舞台にしたブラックコメディで、スケリットは南部出身の外科医デューク・フォレストを演じた。
ドナルド・サザーランド演じるホークアイらとともに、軍の規則にとらわれない奔放な振る舞いを見せ、作品を盛り上げた。映画はその年を代表するヒット作となり、後にCBSで長寿テレビシリーズとしても展開された。スケリットが演じたデュークはテレビ版には登場しなかったものの、この出演を通じて俳優としての存在感を示した。
スケリットは、アルトマン監督が役作りに自由を与えてくれたと振り返っている。ミッチェル・ザッコフによる2009年の著書『Robert Altman: The Oral Biography』では、アルトマン監督のもとでは、挑戦する限り何をしても間違いではないと感じられたと語っている。俳優には、失敗を恐れず自分をさらけ出す覚悟が必要だという考えも明かしている。
その後、『夕陽の挽歌』(1971年)、『複数犯罪』(1972年)、『ボウイ&キーチ』(1974年)、『ビッグ・バッド・ママ』(1974年)などに出演。コメディ映画『チーチ&チョン スモーキング作戦』(1978年)では、ベトナム戦争の影響を抱える退役軍人を演じた。
1979年のリドリー・スコット監督作『エイリアン』では、宇宙船ノストロモ号の船長ダラス役を担当した。当初は特殊効果に多額の予算が投じられていることを懸念し、出演を断った。しかし、スコット監督の長編デビュー作『デュエリスト/決闘者』(1977年)を鑑賞して映像美に感銘を受け、出演を決めたという。
『トップガン』『リバー・ランズ・スルー・イット』でも印象的な演技
1977年の映画『ターニング・ポイント』では、シャーリー・マクレーン演じる主人公の夫を演じた。同作はアカデミー賞で11部門にノミネートされた。1986年の『トップガン』では、トム・クルーズ演じるマーヴェリックらを指導する海軍の教官、マイク・“バイパー”・メットカーフ役を演じた。
さらに、ロバート・レッドフォード監督作『リバー・ランズ・スルー・イット』(1992年)では、牧師であり、マクリーン家の父でもあるジョン・マクリーンを演じた。自然や家族を描いた同作でも、確かな存在感を発揮した。
たくましい風貌と口ひげが印象的だったスケリットは、キャリアを通じて権威ある立場の人物を演じることも多かった。2000年にはテレビ映画版『真昼の決闘』で、保安官ウィル・ケイン役を務めている。
『ピケット・フェンス』でエミー賞を受賞
1992年からCBSで放送されたドラマ『ピケット・フェンス』では、ウィスコンシン州の架空の町ロームで保安官ジミー・ブロックを演じた。町の医師ジル(演:キャシー・ベイカー)の夫で、3人の子どもの父親でもあるジミーは、風変わりな出来事が絶えない町で冷静さを保つ存在だった。
デヴィッド・E・ケリーが手がけた同作での演技が評価され、スケリットは1993年にエミー賞ドラマシリーズ主演男優賞を受賞。翌1994年にも同賞にノミネートされた。
テレビではほかにも、人気コメディシリーズ『チアーズ』の第6シーズンに出演。カースティ・アレイ演じるレベッカ・ハウの元上司エヴァン・ドレイク役を演じた。また、『ブラザーズ&シスターズ』では、サリー・フィールド演じるノラの夫ウィリアム・ウォーカー役を演じた。2012年のコメディ映画『テッド』には本人役で登場し、印象的なカメオ出演を披露した。
2021年には映画『イースト・オブ・ザ・マウンテンズ(原題:East of the Mountains)』で久々に長編映画の主演を務めた。末期がんを宣告された、妻を亡くした元心臓外科医を演じている。
空軍勤務を経て俳優の道へ
トーマス・ロイ・スケリットは1933年8月25日、米ミシガン州デトロイト生まれ。1951年に高校を卒業した後、世界を見て回りたいと考えて空軍に入隊した。しかし、パイロットに必要な数学の知識が不足していたため、主にテキサス州オースティンで人員配置に関わる分類担当として勤務した。
除隊後は故郷に戻り、ウェイン州立大学で英語を学んだ。その後、作家または監督を目指してカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)に移り、内気な性格を克服しようと演技にも取り組むようになった。当初は俳優として生計を立てられるとは考えていなかったという。
2016年に『Film Comment』誌のインタビューで語ったところによると、当初は監督になるための経験を積む目的で映画出演を考えていた。大学で学ぶだけでは映画作りを十分に理解できず、撮影現場で人々の仕事の進め方や会話に触れることが、実践的な知識を得る機会になると考えていた。
俳優としての初期の出演作となったのは、1962年の映画『戦場の追跡』。テリー・サンダースとデニス・サンダースの兄弟プロデューサーが舞台劇でのスケリットを見て、出演を依頼した。同作にはジョン・サクソン、シドニー・ポラック、ロバート・レッドフォードらも出演しており、『M★A★S★H マッシュ』と同じく朝鮮戦争を題材としていた。
その後、1960年代には『ララミー牧場』『ヒッチコック劇場』『パパ大好き』『原子力潜水艦シービュー号』など、数多くのテレビシリーズにゲスト出演した。『ガンスモーク』『逃亡者』『ボナンザ』などにも複数の役柄で登場し、着実にキャリアを築いていった。
ハル・アシュビー監督作から晩年の活動まで
1971年には、ハル・アシュビー監督の映画『ハロルドとモード/少年は虹を渡る』にバイク警官役で出演した。撮影現場での事故により別の俳優が出演できなくなったため、友人だったアシュビー監督を助ける形で引き受けた小さな役だったという。
クレジットには本名ではなく、マルティン・ボルマンにちなんだ「M. Borman」という名前を使用した。後年のインタビューでは、ボルマンが戦後に行方不明になったことに触れ、「オークランドに移り、バイク警官になったのではないか」と冗談を交えながら説明している。
そのほかの主な映画出演作には、『デッドゾーン』(1983年)、『スペースキャンプ』(1986年)、『マグノリアの花たち』(1989年)、『ルーキー』(1990年)、『コンタクト』(1997年)、『カーラの結婚宣言』(1999年)、『ティアーズ・オブ・ザ・サン』(2003年)、『王様のためのホログラム』(2016年)などがある。
テレビでも『シカゴ・ホープ』『ふたりは友達? ウィル&グレイス』『ザ・ホワイトハウス』『LAW & ORDER:性犯罪特捜班』『グッド・ワイフ』『マダム・セクレタリー』など、幅広い作品に出演した。
後進の育成や退役軍人支援にも尽力
俳優業以外でも、スケリットは映画や物語を作る次世代の人材育成に力を注いだ。シアトルで映画教育機関「TheFilmSchool」の設立に携わり、若い映画製作者やストーリーテラーの育成を支援した。
また、退役軍人が心的外傷後ストレス障害(PTSD)や不安、うつと向き合い、自らの経験を書き、共有できるよう支援する団体「Red Badge Project」を共同設立した。
自然環境の保護にも関心を寄せていた。『リバー・ランズ・スルー・イット』に影響を受けたこともあり、米国の河川の健康状態や保全の必要性を取り上げるドキュメンタリーシリーズ「Reflections of the River」の制作と普及に取り組んだ。Wildlands Festival、American Rivers、Gallatin River Task Forceなどとも連携し、河川の保全活動を支援した。
遺族には、1998年に結婚した3人目の妻ジュリー・トカシキさん、子どものアンディ、エリン、マット、コリン、エミコさん、孫のサラ、マディソン、サニー、ルイーザ、ジョージアさん、ひ孫のマリーゴールド、ラヴィさんがいる。
※本記事は英語の記事から抄訳・要約しました。
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