映画『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』米レビュー│塚本晋也監督が“戦争加害者”のトラウマを真正面から描く
『鉄男』(1989年)や『東京フィスト』(1995年)などのジャンル映画でカルト的人気を博した注目の日本人監督、塚本晋也。これまで『六月の蛇』(2003年)や『野火』(2015年)、『斬、』(2018年)、『ほかげ』(2023年)など、10本以上もの作品がヴェネツィア国際映画祭に出品されてきた。
そして今年の第83回ヴェネツィア国際映画祭では、最新作『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』がコンペティション部門に選出された。
現地時間9月4日(金)のワールドプレミアには、塚本監督、主演のロドニー・ヒックス、『英国王のスピーチ』(2010年)などで知られる名優ジェフリー・ラッシュらが登壇。上映後、8分間のスタンディングオベーションで迎えられた。
本作は、ベトナム戦争に従軍した元米海兵隊員アレン・ネルソン氏の過酷な体験と帰国後の苦悩を描いた、実話に基づく作品だ。世界的に高い評価を得た戦争三部作『野火』『斬、』『ほかげ』に続き、加害者の視点から戦争の恐ろしさを描いている。
脚本・監督・撮影・編集を一人で手がけた塚本監督。音や人の気配、妄想に怯え、PTSD(戦争後遺症)に苦しむネルソン氏のトラウマを苛烈に描き出した。
本記事では、米『ハリウッド・リポーター』批評家による『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』のレビューをお届けする。
生々しくも“誠実”な戦争映画――塚本晋也監督『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』
『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』という作品を知った日本国外の観客の多くは、一つの疑問を抱くかもしれない。「ジャンル映画で人気を博した日本人監督が、ベトナム戦争のトラウマを抱えるアフリカ系アメリカ人の元兵士の映画を撮ろうと思ったのは、なぜだろうか?」というものだ。
その答えは非常にシンプルである。ネルソン氏はベトナムでの従軍中の体験や自らが犯した行為について、日本各地で1,200回以上にわたり講演を行ってきた。塚本監督も彼の講演に足を運んだことがきっかけで、戦争の恐怖を改めて知り、暴力に対する見方が変わったという。
塚本監督は脚本・監督・撮影・編集のすべてを一人で手がけ、ネルソン氏の経験やトラウマを真正面から描くことに挑戦した。そこには、本作に込められた監督の「誠実さ」がにじみ出ている。そして、中には衝撃的なシーンもあり、「生々しい戦争映画」と「戦争がもたらす影響を教訓として伝えるドラマ」という2つの側面を併せ持つ作品となっている。
自らも加害者に――ベトナム戦争でネルソン氏が体験したものとは
本作は、ネルソン氏が戦時中の過酷な体験を思い出すフラッシュバックのシーンと、そのトラウマに苦しむ父親としてのシーンを、交互に行き来しながら進む。現在のネルソン氏は舞台俳優としてキャリアを積んだロドニー・ヒックスが、戦時中のネルソン氏は気鋭の新人俳優マーク・マーフィーが演じている。
こうした構成になっているのは、彼がトラウマから抜け出すために、カウンセリングが重要な意味を持っているためだ。帰国後のシーンでは、ネルソン氏がダニエルズ医師(演:ジェフリー・ラッシュ)の集中的なカウンセリングを受け、徐々に変化していく姿が描かれる。
ダニエルズ医師とのカウンセリングセッションは、ネルソン氏にとって時にかなり過酷なものとなる。ダニエルズ医師はネルソン氏に対し、元兵士としての戦場体験だけでなく、貧困や虐待に苦しんだ幼少期まで深く掘り下げるよう、促していく。

映画の前半では、ネルソン氏が海兵隊に入隊し、数カ月の基礎訓練を経て、覚悟もままならないまま戦地へ送り込まれていく様子が描かれる。ネルソン氏は、黒人兵士が大半を占める小隊に配属される。そこで、ベトコンによる待ち伏せ攻撃で複数の仲間が撃たれるという過酷な戦場の現実に直面する。
それ以降、部隊は遭遇する村々に報復を行うよう命じられ、農民や女性、子どもたちを巻き込む悲惨な暴力が繰り返されていく。時には、その行為が任務の範囲を超えてエスカレートしていく様子も描かれる。
悲惨な「戦争」とその後に築いた「家庭」のコントラスト
こうした場面を、塚本監督は目を背けたくなるほど生々しく描き出した。本作は、ベトナム戦争を題材にした作品の中でも、極めて厳しい現実を正面から描いた一本となっている。
新兵だったネルソン氏は凄惨な行為を目撃し、当初は葛藤を抱えながらも、やがて自らもその行為に加担していく。そうしたネルソン氏の姿を、カメラが彼に密着する形で追い続ける。その結果、彼の心には深い傷が刻まれていくのだ。
流血や苦しみに満ちた戦争シーンは、あえて強烈なインパクトを込めて描かれている。同様のフラッシュバック構造を用いた作品としては、米軍兵士によるベトナムの現地人への犯罪を描いたブライアン・デ・パルマ監督の『カジュアリティーズ』(1990年)がある。

そうした衝撃的な場面の合間には、帰国後も苦悩を抱え続けるネルソン氏の姿が挿入されている。彼は苦しい記憶とうまく向き合えないまま、妻(演:タチアナ・アリ)や子どもたちに感情をぶつけてしまう。
塚本監督は、こうした家庭内のドラマにも目を向けている。ベトナム戦場を描いた場面の生々しさに比べると、やや演劇的な印象を受けるものの、ネルソン氏が回復へと向かうまでの長い道のりを伝える重要な役割を担っている。
戦争が残した重い代償――加害者の心の傷を真正面から描く意欲作
『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』というタイトルは、小学校の教室で行われた質疑応答の場面で回収されることになる。
一方で、この物語全体は、ネルソン氏が過去と向き合い、より深い自己理解へとたどり着く過程を描いている。特に、ダニエルズ医師がネルソン氏に対し、戦場での体験だけでなく、幼少期のトラウマにも目を向けるよう促したことで、そのテーマがより明確になっていく。
もしかしたら、本作のテーマやメッセージの“剥き出し”の伝え方は、ネルソン氏の実話にある複雑さや繊細さとは相反すると感じるかもしれない。しかしその分、ネルソン氏の実体験を誠実に描こうとする、塚本監督の強い意志が感じられる。戦争が兵士の心に残す傷と、その後の人生に及ぼす影響を真正面から見つめた作品であることは、揺るぎない事実だ。
映画『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』は、9月11日(金)より全国で公開される。
※本記事は英語の記事から抄訳・要約しました。
【関連記事】
- 鬼才・塚本晋也が新作で描く“戦争に加担した者の傷”『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』9月公開
- 戦後80年に観たい戦争映画12選|名作で振り返る日本と世界の記憶 ― 日本の名作 火垂るの墓 、アカデミー賞7冠 シンドラーのリスト ほか
- 映画『長崎―閃光の影で―』ニューヨーク上映レポート|国連後援サテライト上映で示された“記憶の継承”
- 【2026年9月】Netflix(ネトフリ)おすすめ日本ドラマランキング22作品
- 【全35本】スティーヴン・スピルバーグ監督全作品を総まとめ!『E.T.』『ジョーズ』『ジュラシック・パーク』から最新映画までランキングで徹底紹介
