【第38回東京国際映画祭】山田洋次×李相日、『TOKYOタクシー』『国宝』撮影秘話と互いへのリスペクト語る「山田さんは映画界の人間国宝」
10月30日(木)、第38回東京国際映画祭の「国際交流基金×東京国際映画祭 co-present 交流ラウンジ」に山田洋次監督と李相日監督が登壇し、日本を代表する2人の映画監督による対談が実現した。
94歳の山田洋次監督は最新作『TOKYOタクシー』(2025年)を含めて90作品以上を手がけた。李相日監督の『国宝』(2025年)は日本国内の興行収入が160億円を突破し、日本の実写映画として数十年ぶりの大ヒットとなっている。同作は第97回アカデミー賞国際長編映画賞の日本代表作品に決定した。
この対談では、互いの作品や日本映画界の将来について幅広いトークが繰り広げられた。
山田洋次監督、『国宝』に興味津々で質問攻め
山田監督は2004年、同映画祭における第1回黒澤明賞をスティーヴン・スピルバーグ監督と共に受賞した。今年、同賞は李監督に贈られ、山田監督は特別功労賞を授与された。
山田監督は、「2人の作品を並べて紹介いただきましたが、彼の壮大な叙事詩と比べると、私の作品はかなり軽いものに感じられます。並べられると恥ずかしいくらいです」と李監督を絶賛した。李監督は「もし映画界に人間国宝がいるとすれば、山田さんは間違いなくその一人です。その情熱を少しでも吸収できればと思っています」と答えた。
対談の中では、『国宝』について山田監督から李監督へ積極的に質問する一幕が見られた。まず、「芸術と血筋、欲望によって主人公2人の人生が縛られる」というドラマティックな構造について質問が飛び出した。
山田監督は「男性の主役が2人いる場合は通常、その間に女性がいて三角関係になります。しかし『国宝』では2人の間に全く異なるもの、つまり芸や血筋という問題が存在します。このどうしようもない不条理なものが物語のテーマになっています。それがこの映画を際立たせているのです」と語った。

こうしたダイナミックな構造は、原作者である吉田修一によって生み出されたものだと李監督は指摘した。李監督は同じく吉田氏原作による『悪人』(2010年)と『怒り』(2016年)も手掛け、いずれも高く評価されている。
「物語の中心に『芸』がある以上、互いが芸に身を捧げ、その苦しみを分かち合っています。男同士の物語によくある嫉妬や足の引っ張り合いではなく、2人を繋ぎ合わせていく美しさが終盤に生まれてほしいと思っていました」と李監督は説明した。
『国宝』の俳優たち──吉沢亮と横浜流星の挑戦、田中泯の存在感
話題は『国宝』の出演俳優に関することに移った。主演の吉沢亮と共演の横浜流星は、歌舞伎における女方を演じるため、計1年半もの稽古を重ねた。李監督は「撮影中でも撮影がない日には、2人は必ず稽古をしていました。非常にストイックな2人です」と吉沢と横浜を評した。


『国宝』で人間国宝の小野川万菊役を演じた田中泯は、山田監督の『たそがれ清兵衛』(2002年)で本格的に映画デビューを果たした。「彼はもともと舞踏家で、芝居はひどいものでした」と山田監督は笑いながら明かす。「セリフは棒読みで、安っぽかった。しかし、それでも20年続ければ笠智衆のようになれます。笠さんも最後まで上手くはありませんでしたが、大事なのは存在そのもので、ただそこにいるだけでいいのです。田中泯はそれに近づける人ですよ」
李監督は田中について、「下手だとは思いませんでしたが、山田監督がおっしゃるように存在感がすばらしいです。あの存在感と動きが相まって、魔法のような魅力が生まれます。演出については、声のトーンや手の動かし方を提案するだけで十分でした。彼の静けさが多くを語るのです」と称えた。
近年のヒット作の中でも『国宝』が際立っている点の一つは、約3時間という上映時間だ。李監督によれば、当初の編集ではさらに長く、約4時間半もの長さに及んだという。「歌舞伎のシーンは今の倍くらいありました。それだけで30分ほど余分な時間があり、かなりカットしなければなりませんでした」と李監督は明かした。
フランス映画リメイク『TOKYOタクシー』、“納豆”が日本を象徴
続いて、話題は山田監督の『TOKYOタクシー』へと移る。同作は、クリスチャン・カリオン監督のフランス映画『パリタクシー』(2022年)の日本版リメイクだ。山田監督は「もし日本だったらこういうことになるんじゃないかと考えてみました。日本人のタクシー運転手(演:木村拓哉)と日本人の高齢女性(演:倍賞千恵子)の関係性は、(オリジナル版とは)もちろん違ってくるでしょう」と制作のきっかけを語った。

また、オリジナル版にはない朝食を食べるシーンについて、山田監督は「どうしても欲しかった」と語る。山田監督は木村が主演した映画『グランメゾン・パリ』(2024年)を引用して「去年、彼はパリで一流のシェフを演じていたのに、僕の作品では納豆ですよ!」と語り、観客の笑いを誘った。
そんな木村について山田監督は、「彼はずっと真面目です。自分の出番が終わっても最後までセットにいます。また、大物スターは現場に遅れて来ることも少なくありませんが、彼はそういうことはしません」と絶賛した。
「アニメに負けない実写映画を」山田洋次が業界改革を訴える
続くテーマは、2人の撮影手法についてだ。李監督は山田監督の現場を見学した際、山田監督が必ずカメラの隣に立っていることが気になったという。
「どこに注目しているのですか?」と問われた山田監督は、「俳優に対して、『僕が見ているよ』と示しているのです。俳優は、ものすごくレンズと監督を意識しています。だから、カメラのすぐ隣に監督がいるということが大事です。たまにモニターを見て別の部屋から指示を出す監督もいますが、あれは納得できません」と答えた。
さらに質疑応答コーナーでは、「日本の実写映画が、国際的に成功しているアニメに匹敵する可能性はあるか」という質問が飛び出した。それに対して山田監督は、「日本製アニメは世界で大変な人気があり、輸出額も大きく、日本の政府も放っておけないことになっています。それに比べて、実写映画は取るに足らない金額です。日本の映画人として悔しく、悲しいですね」と語った上で、政府による支援の強化を強く求めた。
「私が映画業界に入った70年前、日本映画界は活気に満ち、アジアの映画先進国でした。黒澤明監督の『七人の侍』(1954年)、小津安二郎監督の『東京物語』(1953年)、溝口健二監督の『雨月物語』(1953年)などが世界で評価されていたのです。しかし、今では韓国や中国が躍進しており、何とかしなければなりません。これは国・政府の問題です。韓国では政府がかなり映画産業を支援しています。日本もそうすべきです」と山田監督は訴えた。
※本記事は英語の記事から抄訳・要約しました。
【関連記事】
- 吉沢亮×横浜流星『国宝』を徹底解説|歌舞伎と宿命の物語
- 山田洋次監督、第38回東京国際映画祭で特別功労賞を受賞
- 映画の原作を今すぐ体験!Kindleで読むべきおすすめ名作コミック&小説特集『国宝』『三体』、注目の新作映画まで
- 李相日&クロエ・ジャオ両監督が東京国際映画祭・黒澤明賞を受賞
- 【東京国際映画祭】世界が注目した名場面を厳選|レオナルド・ディカプリオも来場
