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タイカ・ワイティティ、ハリウッドのAI活用は「避けられない」も「退屈でダサい」と語る

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タイカ・ワイティティ、ハリウッドのAI活用は「避けられない」も「退屈でダサい」と語る
タイカ・ワイティティ 写真:Noam Galai/Getty Images
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タイカ・ワイティティ監督が、ハリウッドにおける人工知能(AI)の活用について「おそらく避けられない」との見方を示した。一方で、プロンプトを入力して映画を作ることについては「退屈で、ダサい」とコメント。ジェナ・オルテガとエイミー・アダムスが出演する新作映画『クララとお日さま(原題:Klara and the Sun)』を通じて、テクノロジーが進化する時代における人間の創造性や、人と人とのつながりの重要性を語った。

『クララとお日さま』が描く、テクノロジーと人間の関係

『クララとお日さま』は、カズオ・イシグロが2021年に発表した同名小説を原作とする作品。遺伝子操作によって子どもの学力を高める「リフティング」が行われる未来社会を舞台に、人間の孤独やテクノロジーの進歩がもたらす影響を描く。

子どもの能力を高める「リフティング」が行われる社会では、人々の孤立も深まっていく。そうしたなかで生み出されたのが、太陽光をエネルギー源とする人工知能搭載のロボット「AF(人工の友達)」だ。

ジェナ・オルテガが演じるのは、AFのクララ。旧型のAFである彼女は、物語の語り手でもある。エイミー・アダムス演じるクリッシーによって、病気を患う娘ジョジー(演:ミア・サリア)の友達として購入され、家に迎え入れられる。

本作では、テクノロジーの進歩が人間の生き方に及ぼす影響に加え、AIには再現できない人間ならではの経験も重要なテーマとなっている。

ジェナ・オルテガ「人間の根底にあるのは愛」

クララが家族にもたらす変化について、オルテガは、人間同士のコミュニケーションや愛情がいかに大切かを描いている点が、本作の魅力だと語る。

「私がこの物語をとても気に入っていて、ぜひ演じたいと思った理由は、クララが人工の友達として、複雑な問題を抱えた家族のもとにやってくるからです。その家族は、お互いに十分なコミュニケーションを取れていません。でも、物語の終わりには、クララのおかげで家族は互いの欠点を受け入れ、話し合えるようになります」とオルテガは説明した。

さらに、孤立が深まるディストピア的な世界で、クララが人々に愛を思い出させる存在になると指摘する。

「何世紀にもわたる人間の歴史を振り返っても、すべての根底にあるのは愛です。これからも、それは変わらないと思います」

ワイティティ監督は、脚本家のダーヴィ・ウォーラーと共同で脚本を執筆。原作者のイシグロとも緊密に連携しながら、原作小説を映画へと再構成した。

ワイティティ監督によると、企画の初期段階からイシグロと作品の方向性について話し合っていたという。

「最初にイシグロと話したとき、どんなトーンの作品にしたいのか、何を目指しているのかを伝えました。彼はとても協力的でした。『原作に忠実すぎる、完全に忠実な映画にする必要はない。そんなことをしたら退屈になってしまう。私の作品をそのまま映画にしようとしても、うまくいかないことが多いから』と言ってくれたのです」

イシグロから自身の作家性を反映させるよう後押しされたこともあり、ワイティティ監督は原作のテーマを大切にしながら、独自の視点を盛り込んでいった。

これまで若い主人公を描いてきた経験に加え、父親としての自身の経験も、本作のアプローチに影響を与えたという。

エイミー・アダムス、完璧を追い求める社会に警鐘

アダムスも、本作が描くテクノロジーと人間の関係について言及。子どもにあらゆる優位性を与えようとする社会には、見過ごせないリスクがあると指摘した。

「子どもたちにあらゆる優位性を与えようとする『リフティング』という考え方があります。でも、そこには大きなリスクも伴います。物語ではその危険性が非常に強調されていますが、大切なのは、人生を通じて何を経験するかということです」

さらに、成果や完璧さを追い求めることと、さまざまな経験を通じて人生を学ぶことのどちらを重視すべきなのか、社会全体で考える必要があると語った。

「経験を積むことよりも、達成や成功を追い求めることを優先してしまう。この考え方について、私たちはきちんと向き合わなければなりません」

オルテガも、物語の結末に込められたメッセージについて、人工知能と人間の違いを強調する。

「AIは愛を感じることができませんし、愛が何なのかも知りません。好奇心を持つことはできるし、理解しようと努力することもできるでしょう。でも、最終的に人生や生きることを特別なものにしてくれるのは、私たちの周りにいる人々なのです」

タイカ・ワイティティ、AIによる映画制作は「退屈でダサい」

ハリウッドでは、映画制作におけるAIの活用が議論されている。そうした状況について、ワイティティ監督は、AIが業界で使われるようになる可能性は高いとしながらも、人間の創造性を置き換えるものではなく、あくまで人間が使う道具であるべきだとの考えを示した。

「映画を作る仕事を始めたのは、部屋に1人で座って、プロンプトを入力して映画を作るためではありません。そんなのは退屈でダサいと思います。私は人と交流しながら仕事をしたいのです」

監督は、人間同士が協力して映画を作る過程には、AIだけでは生み出しにくい創造性があると説明する。

「その場で生まれるひらめきや、失敗、演技の途中でつまずくこと。セリフを間違えたり、うまくいかなかったセリフを修正しようとしたりするなかで、新しい発見が生まれます。そうしたことこそが、私たちを唯一無二ですばらしい存在にしているのです。失敗をきっかけに方向転換し、より面白いものを生み出す力が人間にはあります」

また、AIは人間が生み出してきた成功例や完成度の高い作品を学習する一方、失敗から生まれる創造性をどう扱うかという課題もあると指摘した。

「ロボットは、人間が作ってきた成功や完璧なものを学習しています。でも、失敗は学習の対象になっていません」

そのうえで、映画業界におけるAIの活用について、今後も議論が続くとの見方を示した。

「私たちの業界でAIが使われるようになるのは、おそらく避けられないでしょう。ただし、人間の代わりではなく、人間が使う道具として活用されるのであれば、という条件付きです。私は人間を置き換えたいのではありません。人間と一緒に仕事をしたいのです」

アダムスも、AIをはじめとするテクノロジーは、人間自身を映し出すものとして捉えるべきだと語った。

「この映画と小説が伝えているのは、AIのようなテクノロジーができる最善のことは、私たち自身の姿を私たちに映し返すことだという点です。互いの良さを見いだす機会を生かす責任は、私たち自身にあります」

テクノロジーの進歩は、正しく活用すれば素晴らしいことを実現できる一方、使い方を誤れば人々を分断する可能性もある。

「私たちは今、大きな分岐点に立っています。どうか、私たちが互いを選ぶことができますように」と語った。

※本記事は英語の記事から抄訳・要約しました。

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