フランスの名優カトリーヌ・ドヌーヴ、カンヌ国際映画祭に帰還!『シェルブールの雨傘』から82歳の現在地まで語る
82歳を迎えたフランス映画界の至宝カトリーヌ・ドヌーヴが、今年、2本の新作を携えてカンヌ国際映画祭に帰ってくる。
米『ハリウッド・リポーター』はドヌーヴへのインタビューを実施。ドヌーヴは往年の名作『シェルブールの雨傘』(1964年)や『昼顔』(1967年)の撮影裏話から、現在の映画界に抱く思いまで、余すところなく語った。
カンヌを代表する俳優カトリーヌ・ドヌーヴ——今なお語り継がれる名作の数々
インタビューを行ったセーヌ左岸のブティックホテルは、気取らず、穏やかな雰囲気の場所だった。しかしドヌーヴが現れると、どこか“謁見”とも言うべき緊張感が漂った。愛犬ジャックが、まるでボディガードのように彼女に寄り添う。
会話の合間、ドヌーヴはしばしば電子タバコを口にしていた。「一度タバコをやめたこともあって、催眠療法まで試したわ。でもまた吸い始めてしまって」と肩をすくめるドヌーヴ。「でも、これは喫煙じゃないもの。大したことじゃないわ」
彼女は単なるフランス映画界のスターではない。1989年、フランス革命200周年を記念し、自由と理性を象徴する「マリアンヌ」像のモデルに選ばれた、まさに“フランスそのもの”を体現する存在。そして、スクリーンの中のドヌーヴは、実に多面的だ。
ジャック・ドゥミ監督の『シェルブールの雨傘』では、純粋でロマンティックなジュヌヴィエーヴを演じ、ロマン・ポランスキー監督の『反撥』(1965年)では、抑圧された欲望が狂気へと変わっていくキャロル・ルドゥーを熱演。ルイス・ブニュエル監督の『昼顔』では、上流階級の主婦でありながら秘密裏にSMクラブで働くセヴリーヌを演じた。

さらに、トニー・スコット監督の『ハンガー』(1983年)や、フランソワ・オゾン監督の『8人の女たち』(2002年)では、自身の“アイコン性”を逆手に取った、パロディ性の高いスター像まで演じてみせた。
自由奔放でありながら保守的。急進的でありながら抑制的——その姿は、時に「反動的」とさえ評される。ドヌーヴほど、フランス映画が持つあらゆる矛盾と魅力を体現してきた俳優はいない。彼女は、カンヌの伝説であり、同時に“伝説そのもの”と言える存在なのだ。
82歳でカンヌに帰還!「若手監督たちのエネルギーに惹かれる」
そんなドヌーヴが今年、現役俳優として新たな作品を携え、第79回カンヌ国際映画祭に帰ってくる。彼女は今年、コンペティション部門出品の2作品に出演している。
アスガー・ファルハディ監督による群像劇『Parallel Tales(英題)』では、イザベル・ユペールやヴァンサン・カッセルらと共演した。そして、オーストリア出身のマリー・クロイツァー監督による『Gentle Monster(英題)』では、レア・セドゥの母親役を演じている。

「どちらも本当に小さな役なのよ」と彼女は謙遜してみせた。「でも、小さな役でも“存在する意味”がなければいけない。私はいつも『この人物が脚本から消えても、物語は成立するのか』と考えるの。もし何も失われないなら、その役にはあまり魅力を感じないわ」
さらに彼女は続ける。「もちろん、監督にも惹かれる。特に、若い監督たちが、自分の作品について語るときに発するエネルギーや、新しい何かが開かれていく感覚——そういうものに出会うと、『その一部になりたい』と思うの」
『シェルブールの雨傘』のパルム・ドールで幕を開けた伝説のキャリア
しかし、カンヌは彼女にとって単なる“現在地”ではない。キャリアを貫く“一本の軸”であり、その伝説が始まった場所でもある。ドヌーヴのキャリアは、まさにカンヌでの受賞から始まったと言っても過言ではない。初主演作『シェルブールの雨傘』はパルム・ドールを受賞し、当時20歳の新人女優を一躍国際的スターへと押し上げた。
「撮影中から、『この作品は特別だ』と感じていたの。映画全編が歌で構成されていて、ストーリーも独創的だった。すべて事前録音だったから、作品全体を先に覚えなければならなかったし、とても特別な体験だったわ」そう振り返りながら、彼女は微笑む。「でも、当時は何もかもが新しくて、パルム・ドールの意味すら完全には理解していなかった。夢みたいで、現実感がなかったの」
数あるカンヌの思い出の中でも、特に印象深いのは、ラース・フォン・トリアー監督の『ダンサー・イン・ザ・ダーク』がパルム・ドールを受賞した2000年だという。

『シェルブールの雨傘』から『ダンサー・イン・ザ・ダーク』まで、“幸福と絶望”という両極に位置する2本のミュージカル映画の間に、ドヌーヴは数えきれないほどカンヌを訪れてきた。
中でも1994年は特別だった。クリント・イーストウッドとともに審査員を務め、クエンティン・タランティーノ監督の『パルプ・フィクション』をパルム・ドールに選んだのだ。ドヌーヴはタランティーノにトロフィーを手渡し、新世代のインディペンデント映画を世に送り出す、象徴的な瞬間に立ち会った。
しかし、この選択は映画界で賛否両論を巻き起こした。「会場は大騒ぎだったわ。怒号まで飛んでいたもの」と彼女は笑う。「あまりにも斬新な映画だったから、受け入れられない人もいたのね。でも審査員の中では、そこまで対立はなかった。クリント・イーストウッドはほとんど何も言わなかったけれど、自分の考えははっきり持っていたわ」
『反撥』『昼顔』で魅せたクールビューティー、“危うさと気品”で世界を魅了
ドヌーヴにとって、スキャンダルや論争は珍しいものではない。60年以上のキャリアの中で、彼女は連続殺人犯や倒錯した主婦、レズビアンのヴァンパイアまで、幅広い役柄を演じてきた。映画界のタブーを、何度も軽やかに飛び越えてきたのだ。
『シェルブールの雨傘』の翌年、彼女は『反撥』で大きな変貌を見せる。ジュヌヴィエーヴの透明感あふれるロマンティシズムから一転し、冷淡で考えが読めないキャロル・ルドゥーを演じてみせたのだ。その変化は、観客に強烈な衝撃を与えた。
続く『昼顔』によって、ドヌーヴは“フランス映画のクールビューティー”として決定的な存在となる。抑圧と欲望の狭間に立つ、謎めいた女性像——それは長く彼女の代名詞となった。

もっとも、『昼顔』の撮影は決して簡単ではなかったという。「脚本に書かれていたことを、すべてそのまま演じる覚悟はできていなかったの」と彼女は率直に語る。「ルイス・ブニュエルは俳優に多くを説明するタイプではなかったから、最初は戸惑いもあった。でも、結果的にはすばらしい作品になったし、その後『哀しみのトリスターナ』(1970年)で、また一緒に仕事ができたわ」
『反撥』と『昼顔』によって、彼女は世界的なセックスシンボルとなった。1963年と1965年には米『プレイボーイ』誌のグラビアにも登場している。後者を撮影したのは、のちに夫となる写真家デヴィッド・ベイリーだった。
しかし興味深いのは、性的解放の象徴として語られながらも、彼女自身は映画でヌードになることに積極的ではなかった点だ。「映画で裸になるのは、あまり好きじゃないの。裸になると、“役”ではなく、ただの“自分の肉体”になってしまう気がする。物語に没頭するのが難しくなるの」
政治発言も厭わず――論争とともに歩んだ人生
さらに、ドヌーヴは政治的・文化的にも複雑な立場に置かれていた。スクリーンの外では、ドヌーヴは長らくリベラルな立場を取ってきた。1971年には、中絶の権利を訴える「343人のマニフェスト」に署名し、死刑廃止運動にも参加。昨年のカンヌ国際映画祭では、パレスチナ人フォトジャーナリスト、ファティマ・ハスネ氏殺害にも抗議している。
しかし、多くの人々の記憶に残っているのは、2018年に『ル・モンド』紙に掲載された公開書簡だろう。彼女はそこで、「#MeToo運動」を「魔女狩り」と批判した。
その後、被害者たちには謝罪した一方で、彼女を都合よく利用しようとする人々とは距離を置いた。この発言と、2025年に映画撮影中の性的暴行で有罪判決を受けたロマン・ポランスキーや、長年の友人ジェラール・ドパルデューを擁護してきた姿勢によって、彼女を“保守派”と見る人も少なくない。
#MeToo運動について、彼女は慎重に口を開いた。「とても複雑な問題よ。何年も経ってから告発が出ることもあるし、そこにはさまざまな疑問が生まれる。だからこそ、人は慎重でなければならないと思う。でも、意識が高まり、人々が以前より注意深くなったのは確かね。私自身も、発言にはとても気をつけているわ」
名優・名監督たちとの記憶、そして82歳の現在地「映画を愛している」
そして話題は、共に仕事をした俳優や監督のことに及んだ。マルチェロ・マストロヤンニ、ジャック・レモン、バート・レイノルズ、ダニエル・オートゥイユ、ミシェル・ピコリ——数々の名優たちと共演してきた彼女に、「最高の共演者は誰でしたか?」と尋ねると、答えは即座に返ってきた。
「ジェラール・ドパルデューね。彼は“その場にいる”俳優だから。相手の話をちゃんと聞いていない俳優もいるけれど、彼は違う。すべてが“その瞬間”に生きているの」
アルフレッド・ヒッチコックとは、一度、仕事をする寸前までいったという。「スパイ映画の企画があったの。脚本も良かったし、実際に会いに行ったわ。でも結局、実現しなかった」
また、アメリカ映画への強い思い入れも垣間見えた。「ジャック・レモンと共演した『幸せはパリで』(1969年)は、とても良い経験だった。それに、バート・レイノルズと共演した『ハッスル』(1975年)も大好き。彼は本当にすばらしい俳優で、とてもチャーミングな人だった」

そして彼女は現在でも、フィルム撮影の時代を懐かしんでいる。「毎日、ラッシュ(撮影したばかりの未編集の映像)を見るのが好きだったの。撮ったシーンについて、後でみんなで話し合うのがね。撮影中には見えなかったものが見えてくるから」
だが、今は違う。「今の監督たちはモニターばかり見ていて、現場の空気が変わってしまった。以前のような、集団で映画を作る感覚が薄れてしまった気がする。すべてがスピードアップしすぎて、皆でやる作業が減ってしまったの」
それでも82歳になった今なお、映画への愛情は変わらない。「今でも映画館へ行くのが大好き。観客と一緒に同じ空気を共有するのが好きなの。そして、映画を作ることも大好き。本当にやりたいと思える作品だけを選ぶようにしている。これは単なる仕事じゃないの。心から愛しているものなのよ」
インタビューが終了すると、ドヌーヴは荷物をまとめ、愛犬ジャックも静かに立ち上がった。そして、彼女はこう言った。「こんな人生を送れるなんて、私は本当に幸運だと思うわ」
※本記事は英語の記事から抄訳・要約しました。
【関連記事】
- 【カンヌ国際映画祭2026】日本人監督5人の“今観るべき代表作”|是枝裕和、濱口竜介、黒沢清ら
- 【東京国際映画祭】世界が注目した名場面を厳選|レオナルド・ディカプリオも来場
- 【吸血鬼映画10選】血と闇の美学…80年代のカルト的名作、マーベル原作 ブレイドほか
- クラシック映画や傑作映画をDVD&Blu-rayで辿る|クライテリオン・コレクションおすすめ20選
- 【追悼】ブリジット・バルドー91歳|フランス映画史を変えた永遠のアイコン、その功績と影響
