“見えない怪人”をどう描く?Netflix×東宝『ガス人間』、制作陣が明かす驚きの映像戦略
触れることのできない“ガス状の怪人”を描く異色のSFスリラー『ガス人間』。Netflixと東宝が初めて共同製作する本シリーズでは、『ゴジラ-1.0』でアカデミー賞視覚効果賞を受賞した白組が映像を手がけ、『新感染 ファイナル・エクスプレス』のヨン・サンホら日韓のクリエイターが集結。1960年の東宝特撮映画を現代的に再構築する、大規模プロジェクトの全貌が明らかになった。
Netflixと東宝が挑む『ガス人間』、見えない敵をどう映像化するか
犯罪スリラーにおいて、現実味のある世界観を築きながら「ガスでできた殺人者」を描くことは容易ではない。だが、映画監督の片山慎三にとって、それこそが『ガス人間』最大の挑戦であり、同時に魅力でもあった。
「最も心配していたこと、そして最も楽しみにしていたことは、ガス人間そのものをどう表現するかでした」
片山監督は米『ハリウッド・リポーター』にそう語っている。
これまで怪獣映画やクリーチャー作品を手がけた経験がなかった片山にとって、撮影現場に存在しないキャラクターを想像だけで演出する作業は未知の領域だった。
しかも今回の題材には、過去の偉大な作品という重圧もあった。
『ガス人間』は、1960年公開の東宝特撮映画『ガス人間第一号』を原案とする全8話のNetflixシリーズ。原作映画を監督したのは、初代『ゴジラ』の監督を務めた本多猪四郎で、特殊技術を担当したのは後に『ウルトラマン』にも携わる特撮界の巨匠・円谷英二だった。
日本特撮史を代表する2人が生み出した作品を現代によみがえらせることに、片山監督は大きな責任を感じていたという。
「このジャンルには多くのファンがいます。彼らを失望させないことだけを願いながら制作していました」
東宝が90年の歴史で初めて挑むNetflixシリーズ
今回の『ガス人間』は、東宝にとって大きな転換点となる作品でもある。
日本映画界を代表するスタジオであり、『ゴジラ』シリーズなど数多くの名作を抱える東宝が、Netflixと組んで制作する初のストリーミングシリーズとなる。
同社は約90年にわたり蓄積してきた膨大な作品資産を持つ一方、長年そのIP展開は『ゴジラ』を中心としたものだった。今回、東宝プロデューサーの兵頭は、眠っていた作品群に新たな可能性を見いだした。
「東宝には約90年の歴史がありますが、『ゴジラ』以外のIPを十分に活用できていないことが、もったいないと感じていました」
その中で候補に挙がったのが『ガス人間第一号』だった。
1960年版は、科学実験によって身体がガス化した青年・水野が、その特殊能力を使って犯罪へと踏み込んでいく姿を描いた物語。愛する女性のために金を奪いながら、刑事に追われる悲劇的な運命を描いた作品だった。
当時としては革新的だった円谷英二率いる特殊技術チームの映像表現も高く評価され、現在でも日本特撮ファンの間でカルト的人気を誇る作品となっている。
『新感染』ヨン・サンホが再構築する現代版『ガス人間』
東宝がリメイク候補として声をかけたクリエイターの1人が、韓国の映画監督・脚本家ヨン・サンホだった。
ヨンは『新感染 ファイナル・エクスプレス』で世界的な注目を集め、その後もNetflixシリーズ『地獄が呼んでいる』や『寄生獣 -ザ・グレイ-』など、ジャンルを横断する作品を発表してきた。
東宝から企画を持ち込まれたのは2018年。当初、ヨンは劇場映画としての制作を考えていたが、ガス状のキャラクターを実写で表現するためには莫大なVFX費用が必要となり、計画は一度停滞した。
しかしその後、Netflixとの協業によって企画は再始動。映画ではなく高品質なドラマシリーズとして生まれ変わることになった。
ヨンは本作について、1960年のオリジナルが持つ魅力を評価しながらも、現代社会に向けた新たな物語として再構築したと説明している。
新シリーズでは、ガス人間による連続殺人事件を軸に、警察、メディア、YouTuber、暴力団、政治家など、それぞれの立場から「正義」を掲げる人々の姿を描く。
単なる怪人ミステリーではなく、現代日本における「権力を持つ者」と「持たざる者」の関係を描く社会派スリラーへと進化している。
片山慎三監督が描く“現代の怪人”と日韓クリエイターの融合
『ガス人間』の監督に抜擢された片山慎三は、日本映画界で注目を集める存在だ。
山下敦弘監督の助監督を務めた後、韓国の巨匠ポン・ジュノ監督の日本撮影作品『TOKYO!』に参加。その経験をきっかけに韓国へ渡り、『母なる証明』でもポン・ジュノ監督の助監督を務めた経歴を持つ。
その後、自主制作で完成させた長編デビュー作『岬の兄妹』は国内外で評価され、続く連続殺人スリラー『さがす』、ディズニープラスシリーズ『ガンニバル』などで独自の世界観を築いてきた。
片山監督自身、1960年版『ガス人間第一号』については知っていたものの、実際に作品を観たのは東宝から監督オファーを受けた後だったという。
「最初は、とても大きな話だったので“何かの間違いではないか”と思いました」
そう振り返る片山監督が引き受けた条件は、全8話すべてを自身が監督すること、そして企画開発段階から深く関わることだった。
脚本はヨン・サンホと長年の共同制作者であるリュ・ヨンジェが担当。4年をかけて全8話の脚本を完成させ、2024年には韓国・ソウルで片山監督も参加する脚本合宿が行われた。
ヨンは、日本と韓国のクリエイターが共同制作する際の文化的な違いについても触れている。
「韓国の感覚で日本を描くのではなく、日本ではどう感じられるのかを片山監督や東宝のプロデューサーと細かく話し合いました」
日韓それぞれのジャンル映画で培われた経験を融合させることで、新たな『ガス人間』が形になっていった。
主演は“既存のイメージを持たない”からこそ選ばれたUTA
物語の中心となるガス人間役には、俳優・モデルのUTAが抜擢された。
1960年版では、水野という人物の悲劇を中心に描いていたが、Netflix版ではガス人間そのものが謎と恐怖の象徴として描かれる。そのため制作陣は、既存のイメージを持たない俳優を求めた。
東宝プロデューサーの兵頭は、「完全に白紙の状態から始められる俳優が必要だった」と語る。
UTAは、俳優・本木雅弘の長男であり、祖母は日本を代表する俳優・樹木希林、祖父はロックミュージシャンの内田裕也という芸能一家に生まれた。
しかし、彼自身のキャリアは俳優とは異なる道から始まった。
スイスの寄宿学校で学んだ後、アメリカの大学でバスケットボール選手として活動。その後、パリのモデル事務所と契約し、東京、ミラノ、パリ、ニューヨークのファッションシーンで活動してきた。
本作が初めて本格的な演技に挑む作品となり、撮影現場ではハリウッドを拠点とする演技コーチのサポートも受けた。
キャラクターデザインを担当したのは、『シン・ゴジラ』にも参加した柘植伊佐夫。漫画的な雰囲気を残した青灰色のロングコート姿のガス人間を作り上げた。
片山監督は、ガス人間の無機質な話し方にもこだわった。過去の人間らしい姿との対比によって、単なる怪物ではなく「かつて人間だった存在」としての悲哀を描き出している。
『ゴジラ-1.0』白組が挑む48,000時間のVFX制作
『ガス人間』最大の挑戦は、目に見えない存在をいかにリアルな映像として成立させるかだった。
その大役を担ったのが、映像制作会社の白組だ。
白組は、2024年の第96回アカデミー賞で『ゴジラ-1.0』が視覚効果賞を受賞し、日本映画として初めて同部門を制したことで世界的な注目を集めた。
『ガス人間』では、さらに高度なCG表現が求められた。
タイトル通り、主人公は基本的にガス状の存在であり、多くの場面で完全なCGによって描かれる。そのため白組は撮影開始の18カ月前から準備を開始。
最終的にVFX作業には約30カ月を費やし、900ショット、約48,000時間の作業、約230人のスタッフが参加する大規模な制作となった。
映像制作チームはまず、漫画家らにガス人間の姿を想像したコンセプトアート約200点を依頼。その後、Netflix傘下のVFXチームであるEyeline Studiosが手描きのデザインをCG表現へと発展させ、白組が最終的な映像化を担当した。
“何にでもなれるガス”を現実の存在として描く
ガス人間の表現には、通常のクリーチャー制作とは異なる難しさがあった。
戦闘シーンでは、人間のようにパンチを繰り出したかと思えば、攻撃を受ける瞬間に霧のように消える。また、カーアクションでは巨大な渦状のガスとなり、高速で移動する。
白組のVFXスーパーバイザー高橋正樹は、ガスという存在の自由度の高さが最大の課題だったと語る。
「ガスには表現方法が多すぎます。車の追跡シーンではどんな形になるのか、爆発するときにはどう動くのか、質感はどうするのか。一つひとつ細かく議論しました」
制作チームが掲げた基本方針は、「何でもできるが、ファンタジーではなく現実に感じられること」だった。
片山監督はさらに、ガス人間の変身にも独自の演出を加えた。
単純に人間からガスへ変化するのではなく、皮膚、筋肉、骨格へと段階的に崩れていく過程を描くことで、より生々しいリアリティを追求した。
「変化の過程を見せることで、より現実感を生み出したかった」
また、ガスそのものにも生命感を持たせることを意識したという。
「ガスを生命体のように扱いました。恐ろしい存在でありながら、時には少し可愛らしく動く。その要素があることで、より生きた存在に感じられると思いました」
東宝の新たなIP戦略を占う『ガス人間』
『ガス人間』は、単なる過去作品のリメイクではない。
東宝が長年保有してきた作品資産を世界市場へ展開する新たな試みであり、Netflixにとっても日本発の実写コンテンツを世界的ヒットへ成長させるための重要な一手となる。
Netflixはこれまで韓国作品を世界的な成功へ導いてきた一方、日本発の実写シリーズでは、世界的現象となった『イカゲーム』や『SHOGUN 将軍』級の作品をまだ生み出せていない。
その中で、『ガス人間』は日本特撮、韓国ジャンル映画、Netflixの国際展開力を組み合わせた新たな挑戦となる。
東宝は今後も、約90年にわたるライブラリーの中から新たな映像化の可能性を探っていく方針だ。
『ガス人間』が世界の視聴者に受け入れられるか。その結果は、東宝が次なる眠れるIPを掘り起こすきっかけになるかもしれない。
※本記事は英語の記事から抄訳・要約しました。
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