【東京国際映画祭2026】久松猛朗フェスティバル・ディレクターが描く“次の10年”「第39回は次の10年への重要な第一歩」東京をアジア映画のゲートウェイへ
第39回東京国際映画祭のフェスティバル・ディレクターに、5年ぶりに久松猛朗氏が復帰した。
松竹、ワーナー・ブラザースなどで長年映画ビジネスに携わり、興行、配給、宣伝、洋画買い付け、邦画製作まで幅広い経験を持つ久松猛朗氏。2027年に第40回という大きな節目を迎える東京国際映画祭(TIFF)を、今後どのような映画祭へと導こうとしているのか。
ハリウッド・リポーター・ジャパン編集長の山咲こむぎが、映画祭の未来、日本映画の可能性、アジアにおけるTIFFの役割、そしてストリーミング時代だからこそ求められる“人と人が出会う場”について聞いた。久松氏は今回の第39回を、「次の10年」を見据える第40回へ向けた“助走期間”と位置づけている。
「リベンジマッチのようなところもある」5年ぶりの復帰
――5年ぶりに東京国際映画祭のフェスティバル・ディレクターに復帰されました。再びこの役割を担うことになった率直なお気持ちと、今年はどのような映画祭にしたいと考えているのか教えてください。
率直に言うと、驚きました。でも、またこうして映画業界に貢献できるチャンスをもらえたことは、非常に光栄でうれしいことだと思いました。前回、僕がやろうとしてできなかったこともあったので、そういう意味では“リベンジマッチ”みたいなところもあります。
その後、安藤さんが映画祭の規模をまた一つ大きく成長させてくださったので、それを引き継ぎながら、僕がやり残したことも含めて進めていきたい。来年は第40回という節目の開催になります。40回でいろいろなことを見直し、次の10年につながる方向性を示す必要があると思っています。今回は、そこに向けての助走期間というふうに捉えています。
僕が入ったのが4月半ばで、開催まで残り半年というタイミングでした。すでに基本路線が敷かれている中なので、大きな変更は難しい。まずは40回、そしてその先の10年を決めるためのステップ、助走という位置づけですね。

日本映画には「追い風」が吹いている
――この5年間で、新型コロナ禍をはじめ映画界を取り巻く環境も大きく変化しました。近年の日本映画界をどのように見ていますか。
一つはコロナがありましたが、日本の映画産業はすごく復活しているというか、コロナ前以上ですよね。びっくりするくらい簡単に100億円を超える映画が登場したりしていて、今、日本の映画産業はすごく元気だなという気がしています。
それから今年はカンヌ国際映画祭で日本が「カントリー・オブ・オナー」になって注目を浴び、コンペティションにも3人の日本人監督が入るなど、日本映画そのものに対する注目もすごく高まっていると感じています。
もう一つは、政府の重点施策の中にコンテンツが選ばれ、その中に映画も入っていること。映画を含めたコンテンツ産業への政府の支援を、今すごく“追い風”として感じています。
もちろん国策映画祭ではありませんから、政府の意向に沿ってやるということではありません。ただ、政府がコンテンツ産業を支援している流れをうまく生かしたい。映画祭も映画産業の一翼を担っています。究極のミッションは、映画産業の文化的、商業的発展への貢献。その役目を果たせたらと思っています。
「アートからエンタメまで」多様で多彩な映画の魅力を届ける
――前回の在任時には「アートとエンターテインメントの調和」を掲げていました。今回、改めて目指す方向性は。
アートとエンターテインメントというのは、突き詰めていくといろいろな意見があって、なかなか難しい議論です。ただ、僕が言いたいのは、アート映画からエンタメ映画まで、映画は多様で多彩だから面白いということです。
年に何十本も見るシネフィルの人もいれば、年に1本、2本しか見ないライトユーザーもいる。それぞれの「見たい」に応えていく。コメディもあれば、ホラーもあるし、ラブコメもある。そういう多様で多彩な映画の世界、その魅力を全部届けることが、映画祭の一つの使命だと思っています。
芸術的表現の高みだけを目指していくと、ピラミッドでいえば頂点に向かってどんどん狭くなっていく。それよりも、もっと裾野を広くしたい。いろいろな映画をやりたいと思っています。それが映画の魅力だと僕は思っています。
アート映画と商業映画、2つの視点を掛け合わせる
――今年の作品選びでは、どのようなことを大切にしていますか。
プログラミングをメインで担当している市山さんとは長い付き合いで、彼の映画を見る目をすごく信頼しています。一方で、僕はどちらかというと商業サイド。ワーナーや松竹でビジネスとしての映画をやってきたので、エンターテインメント中心の世界で育っています。市山さんが持つアート映画やアジア映画への強みと、僕がエンタメの世界で培ってきた思考。この2つを合わせると、トータルでいいバランスになると思っています。
どちらか一方に行きすぎないことも大事です。僕の方に寄りすぎて商業映画だけになっても、映画祭は文化的なイベントですから、映画祭をやる意味がない。そこがうまくバランスの取れたプログラミングになればいいと思っています。

東京という街そのものが、映画祭の大きな武器
――カンヌ、ヴェネチア、ベルリンなど世界には多くの国際映画祭があります。その中で、東京ならではの強みはどこにあると考えていますか。
映画祭の魅力って、街にあると思うんです。カンヌがあれだけ人気なのも、あの景色や食事、空気がありますよね。ヴェネチアにはヴェネチアという世界があるし、サン・セバスチャンに行けば美食がある。映画祭は、開催する街の魅力と密接に関わっていると思います。
僕自身、東京がすごく好きなんです。伝統的なものから近代的なものまでいろいろなものが混在している。それこそ、僕が目指している“多様で多彩”な映画祭の方向性と、東京という街の魅力は重なると思います。安全で安心できて、食も含めて多様な文化を経験できる。東京そのものがすごく魅力を持っている。その魅力と呼応するような形で、映画祭自体も多様で多彩で、祝祭感のあふれるにぎやかな映画祭にしたいと思っています。
TIFFを、日本・アジアの映画人が世界へ羽ばたく「ゲートウェイ」に
――国際的な映画祭として、TIFFの存在感をどのように高めていきたいですか。
日本はアジアの中に位置しています。そういう意味では、日本のクリエイター、アジアのクリエイターが東京に集まるハブになってほしい。そして、そこからアメリカやヨーロッパの主要映画祭へ羽ばたいていくようなプラットフォームでありたいと思っています。
日本の映画、映画人、そしてアジアの映画、映画人にとって、世界への“ゲートウェイ”のような存在になる。それが東京国際映画祭がこれから目指していく方向の一つだと思っています。
近くには釜山国際映画祭もあります。競争するところもありますが、ヨーロッパにカンヌ、ベルリン、ヴェネチアがあるように、アジアにも東京があり、釜山があるという状況は悪くない。お互いに競争し、協調しながら、アジアの映画人にとってのプラットフォームになっていければと思っています。

松竹、ワーナー、そしてLA――異色のキャリアが映画祭に生きる
――長年、日本とハリウッド双方で映画ビジネスに携わってきた経験は、現在のフェスティバル・ディレクターという仕事にどう生かされていますか。
一つはネットワークの広さだと思います。日本側にもアメリカ側にもありますし、世界の映画祭とのネットワークもあります。幸い、松竹とワーナーではいろいろな部門を経験しました。興行、配給、宣伝、洋画の買い付け、邦画の製作まで幅広くやってきたので、それぞれにネットワークがあります。前回、映画祭を経験したことで、それまでのメジャー系だけでなく、インディペンデントやアート映画の人たちとの人脈も広がりました。
ビジネス的な側面も分かるし、インディ映画、アート映画の人たちの思考やマインドセットも分かる。そういう意味では、僕自身も多様で多彩な価値観を持っていると思います。それを映画祭に生かさないといけないと思っています。
日本映画の強みは「コストパフォーマンス」。しかし、それは課題でもある
――現在の日本映画界の強みと、世界へさらに成長していくための課題は何だと考えますか。
日本映画の今の強みと言われるところでいうと、制作コストが安いということだと思います。同じクオリティのものを作るとしたら、比較的安い。ただ、それがいいことかどうかは分かりません。スタッフや出演者のギャラが抑えられていて、そういう人たちの我慢によってコストが抑えられている部分もある。今は撮影現場の労働環境を改善しようという動きもあるので、これまでのようにはいかないと思います。
一方で、日本のスタッフは優秀で、よく働く。海外からプロダクションを誘致する上では、それが強みになっている部分もあります。ただ、これから重要なのはテクノロジーです。VRスタジオやCGI、AIなど、新しいテクノロジーを使うことで、同じ表現をするためのコストが随分下がってきています。
それによって、ハリウッドに対して日本映画が持っていた予算面でのディスアドバンテージは、少しずつ縮小していくと思います。昔だったら、日本映画でSFを撮るなんて、予算的にとても無理だという発想だった。でも今は、テクノロジーをうまく使えば、SFや派手なアクションもできるようになってきている。表現できる幅が広がっているんです。
「漫画のように自由な発想を」テクノロジーが日本映画を変える
――技術によって制作の制約が減ることで、クリエイターの発想も変わるということですね。
漫画って、どんな世界を描いても基本的には同じじゃないですか。紙とインクですから。だから漫画は自由に発想できる。日本の漫画の魅力って、自由に発想できることだと思うんです。
一方、実写映画は予算によってものすごく制約を受けてきた。「あれも描けない」「これもできない」と。でも、映像の世界でも表現するためのコストが下がっていけば、表現できることは飛躍的に広がります。
日本映画には身の回りの男女の話や家族の話も多い。それはそれですごくいい。でも、それだけではなく、大きなアクション映画をやろう、国際的に活躍する人物を描こう、宇宙を描こう、という発想もできる。「どうせ予算が通らないから考えても無駄」と思っていると、そもそも考えなくなってしまう。
今はできることが広がっているので、もう一度、自由な発想に戻ってほしい。テクノロジーをうまく使って、クリエイターの側も発想できる範囲を広げていく。そうなれば、本当にグローバルな世界で受け入れられる日本映画も、もっと出てくると思います。そこに期待したいですね。
ストリーミング時代だからこそ「人と人が出会う場」が重要
――ストリーミングサービスが普及し、世界中の作品を自宅で見られる時代になりました。だからこそ、人が実際に集まる映画祭にはどのような役割があると思いますか。
映画祭は、映画を紹介して、楽しんで貰う場所である一方で、映画を作る人たちが集まる場所でもあります。カンヌなんて、パーティーを100ぐらいやっているじゃないですか。映画を作る人たちが集まって、情報や知識を交換して、お互いに高め合ったり、刺激を受けたり、新しいチャレンジにつながったり、コラボレーションが生まれたりする。
人と人が出会う場を提供すること。それは、映画を見ることと同じぐらい重要なファクターとして映画祭にはあると思っています。日本にはまだパーティー文化がそれほど根付いていませんが、そういう場は重要なので、徐々に増やしていきたい。映画祭って「祭」という字が付いている以上、お祭りなんですよ。東京はいろいろな場所があって、すごくエキサイティングな街です。あそこでも人が集まっている、こっちでも何かやっている、という状況になったらすごくいいなと思います。
若手映画人にとっての“ステッピングストーン”に
――これからの日本・アジアの若い映画人に期待すること、そしてTIFFを彼らにとってどのような場所にしたいですか。
最初に言ったように、プラットフォームになりたいと思っています。日本やアジアのクリエイターが集まるハブであり、そこから世界に羽ばたいていくプラットフォーム、ゲートウェイです。今回は日本映画を対象にしたコンペティションもやります。それから「ワーク・イン・プログレス」という形で、制作中の日本映画を海外の主要映画祭のプログラマーに見てもらい、その映画祭への招待につながるような場も作っています。アジア映画についても、新たな取り組みを進めています。
若手がTIFFに集まって、そこから世界に羽ばたいていく道筋をつけたい。来年はさらに発展させて大きくしていきたいと思っています。
TIFFを“ステッピングストーン”として利用してもらっていいんです。そこからカンヌやヴェネチアなどへ羽ばたいて、そしてまたTIFFに帰ってきてくれたらありがたい。そういう循環ができたらいいと思っています。TIFFというプラットフォーム自体を、みんなで育ててもらいたい。
プラットフォームの価値が上がれば、そこに参加する映画人にとっても、世界へ羽ばたきやすくなる。僕たちも映画人を世界に紹介していくし、映画人にもこのプラットフォームを高めることに協力してもらう。そういうウィンウィンの関係を作っていきたいですね。
第39回は「次の10年」に向けた第一歩
――最後に、第39回を通してどのような成果を残したいですか。そして、その先の東京国際映画祭にどのような未来を描いていますか。
やっぱり第40回という節目があるので、40回が次の10年を見据えた方向性を決めることになると思っています。そのプランはある程度持っていますが、今はまだ言える段階ではありません。今回は、そこへ向かう助走期間です。第40回では、その方向性をより明確に皆さんに見てもらえると思いますし、今回もその姿がうっすら見えるかもしれません。
大まかに言えば、まずは“祝祭感”があふれる映画祭です。映画って、劇場の中でどんなに笑っていても泣いていても、外からは見えないじゃないですか。音楽イベントのように、みんなでワーッと盛り上がっていることが外から分かるものではない。
だからこそ、外から見ても「何かお祭りをやっていて楽しそうだな、参加したいな」と思える祝祭感が必要だと思っています。そのためにも多様な映画をやる。野外上映でアクション映画やミュージカルをやることもあれば、劇場ではじっくり考えさせられる、深く心に刺さるような映画も上映する。「映画のお祭りをここでやっている」という感じを出したい。
そしてもう一つが、日本やアジアの映画人のプラットフォームになることです。日本やアジアのクリエイターにも一緒にこのプラットフォームを高めてもらう。それが大きくなれば、みんなにとってもメリットになる。その第一歩、助走期間が、この第39回だと位置づけています。
久松猛朗プロフィール
1954年山口県下関市生まれ。78年松竹株式会社に入社。宣伝プロデューサー、映画興行部・番組編成担当等の勤務を経て86年にアメリカ松竹「リトル東京シネマ」の支配人となる。89年 に東京へ戻り、興行部次長に就任。94年タイム ワーナーエンターテイメントジャパン株式会社に入社し、ワーナーブラザース映画の営業本部長となる。その後、松竹株式会社に再入社し、2001年取締役映画部門&映像企画部門を担当。03年に常務取締役に就任する。06 年株式会社衛星劇場 代表取締役社長を経て、10年ワーナーエンターテイメント・ジャパン株式会社に再入社。ワーナーブラザース映画副代表となる。2017年度から2020年度まで東京国際映画祭のフェスティバル・ディレクターを担務。現在はマイウェイムービーズ合同会社代表。
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