『大いなる不在』近浦啓監督が語る、作品の源になった父との経験 ― 名優・藤竜也との関係性も明かす
映画『大いなる不在』(公開中)の近浦啓監督が、米『ハリウッド・リポーター』のZoomインタビューに登場。
近浦監督の長編2作目『大いなる不在』は、2023年のトロント国際映画祭にてワールドプレミアを飾り、高い評価を獲得。その後、サン・セバスティアン国際映画祭では、主演を務めた名優、藤竜也が最優秀俳優賞を受賞した。
主人公の卓(森山未來)は警察から電話を受け、妻・夕希(真木よう子)とともに九州へ向かい、疎遠だった父・陽二(藤竜也)のもとを訪ねる。しかし、義母の直美(原日出子)は行方不明になり、かつて大学教授だった父親は、認知症を患っていた。やがて卓は、義母と父親の人生に何が起こったのかを徐々に理解していく…。
『大いなる不在』は、19日よりニューヨークで封切られ、その後全米で公開予定。近浦監督に、本作に深く根ざす個人的なルーツと、日本における結婚の役割の変化に対する暗黙の指摘について話を聞いた。
―『大いなる不在』の製作のきっかけについて教えてください。
そうですね、トロント映画祭でプレミア上映されたデビュー作『コンプリシティ/優しい共犯』が2020年に日本公開される頃には、すでに2作目の脚本を書き上げ、製作に取り掛かる準備が整っていました。
しかし、コロナの影響で世界が止まってしまい、ちょうどその頃、福岡の警察から父が「保護」されているという電話を受けたんです。逮捕されたとは言わず、保護下にあるとのことでした。私は衝撃を受け、それが何を意味するのか理解できませんでした。
父は、妻とともに銃を持った男に人質に取られているという緊急通報をしたのです。もちろん、これは事実ではありませんでした。父は急性の認知症を患っており、私は状況が掴めなかったのです。
父はリタイアした元大学教授で、私は彼のことをあまり好きではなかったのですが、外から見る限りでは非常に信頼できる社会の一員でした。緊急通報に応じて、大勢の武装警官が近所に押し寄せたため、周辺に住む人々は本当に動揺していました。大事件だったんです。
私はすぐに新幹線に乗って東京から福岡へ向かい、その後父と過ごすために毎月通い始めました。コロナ禍での経験や、父との個人的な危機を振り返り、撮影準備が整っていたプロジェクトは断念しました。当時の自分の心境や、世界全体が経験していることに共鳴するものを書く必要があったのです。これはフィクション作品ですが、父との経験に大いに触発されています。
―そのきっかけとなった出来事以外に、『大いなる不在』の執筆と製作において、どのように自身の経験を活かしたのでしょうか?
一つは主人公の性格です。彼はとても抑制的で、感情を表現するのが苦手ですが、これは基本的に私自身の性格そのものです。森山未來さんと卓役について最初に話し合った時、彼は映画で何が起こっているのかよく理解できないと言いました。キャラクターが明確な動機や感情を表現しないからです。森山さんは、どのように役を演じるべきか確信を持っていませんでした。
卓が自分の性格に基づいていることを伝えると、森山さんは私を観察し始めました。これが主人公を演じる上で役立ったのではないかと思います。森山さんは非常にユニークな俳優で、舞台俳優やコンテンポラリーダンサーとしてもよく知られています。一方で、日本の映画では、しばしば風変わりな役を演じるよう求められています。
そのため、彼が非常に抑制された、控えめな演技をするのを見るのがとても楽しみでした。素晴らしい演技を見せてくれたと思います。
―日本や他の高齢化社会では、認知症と直接的に、あるいは愛する人を通じて向き合うことが、ますます普遍的な経験になっています。しかし、親が実際にはどのような人物なのかという問いについて、より一般的な形の普遍性も目指しているのではないかと感じました。
非常に興味深い視点ですね。介護施設での陽二と卓の3回目の対面シーンで、父が息子に許しを請う場面がありました。息子は最終的に折れて、「わかった、許す」と言います。一部の観客はこれを和解と解釈しました。私にとっては、和解ではなく、彼らの関係、つまりは保護者と被保護者の関係の逆転でした。
その直後、息子は父親にベルトを渡し、それを着けるのを手伝います。つまり、この映画はミステリー、または日本における夫婦の役割についての物語でもあるのですが、重要なレベルでは一人の男が大人になり、父親を超えて成長していく物語なのです。
―この映画を作ることは、監督にとってそのプロセスの一部だったのですか?
そうですね。私が映画を愛する理由は、全て父に関係しています。子供の頃、父は毎週末映画館に連れて行ってくれました。私は、1989年の壁崩壊前の西ベルリンで育ちました。父がそこで働いていたからです。
父はいつも、私が映画館で観た最初の映画はジャン=リュック・ゴダールの『勝手に逃げろ/人生』だったと言っていました。
―それは子供向けの映画じゃないですよね…
(笑)そうなんです。当時私は4~5歳くらいで、全く覚えていないんです。でも、この作品が映画館で観た最初の映画だとよく言っていました。なので、これは私にとって、とても重要な事実になりました。
自分の頭や心の中に記憶として残っておらず、父の頭の中にだけ存在していたんです。そして2020年までに、父自身の記憶は薄れつつありました。だから、この危機的状況の中で、私はこの記憶の本当の意味を自分の中に取り込んで、引き継ぐ必要があると思ったんです。
それはとても抽象的な考えですが、他のプロジェクトに進む前に、本作を作らなければならないと感じた本当の理由になっています。
―『大いなる不在』は、日本社会における結婚のあり方の変化についての物語でもあるとおっしゃいました。
父とその妻である直美の関係を通して、昔の世代を描いています。その時代は、女性が男性の後ろに下がり、夫を支えることが人生のすべてでした。私の両親もまさにそうでした。この物語では、直美が残りの人生で自分自身の道を見つけられるように、彼女を解放しようとしました。
でも、彼女個人の旅だけではなく、日本の男女間のより理想的な状況への希望も表現したかったのです。息子夫婦の卓と夕希は、現代の日本の男女の状況を反映しています。フラットで、上下関係はなく、お互いを支え合っています。
―藤竜也さんをこの役に起用した理由を教えてください。お二人のコラボレーションの性質は、どのようなものでしょうか?
藤さんは間違いなく日本のレジェンド俳優の1人で、私は彼の作品に深い敬意を抱いています。短編を作り始めた頃から、藤さんの代表作と呼べるような長編を作るという夢がありました。
そして藤さんは、本作で昨年のサン・セバスティアン国際映画祭最優秀俳優賞を受賞しました。ですので、映画製作者として最大の夢の1つを達成でき、嬉しいです。
この映画のために藤さんを起用したのではなく、むしろ彼と仕事をするために作品を作ったのです。彼の歴史の一部になりたかったんです。
藤さんはいつも素晴らしくて、撮影現場で私が指示することもありません。私は何もせず、彼はただそこにいるだけ。現れて、演技をする。それが、私たちの関係です。すべては、お互いの信頼に基づいています。
※本記事は英語の記事から抄訳・編集しました。翻訳/和田 萌
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