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【第31回釜山国際映画祭】最高賞は『Midday Meal』――イラン人監督が米軍を非難「多くの子どもたちが苦しんでいる」

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釜山国際映画祭でイラン人監督が米軍を非難
マジッド・マジディ監督 写真:Getty Images
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『運動靴と赤い金魚』(1997年)で第71回アカデミー賞にノミネートされた経歴を持つイランの映画監督マジッド・マジディは、最新作『ミッドデイ・ミール(英題:Midday Meal)』を引っ提げ、第31回釜山国際映画祭(BIFF)に登壇。アメリカによる母国イランへの軍事攻撃を非難した。

マジディ監督は当初、BIFFへの参加を直前まで見送ろうとしていた。しかし、現在イランが戦争によって受けている甚大な被害を世界に訴えるため、参加を決めたという。

マジッド・マジディ監督、釜山国際映画祭で戦争を非難――イランと子どもたちの犠牲を訴える

『Midday Meal』は、同映画祭のコンペティション部門に出品され、最優秀作品賞を受賞した。本作は巨匠の確かな演出力が光る、人間愛を描いた心温まる寓話だ。

同映画祭に登壇したマジディ監督は、次のように語った。

「今回の道のりは、私にとって非常につらいものだった。ひどく落ち込み、疲れ果てていたし、こうした状況が続く中でイランを離れたくはなかった。しかし、私の映画と私自身が、祖国の人々から他の国や地域の人々へ、ささやかなメッセージを届けられるかもしれないと考え、参加することを決めた」

7月には米海軍によるイランの港湾封鎖が再開され、9月には航空業界を標的に制裁が科されるなど、イランはさまざまな困難に直面している。マジディ監督は、韓国までどのような経路で移動したのかについては明らかにしなかった。

マジディ監督は釜山の地で、米軍がイランの民間人にもたらした犠牲や、日常生活を圧迫する深刻な状況について、強い言葉で非難した。

「アメリカが押しつけたこの戦争によって、多くのイラン市民が傷つき、命を落としている。約15万戸の住宅が損壊または破壊され、ミナブの小学校がアメリカによる爆撃を受けた際には、子ども120人を含む民間人156人が亡くなった」

国連の事実調査団は9月、ミナブの小学校への攻撃について、「米軍に責任があるとする合理的な根拠があり、戦争犯罪に当たる」との報告書を発表した。一方、ドナルド・トランプ政権の国務省は、この報告書の信頼性を否定している。

「世界の人々は状況をよく見ており、何が真実で、何が間違っているのかを理解している。同時に、イランの人々はこの抑圧に屈しないと伝えておきたい。彼らは勇敢で気高く、アメリカが他の国々を支配下に置こうとすべきではないと示している」

マジディ監督によれば、『Midday Meal』の構想は、アメリカとイスラエルが2月にイランへの攻撃を開始する前からあったという。しかし、「戦争によって弱い立場の人々がさらに困難な状況へ追いやられたことで、本作が投げかける問いはいっそう切実なものになった」と考えている。

「私が学校を舞台に描いた問題、つまり食べ物さえ手に入れられない子どもたちの問題は、イランが48年間にわたって受け続けてきた国際制裁と直結している。今では封鎖の影響で薬さえ国内に入ってこないため、多くの病気の子どもたちが苦しんでいる。こうした措置の影響を最も強く受けるのは、ただ平和に暮らしたいと願っている普通のイラン人なのだ」

さらにマジディ監督は、「超大国は人権について語るのを好む。しかし、理不尽な苦しみを強いられている人々のことを、本当に気にかけているのだろうか」と問いかけた。

釜山国際映画祭(BIFF)最優秀作品賞!マジッド・マジディ監督『Midday Meal』とは

マジディ監督はこれまで、社会の周縁で暮らす子どもや家族を描いた作品を手がけてきた。しばしば演技経験のないアマチュア俳優を起用し、貧困や人と人との連帯をテーマに描いてきた。

1997年の家族ドラマ『運動靴と赤い金魚』は、アカデミー賞外国語映画賞(現・国際長編映画賞)にノミネートされた初のイラン映画となった。『天国の色』(1999年)と『少女の髪どめ』(2001年)は、それぞれモントリオール世界映画祭で最高賞を受賞。

さらに、『Sun Children(英題)』(2020年)は第77回ヴェネツィア国際映画祭コンペティション部門に出品され、主演の少年ルーホッラー・ザマーニがマルチェロ・マストロヤンニ賞を受賞した。

最新作『Midday Meal』の舞台は、イラン南東部のチャバハール地方にある、人里離れた荒涼とした土地の貧しい村。主人公は、そこで働く契約教員ダヴード・ソウラン(演:モハンマド・ラヒミ)だ。

長年にわたって生徒たちに尽くしてきたソウランは、ようやく安定した暮らしを手に入れようとしている。学期末には正規の公務員になれる見込みで、ローンを組み、近隣の団地の部屋を購入しようとしている。年老いた母親とともに暮らすための快適な住まいだ。しかし、貧困の中で生きる多くの人々と同じように、彼の希望も不安定な仕組みに支えられている。

『ミッドデイ・ミール(英題:Midday Meal)』
『ミッドデイ・ミール(英題:Midday Meal)』 写真:BIFF

学校や周辺の村々に通う子どもたちにとって、無料の給食は登校する最大の動機となっている。その残りは、空腹の家族のために子どもたちが持ち帰ることも多い。この給食は税金や国の支援ではなく、裕福な篤志家の寄付によって賄われていた。

しかし映画の序盤で、その篤志家が亡くなり、遺族が慈善活動の継続を拒むと、給食の提供は打ち切られてしまう。そして、子どもたちは次第に教室から姿を消していく。生徒数が激減すれば、ソウランは長年目指してきた正規職員の夢を失ってしまう。

こうして、ソウランは学校を存続させるため、手段を選ばず奔走し始める。しかし、行く先々で彼を待ち受けるのは、皮肉な展開だった。

ソウランは母親とともに学校に住み込み、わずかな貯金を切り崩しながら、自分たちで食事を用意し、子どもたちに食事を与えようとする。ところが、近隣の学校が次々と閉鎖され、空腹の子どもたちがどんどん押し寄せてくる。彼らに食事を与えるべきか――。それとも、自分の将来を守るために、子どもたちを追い返すべきか――。

短期間で現金を手に入れて食費を捻出するため、ソウランは違法行為である国境を越える燃料の密輸に手を染める。その後も過酷な試練と、寓話的な皮肉な展開が重なっていく。

壮大な風景が生む映像美と、監督の「キャスティング哲学」

マジディ監督と撮影監督のホウマン・ベフマネシュは、ドローンによる空撮を多用し、荒々しく異世界を思わせるチャーバハール地方の風景に焦点を当てた。

マジディ監督は、「ロケハンで、この地域の不思議な景観に驚かされた。この豊かで奇妙な自然の美しさの中でこそ、主人公の頑固さと孤独がいっそう際立つと感じた」と説明した。

さらにマジディ監督は、自身の作品では「独特なキャスティングの手法が重要なのかもしれない」と語る。『Midday Meal』では、すべての役に演技経験がほとんどない俳優を起用した。彼らは、ロケ地となったチャーバハール地方の街頭でスカウトした一般人たちだという。

マジディ監督は、「プロの俳優には最大限の敬意を払っている。しかし、彼らは作品ごとに同じ自分を繰り返しているように感じることがある。それは私のやり方ではない。私は、自分の頭の中にある人物像にぴたりと合う、本物の人間を探しに行く。見つけるまでに数カ月かかることもあるが、ふさわしい人に出会えれば、撮影はとてもスムーズに進む」と語った。

※本記事は英語の記事から抄訳・要約しました。

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