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【インタビュー】『名無し』城定秀夫監督が語る、“名もなき怪物”の狂気と不条理な暴力への視点

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『名無し』城定秀夫監督が語る、“名もなき怪物”の狂気と不条理な暴力への視点
城定秀夫監督 『名無し』5月22日(金)公開 配給:キノフィルムズ 写真:©佐藤二朗 永田諒 / ヒーローズ ©2026 映画「名無し」製作委員会
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手で触れたものを消し去る能力を持った“名もなき怪物”が、無差別大量殺人を起こすサイコバイオレンス『名無し』が、5月22日に劇場公開される。

原作・脚本・主演を務めたのは、『爆弾』(2025)で第49回日本アカデミー賞・最優秀助演男優賞を初受賞した佐藤二朗 。

本作は、その過激なテーマと特殊な世界観ゆえに一度は封印されかけた異色作だ。

白昼のファミレスを襲った無差別大量殺人事件。防犯カメラに残された容疑者の中年男。被害者は誰もが鋭利な刃物のようなモノで切りつけられていたが、映っているはずの凶器の姿だけが目視できない。鍵を握るのは男の右手。その手が向かう先には必ず何かが起こる。目に見えない力の秘密に隠された、恐るべき真実から逃がれることはできるのか?

「今の日本映画の枠にハマらない」この野心作を手がけたのは、『嗤う蟲』『悪い夏』(2025)などで知られる映画職人・城定秀夫監督だ。

この度、ハリウッド・リポーター・ジャパンは城定監督にインタビューを実施。

佐藤二朗と共に作り上げた山田太郎というキャラクター、目に見えない凶器をどう描いたのか、そして不条理な暴力への視点について話を訊いた。

セリフを削ぎ落として生まれた、佐藤二朗演じる山田太郎というキャラクター

——佐藤二朗さんの脚本について監督は「キレイにまとまりすぎていないところが良い」とお話しされていましたが、特にどこに面白さを感じられたのでしょうか。

監督:今の日本映画の枠にはハマってない作品でした。それを形にする作業は大変だと思ったのですが、でも同時にこの作品をやれる面白さがありましたね。こういう変わった作品はなかなか通らないですから。佐藤二朗さんという存在と才能があったから成立する企画で、「僕が出しても絶対通らないような企画をやれるんだ」という思いでした。

映画『名無し』
『名無し』5月22日(金)公開 配給:キノフィルムズ 写真:©佐藤二朗 永田諒 / ヒーローズ ©2026 映画「名無し」製作委員会

——原作・脚本・主演を務めた佐藤さんとは、作品の空気感や、佐藤さん演じる山田太郎というキャラクターをどのように作り上げたのでしょうか。


監督:原作は佐藤さんが書いたシナリオです。そこから漫画と映画に枝分かれしていきました。元がどうだったかを知りたかったら漫画がかなり近いですね。それぞれに魅力があるので、両方観てほしいです。

当初の山田はけっこう喋ったり、キャラクター自体が違ったんです。それと映画に出てくる「右手の三原則」も元々は無かったものでした。映画で新たにつけ足して、違う魅力を出してしていこうと考えたんです。

キャラクターに関しては、漫画の方は山田の年齢が若いですよね。映画では佐藤さん本人が演じたいという希望だったので、そこに合わせたキャラクターにしています。そうなると、あまりベラベラ喋らない方がいいんじゃないかと思って、「セリフは一度落としてほしい」と最初にお願いしました。

映画『名無し』
『名無し』5月22日(金)公開 配給:キノフィルムズ 写真:©佐藤二朗 永田諒 / ヒーローズ ©2026 映画「名無し」製作委員会

——「セリフを落としてほしい」というのは、監督から佐藤さんにお願いしたのでしょうか。

監督:佐藤さんは自分が演じるつもりで原作を書いていたので、僕の方からお願いしました。いろいろ喋ると語るに落ちる感じがしたので、「あまり多く語らない方がいいんじゃないか」とお伝えしたんです。

——原作を佐藤さんが作られましたが、佐藤さんが最も理解している山田太郎というキャラクターを演出する上で、どんなところに難しさがありましたか。

監督:
そういう割り切り方をしてしまえば、難しくはなかったんです。「佐藤さんが演じる山田が山田」という考え方にすると、あとはどう見せるかになりますよね。ただ山田太郎というキャラクターは、脚本の打ち合わせの中で、プロデューサーや僕や皆で作り上げたので共通認識がありました。とはいえ、生理的な部分なんかは「佐藤さんが山田太郎なんで」という託し方をしましたね。


僕の方からは「山田太郎はこんなことしない」と言うことはないというか。ただ丸っきりないわけではないので、「これってどうなんだろう」と現場で感じたときは伝えるようにしました。

——俳優としての佐藤さんと本作を取り組むにあたって、打ち合わせの際に佐藤さんの言葉で印象的だったことがあれば教えてください。

監督:俳優としての佐藤さんは、以前から知っていました。初めて現場で一緒だったときの印象的な言葉でいうと、佐藤さんがテストと本番で全く違うことをしたんですね。僕が「あれ?」と思っていたら、「僕は同じ芝居はなぞれないので、そこは勘弁してください」と言われたんです。それが面白いなと思った記憶があります。そんなにハッキリとそういうことを言われたのは初めてだったので、驚きと面白さがありましたね。


目に見えない“凶器”と“狂気”をどう描いたのか「山田はダークヒーローですらない」

——何度か打ち合わせをするなかで、脚本の初稿から撮影稿が出来上がるまでどのような作業をなさったのでしょうか。

監督:実際に脚本を書いて、それを戻してもらって。最終的には僕も書いたりする中で、少しずつすり合わせをしていったんです。ただ、どう設定を作り上げていくのかがかなり曖昧でした。野生の勘のような感覚で書かれた本(脚本)だったので、佐藤さんの中でもそんなに細かく決まってなかったんです。

その辺りを決めていかないと後々困るので、「どうやったら手に触れたものが消えるのか」といった設定を後付けしていきました。「こうやったらフタだけが消えるのか、水が消えるのか、こうしたら建物が消えるのか」といったことを概念にしていったんです。「佐藤さんが、これをペットボトルだと思って握ったら丸ごと消える」というように、そういうルールを決めました。

——冒頭のファミレスのシーンは、山田の狂気や絶望を象徴したシーンだと感じました。このシーンを撮影する際にこだわった点はありましたか。

監督:こだわったのは、暴力の生々しさですね。
山田の容赦ない残虐性によって、理不尽に人々が殺されてしまう。「山田はダークヒーローですらない」と示す入り口にしたかったんです。「今後どんなことが起きても、山田はただの殺人鬼なんだよ」と最初に示すシーンでした。


映画『名無し』
『名無し』5月22日(金)公開 配給:キノフィルムズ 写真:©佐藤二朗 永田諒 / ヒーローズ ©2026 映画「名無し」製作委員会

——手に凶器が映ってない状態での殺戮シーンの撮影でしたが、難しかった点はありましたか。

監督:いろいろ工夫しながらという点では面白かったですけどね。どうやったら凶器がない状態を自然な形で撮れるのか、みんなで知恵を出して考えました。
最初に血だまりが映るシーンも、カメラが下がってる間にスタッフがパッと包丁渡して、そこからワンカットで撮っていきました。

当初の脚本はバットを振り回したときにバットがチラチラ見えることで、「バットを持っている」という状況を提示していたんです。でも「虚像なら見える」というルールに決めて、そこを軸に試行錯誤していきました。

観る者を揺さぶる「山田太郎という狂気」の正体

——映画を観る前はファミレスのシーンのような残虐さがメインの作品だと思っていましたが、観終わったときに殺人鬼の怖さというより山田の悲しさの方が心に残りました。

監督:そう感じる人もいるでしょうね。
そういう人がいてもいいし、でも僕は最初に殺された女性の方がよっぽど悲しいと思っているんです。山田はただの八つ当たり殺人鬼っていうつもりで描いたので。

——この辺りのバランスはどうしていったのでしょうか。

監督:それがこの映画のポイントだと思います。元のシナリオはもっと感動的な物語だったのですが、そこを僕が否定したところから始まりました。僕としては、「そういう面を丸ごと無くして不条理スリラーにしないと、商店街で殺される人が報われない」という思いだったんです。


でも同情的な面とのバランスを取ろうとすると、やっぱりちょっと変なんです。子どもの頃はかわいそうに描いて、次のシーンで容赦なく女性だろうがぶっ殺す。観客は一瞬同情しかけたけど、「え?」と思うわけじゃないですか。その揺さぶりが今までにない感覚ですよね。僕はそれを冷静に撮っていきました。「かわいそう」ではなく、「山田の過去はこうなんだよ」というただの事象として描いてゆく撮り方です。

映画『名無し』
『名無し』5月22日(金)公開 配給:キノフィルムズ 写真:©佐藤二朗 永田諒 / ヒーローズ ©2026 映画「名無し」製作委員会

「神様が山田を使って遊んでるだけなのかなって、そんな解釈もできますよね」

——また、映画としてのエンタメとのバランスについてはどう考えられたのでしょうか。

監督:多くの人に観てもらいたいですが、最初の原作からして今の日本人の倫理観では許容しがたい部分が多かったです。当初は、山田の過去や人間ドラマがいっぱい入っていました。でもやることは、ただの八つ当たりですよね。僕はもう少しフラットに描きたかった。娯楽としてあの血みどろシーンを楽しみつつ、エモそうなシーンを配置することで、観る人が戸惑うようなそんな変な映画になればいいなと。


——手を合わせる仕草には感謝や拝む意味もありますよね。今回、山田は“触れると消えてしまう右手”を持っていますが、空に手をかざして神様に語りかけるシーンなど、手の表現がとても印象的でした。そこにはどのような意味が込められていたのでしょうか。

監督:右手については、僕の中でも思うところがありますね。楳図かずおさんの「神の左手悪魔の右手」という作品がありますよね。そういう宗教的な意味もあるんじゃないかな。神の存在については、確かにテーマというか。山田に一切同情はできませんが、「神様にひどいことされてるな、なんかかわいそうだな」とは感じました。


右手もそうだし、花子の存在についてもそうですよね。悲劇にしかならない結末を、あらかじめ知ってて神から与えられた女性なのかもしれないとか、色々考えられるじゃないですか。太郎だって、最初のファミレスで逮捕されてたら、あんなことにならなかった。けど、そうならないのも「神様が山田を使って遊んでるだけなのかな。ひどいことするな」ってそんな解釈もできますよね。

映画『名無し』
『名無し』5月22日(金)公開 配給:キノフィルムズ 写真:©佐藤二朗 永田諒 / ヒーローズ ©2026 映画「名無し」製作委員会

——丸山隆平さんが演じる巡査の照夫は、山田に初めて名前を与えますよね。一筋の光というか山田がなんとか救われてほしいと思う場面でしたが、2人の関係で意識したことはありますか。

監督:そういうのを全部ぶっ壊すのがこの映画ですよね(笑)。山田のなかでは希望を感じてるんだろうなと思いつつ、その後の悲劇は山田自らが起こしていることですから。「どう思ったらいいんだ、これは」と戸惑いを感じましたが、「それ自体を映画にしたらいいんだな」と思ったんです。

映画『名無し』
『名無し』5月22日(金)公開 配給:キノフィルムズ 写真:©佐藤二朗 永田諒 / ヒーローズ ©2026 映画「名無し」製作委員会

——漫画に登場する照夫は、どこか佐藤さん本人に似ていましたね。

監督:そうなんですよね。あと漫画での山田も映画と違って若いので、山田太郎としての歴史が浅いですよね。まだ若いのにかわいそうだなと感じられる部分がある。でも映画だと「50歳過ぎまでどういう生活してたんだ」みたいな気持ち悪さが出てると思うんです。

——先ほど監督は「山田のセリフを少なくした」と仰っていました。セリフが少ない中で、山田の内面を表す際に佐藤さんとはどのような話し合いをされたのでしょうか。

監督:喋り方については、かなり話し合いを重ねました。僕の中では、失語症とはまた違う、世間と関わってこなくて喋り方がわからない人という雰囲気を求めていて。佐藤さんと少しずつ探りながら、山田の話し方を作り上げました。僕も佐藤さんもガチガチに決めるタイプじゃないので、そこはケースバイケースで考えていきましたね。

花子という危うい存在「僕の中で花子は怖い人」

——MEGUMIさん演じる花子と山田の会話も、空気感や喋り方に特徴がありましたよね。似たような雰囲気を持っていますが、2人のシーンもリハーサルを重ねるより現場ですり合わせて作っていったのでしょうか。

監督:
そうですね。「MEGUMIさんはどう花子を作ってくるかな」と思っていたんですが、あの感じで作ってきたので「おっ!」と思いましたね。やり過ぎてあざとくなるなら、普通にするのもアリだと思っていたんです。でも良いバランスで演じてくれましたよね。すごく良かった。

映画『名無し』
『名無し』5月22日(金)公開 配給:キノフィルムズ 写真:©佐藤二朗 永田諒 / ヒーローズ ©2026 映画「名無し」製作委員会

——花子は小さい頃から太郎と一緒にいて、2人だけしか共有できない傷を一緒に癒しながら育ってきたと思うのですが、2人が成長していくなかでどんなところを大切に描かれましたか。


監督:あまり想像させすぎないようにしました。要はよく分からないようにしたかったんです。過去も含めて、あまり説明しちゃうと語るに落ちてしまうキャラクターなので。

僕は花子は相当怖い女性だと思ってますよ。
そこは子どもの頃から片鱗があって、「これはタンポポ、これはパンジー」って太郎の能力実験をしているし。山田がああなっちゃった要因の一つなのかもしれませんよね。少なくとも大量殺人のトリガーを引いたのは花子の行動からですよね。

映画『名無し』
『名無し』5月22日(金)公開 配給:キノフィルムズ 写真:©佐藤二朗 永田諒 / ヒーローズ ©2026 映画「名無し」製作委員会

——花子と一緒にいた山田の部屋が、彼の内面とリンクしているように感じました。心の変化とともに荒れていき、かなりインパクトのある空間でしたよね。美術面で工夫したことはあるのでしょうか。

監督:すっごい美術部につめられましたよ。「山田はここまでどうやって生きて、どうやって家を借りたんだ」って(笑)。その辺りは答えがないというか、僕の中の設定では、身寄りのない人たちがお金さえ払えば住めるような場所。正式な戸籍がなくてもここには居れるという設定でした。

山田と花子のバックボーンが無さすぎるので、画で色々感じてもらえるようすることも考えたんですけど、花をいっぱい飾ることで「お花が好きなのかな」と想像させるとか、そのくらいのことしかしてません。頑張って人並みの生活をしようとする山田と花子が、あんなことになって部屋が荒れていってしまうことに、「ちょっと悲しいよね」と感じながらも、「でも全然かわいそうではないか…」とそんな相反する思いがありましたね。


映画『名無し』
『名無し』5月22日(金)公開 配給:キノフィルムズ 写真:©佐藤二朗 永田諒 / ヒーローズ ©2026 映画「名無し」製作委員会

不条理な暴力を描く覚悟と挑戦

——山田の右手を「社会から孤立してしまう何か」に置き換えると、誰にでも起ってしまうようなそんな恐怖を感じました。

監督:そうですね。みんなに虐げられて、そういう形で無差別殺人とかは起きちゃうんですよね。そういう風にならないようにしてほしいなという意味で、僕はやっぱり山田というキャラクターをあくまで否定し続けたい。「何があっても、そんなことしちゃダメだよ」って。

——監督は以前「作品作りでは、登場人物をジャッジしないことを大切にしてる」と仰っていました。今回は非常に難しかったと思いますが、山田に対してはどのようなスタンスだったのでしょうか。

監督:個人的には山田を否定していますが、僕の思想だけを描く映画ではないので、様々な思いを感じてもらえる作りにしました。ただ「監督はどう思ってるんですか?」と聞かれたら、「山田なんて別にヒーローでも何でもないし、魅力なんてないよ」って答えるしかないんですよね。それは僕の考えですけど。

肯定してるようにも否定してるようにも見えるフラットな撮り方っていう意味では、いつも通りなんです。僕自身の思想で言うなら、否定でしかないです。映画としては肯定も否定もしない。
そういう意味では、今までとは違うかもしれない。山田のような人物は、今まで撮ってきてるようで撮ってないですから。

映画『名無し』
『名無し』5月22日(金)公開 配給:キノフィルムズ 写真:©佐藤二朗 永田諒 / ヒーローズ ©2026 映画「名無し」製作委員会

——今回映像化するにあたって、一番大変だった点はどのような部分でしたか

監督:
一番大変だった点は、殺戮シーンがどうしても時間かかってしまうことでした。僕の希望ですが、なるべくCGに頼らずに撮りたかった。予算が潤沢ではなかったので、工夫して乗り切りました。ラストシーンの撮影のときは、あと10分で日が暮れてしまうような状況だったんです。でもそういう中でしか撮れないエモーションみたいなものがあるんですよね。そういうものを映し出せたらいいなと考えてました。

「こうなってしまったなら、どうできるかを考る」という柔軟さを大切にいつも撮影しています。キャスト陣が多いとなかなか柔軟に動くのが難しいこともあるのですが、今回は皆さん臨機応変にやっていただけました。「みんなで頑張って撮り切ろう」という空気感の中で撮影できましたね。


『名無し』作品情報

映画『名無し』
映画『名無し』 写真:©佐藤二朗 永田諒 / ヒーローズ ©2026 映画「名無し」製作委員会

<ストーリー>
白昼のファミレスを襲った無差別大量殺人事件。防犯カメラに残された容疑者の中年男。
被害者は誰もが鋭利な刃物のようなモノで切りつけられていたが、映っているはずの凶器の姿だけが目視できない。鍵を握るのは男の右手。
その手が向かう先には必ず何かが起こる。目に見えない力の秘密に隠された、恐るべき真実から逃がれることはできるのか?

<クレジット>
原作・脚本:佐藤二朗
出演:佐藤二朗 / 丸山隆平 MEGUMI / 佐々木蔵之介
監督・共同脚本:城定秀夫
配給:キノフィルムズ
©佐藤二朗 永田諒 / ヒーローズ ©2026 映画「名無し」製作委員会

2026年|日本|カラー|原作:佐藤二朗「名無し」(HERO’S Web)|PG12
公式HP:https://774movie.jp

5月22日(金)全国公開

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