ラナ・デル・レイが語る、中傷からの再起 ― ビリー・アイリッシュ、オリヴィア・ロドリゴからも支持
7月の朝、米アラバマ州フローレンスのレストランチェーン「ワッフル・ハウス」には“L-A-N-A”という名札を付け、見覚えのあるブルーの制服を着用したシンガーソングライターの姿があった。
「“今、3度目のツアー中で”と言うと、店の人たちに“このシャツ欲しい?”と聞かれたんです。“もちろん!”と答えて、もう大興奮でした」とデル・レイは当時のことを回想する。
レストランのマネージャーは、デル・レイの制服姿が映った短い動画や写真をFacebookに投稿。これまで1,230万枚のアルバムを売り上げ、グラミーノミネート歴を有するアーティストがワッフル・ハウスで働いていたのは何故か?音楽関係のブログや、朝のニュース番組などが挙ってその意味を解明しようとしたーMV撮影?転職?実際は、この小さな町に家族のつながりがあり、他の人と同様にダイナーは時間をつぶすのに絶好の場所という事実を知っていただけのことだった。
2か月前の出来事を笑いながら振り返るデル・レイ。「毎日来る常連さんがいて、2つのものを頼むんです。みんな“とにかくこれを!”という感じで、私は氷なしのコーラを運びました。それと、空のコップね」彼女を撮影している人の姿は見当たらなかったそうだ。
現在38歳のデル・レイ(出生名: エリザベス・グラント)は、2012年の『Born to Die』でメジャーデビュー以来自身の神話を築き上げてきた。しかし、ワッフル・ハウスでの出来事は、いかに彼女の物語がメディアやファンによって乗っ取られてきたかを証明している。“ラナになるための秘訣は、ありのままの姿でいること”、3枚のアルバムに携わったジャック・アントノフはこう語る。「彼女は最も偉大なソングライターの1人。一方で、トラックを乗り回したり、ガソリンスタンドのコーヒーを飲むのが好き。人懐っこくて、自然体です」
ブルース・スプリングスティーン、エルトン・ジョンなど著名人からも彼女を支持する声が相次ぐ。ビリー・アイリッシュは“女性のために音楽を変革した人”と評価、20歳の大物オリヴィア・ロドリゴはデル・レイの歌詞に敬意を表した。「ラナの作品は、楽曲制作において涙もろさがどれだけ効果を発揮するかを教えてくれた。ステレオタイプを打破し、つねに境界線を押し広げている。そして、斬新で冒険的、大胆かつフェミニンな作品を生み出しています」
瞬く間に商業的成功を収めたのち、2019年発売『Norman Fucking Rockwell!』でついに批評家たちの心を動かした。トランプ主義、コロナ禍によるアメリカの深い分断が浮き彫りになった状況で、デル・レイの失望感は突如として意味を成した。その後、短期間に3つのアルバムを発表、3月発売の『Did You Know That There’s a Tunnel Under Ocean Blvd』を引っ提げ今秋にアメリカでツアーを行う。
インタビューは9月、ハリウッド・ヒルズの友人宅で敢行。自己受容への長い道のり、詞を発表することへの抵抗感、テレビでの歌唱について語った。
「ワッフル・ハウス」での写真のように何の問題もないものに大きな注目が集まるは、驚きますか?
アルバムもこれだけバズればいいのにね。朝起きたら、1万件くらいメッセージが来ていた。“ワッフル・ハウスの写真を見たよ!”ってね(笑)私は“新しいアルバムは聴いてくれた?”という感じでした。
4年間で4枚のLPを発売されました。楽曲制作中に“これはアルバムになる”と気付くのは、いつですか?
最高にお気に入りの4曲が出来れば、あっという間です。上手くいかない時も、気付くのは早いかもしれません。音楽は肩に乗った小さな黒い鳥ようなものですね。制作に気が向かない状態でも、つねに私をつついてくる。私は他のことに対しても純粋な興味を持っているんですよ。音楽はただ途切れることなく続いています。
前よりも人々から理解されていると感じますか?
はい。たぶん、昔はそうではなかったはず。何か理由があったんでしょう。
最近になって、世界があなたに追いついたのかもしれません。あなたの音楽は、アメリカ生活の暗部も掘り下げています。
100%そうですね。断固として反対する人々から何かを学ばなければならない、と心の中で感じています。“なぜ?”に着目する余地があるんです。もし同じ批判を何度も耳にしていなければ、(音楽)で掘り下げていなかったこともあると思います。かつては、きっと大局的な理由があったはず。10年も続かなければ良かったんですけどね。でも、現在の私たちは良い状況に身を置いています。
キャリア初期によく言い表されていた言葉は何だったでしょうか…
負け犬?(笑)
いえいえ、“Lightning Rod”(=避雷針、批判の矢面に立つ人)のことです。
はい。でも、私の言っていることが分かりますよね。
言葉は何であれ、批評に関しては極端な立場に置かれていますね。間に挟まれているような気持ちになったことはありますか?
いいえ。中間地点は存在しません。ジャック・アントノフのおかげですね。彼の制作スタイルには、知性があります。あのレコード(『Norman Fucking Rockwell!』)で、突如として物事が一変したんです。
もちろん制作も大いに関係していますが、称賛はあなたのライティングに注がれています。しょっちょう“偉大なアメリカのソングライター”と表現されていますね。
目にしたことはあります!(笑)気に入っているので、頂戴しておきます。私はずっと“Lynchian”(デイヴィッド・リンチ風)で満足していたかもしれません。「彼女は“Lynchian”」、「彼女は左翼寄り」など、それだけでも良かったでしょう。でも今は良い方向に進んでいるので、少しホッとできます。
歌詞が転載、解説されている「Genius」のようなプラットフォームを閲覧しますか?
見ませんし、訂正したこともありません。実際、誰かに私の歌詞を提出したことはないです。もし載っているなら、それは私が渡したものじゃない。なんてこと!言うべきことを考えるのも嫌になります。
数年前、歌詞があまりにパーソナルなため自分で編集作業を始めたと語っていました。今でもそうしていますか?
ここ2ヵ月の間だけね!今までは、歌詞について誰かにコメントをもらうことはなかったけれど、最近別のライターに出会ったんです。現在は、少し違ったプロセスになっています。「Tunnel~」に関しては、自分で編集していません。
キャリア初期には、住宅侵入や車盗難など沢山のプライバシー侵害を受けていました。事態は落ち着いていますか?
いいえ。作品は発売5か月前にリークされます。かれこれ11年そうですね。全く理解できません。必死になってすべてを綿密に確かめても、曲は公開されます。嫌ですね。多くの作業を経て作られるものですから。アルバムに関しては、首尾よく進むようにしたいんです。
しばらくパフォーマンスをしていなかった場合、ツアーの時期になるとワクワクしますか?それとも緊張しますか?
緊張します。でも、今回は全く違ったツアーなんです。ステージのプロダクションも大規模で、多くの人々が私とステージに上がるので心地いいですね。たとえ1回限りのショーで、スポットライトを浴びるのが私だけでも、今までよりは準備が整っています。今は経験を得たからね。ワクワクしていて、ツアーに対して緊張はありません。
大半のアーティストと違い、あなたは2012年の『サタデー・ナイト・ライブ』(当時、音程の不安定さで嘲笑の的となった)以来、テレビでのパフォーマンスは『トゥナイト・ショー』の1回のみです。色々なオファーがあったのでは?
ありました(笑)確かテレビパフォーマンスは2回だったような?ツアーのように、成長していくものでしょう。あ、誤解しないでね。私は9年間ノンストップでツアーを続けて、大変だったんだから。心の中では、いつが正しいのか分かっている。でも、これまで適切な時は訪れなかった。多分今なら、自信がなくても挑戦するでしょうね。まあ自信がないのには、理由があったんだけど。
その理由とは?
かつては、肯定的に受け入れられるか分からなかったから。でも今は、世間に沢山の変人がいるから私たちは大丈夫。始めた頃は、物事が本当に一方通行だった。現在は、少しずつ違う意見を言うスペースが増えてきています。優れた女の子のソングライターも多くいますよね。まあ、私が言える立場ではないですが。今、好きな歌手は沢山います。
ビリー・アイリッシュやオリヴィア・ロドリゴは、あなたからインスピレーションを受けています。どう考えていますか?
ビリーもオリヴィアも凄く良い子だから、もう最高。彼女たちの事も、音楽も大好きです。良い音楽を作るためには、良い子でなければならないということではありません。でも、人柄も歌手としても素晴らしい場合、私はハッピーな気持ちになります。歌手の子たちは、よく私に手紙を書いてくれました。いつも、皆のお姉ちゃんになった気分でした。
カバーアルバムの構想はありますか?
はい、やりたいと思っています。カバー曲は7年間集め続けているんです。言いたかったことは存分に言ってきたので、考えても良い頃ですね。
音楽があなたをつつく鳥ならば、音楽から離れさせるものは何ですか?
私は沢山のことに興味があります。最大限の能力を使って、他の分野にも取り組みたいと考えています。
演技やエンジニアなどの分野ですか?
どちらでもないですよ! 必ずしもクリエイティブ系である必要はありません。時間がきっちりと決まっていて、地に足のついたものがいいですね。普段飛行機に乗ることが多いので、私にとっては凄く重要なことです。
スティーヴィー・ニックスが“あなたは監督になるべき”と言っていましたが。
映画のかな?威張り散らしちゃうかもね。
69歳でデビューアルバムを発売されたお父様とのレコーディングはどうでしたか?
本当に素敵でした。彼は面白い人なんですよ。大半の時間は深海釣りをしていますが、今は沢山の音楽を作っています。即興で演奏したり、音楽が彼を幸せにしています。
何があなたを幸せにしますか?
すべて!(プロジェクトのために)小道具を揃えるのが好きで。この写真撮影のためにこの最高なソファを買いました。「Western Bagel」でベーグルとホットコーヒーを買って、地面に座って食べるのが好きです。思い通りに行っているときは、最高の気分。現時点では、とっても幸せです。
“Sad Girl”(=悲しい女の子)(『Ultraviolence』収録曲)としてのアイデンティティーを結び付けられることは、嫌じゃないですか?
いいえ。私自身も悲しむし、凄く共鳴しますね。(あの頃は)嘆かわしいことが沢山ありました。面白いのは、他の人ほど私にはそれについて書く余裕がなかったこと。神の恵みのおかげで、物事は少しだけマシになってきたけど、中々困難ですよ。
昔の記事を読むと、反応する余地がないまま多くの考えがあなたに投影されています。こういったことを経験していますか?
余地はありませんでした。だからこそ、自分の瞬間を持つことができるのかなとも思いますが。嫌いなライターについての、面白い話を聞いたことがあります。とあるライターは、名刺を娼婦に使い果たしたそうです。この話大好き。個人的な恨みはない。読みものには、時に少しの投影が付いてくる。フルネームを覚えているのは彼だけだけど、名前は言いいませんよ。
その中の誰かに謝罪されたことはありますか?
いいえ。それに、もう誰も2011年頃みたいに他人について語るとは思えません。いつも馬鹿げていると思っていたことは、誰かの事をより知るためにはその人の話をただ聞けばいいんです。当時は、誰も情報を得るために加担していたわけではないはず。今はこの事について語るのに適切な時ですね。私の物語の大きな部分ですから。新たに出会う人は何の話か分からないでしょう。将来会う人は、これまでずっと私が人気者だったと思うかも(笑)それは訂正しなきゃ。
昔のハリウッドのファンとして、マリリン・モンローの家が取り壊される可能性についてどうお考えですか?
ヘレナ・ドライブ… あの家は大好きです。歴史的な価値があります。
今年は、“Candy Necklace”のMVとブラジル公演でモンロー風の格好をされていました。オマージュのタイミングには理由がありますか?
毎年やっていますよ。まあ、とても具体的な衝動はあるんですが、言えません。若い頃から写真や映画を観ていて、彼女は素敵な人だと思っています。それに、凄く愉快な人だったはず。まさに“私の女の子”という感じですね。キリスト、あと誰かに次いで、世界で最も有名な顔の1人だと思います。
モナリザでしょうか。
絵画!(笑)確かに存在感がありますね。存在感があることを彼女は知っていたのかな。多分知っていたでしょう。
現在、クリエイティブな面で正しい方向に進んでいると思いますか?
「Norman」から音楽は大きく方向転換し、そのまま突き進んでいます。ここが次の停留所だと感じる場所に向かって進みますが、それは“アメリカーナ”の気質の中にあると思います。プライベート、またはパブリックな場でも、情熱こそがあなたの進むべき道だという思考を失いがちなのは、辛いことです。代わりに出てくるのは“安定”で、それが最大の落とし穴になっています。恐れるあまり、安全な選択肢を取ってしまう。少しの冷却期間を持つことで、私は物事を見つめ直す機会を得ました。少しの余裕があれば、選択することができます。そして、物事は良い方向に進むのです。
万事順調だと聞いて嬉しいです。
はい。物事がどんな結果になるかは決して分かりません。最近、それは知るべきではないということをはっきりと悟りました。沢山の事をしたいですが、1人の人間ができる方向転換は数多くあります…私は苦労を通して学びたいタイプかもしれません(笑)また、世界は興味深いユーモアのセンスを持っています。彼らは何と言うでしょうか?今は分かりません。TBD(“To be determined”)です。
※初出は、米『ハリウッド・リポーター』(9月20日号)。今記事は要約・抄訳です。オリジナル記事はこちら。翻訳/和田 萌