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【トロント国際映画祭2026】『The Violinist』監督インタビュー|アヌシー最高賞からアカデミー賞候補入りにも期待、手描きアニメに込めた「音楽の力」

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【トロント国際映画祭2026】『The Violinist』監督インタビュー|アヌシー最高賞からアカデミー賞候補作へ、手描きアニメに込めた「音楽の力」
『The Violinist』より 画像:Toronto International Film Festival
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2026年のアヌシー国際アニメーション映画祭で、長編部門の最高賞にあたるクリスタル賞に加え、長編映画部門の最優秀オリジナル音楽に贈られるSACEM賞を受賞した『ザ・ヴァイオリニスト(原題:The Violinist)』。シンガポール、スペイン、イタリアによる国際共同製作で、シンガポール制作の長編アニメーションとして初めて同映画祭のメインコンペティションに選出され、さらにクリスタル賞を獲得するという歴史的快挙を成し遂げた。アヌシーでの高い評価をはじめ、早くから批評家からも称賛を集めており、今後はアカデミー賞レースの注目作の一つとしても期待が高まっている。

監督を務めるのは、シンガポール出身のアーヴィン・ハンとスペイン出身のラウル・ガルシア。ハン監督は、映画監督、脚本家、プロデューサーであり、Robot Playground Mediaの共同創設者。本作の原点となる短編アニメーション『The Violin』を2015年に発表した。そしてガルシア監督は、ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオ時代に『美女と野獣』『アラジン』『ライオン・キング』などに携わったベテランアニメーターだ。

今回、ハリウッド・リポーター・ジャパンはガルシア監督とハン監督にインタビュー。『The Violinist』誕生の背景から、10年に及んだ制作、手描きアニメーションとCGの融合、そしてアヌシーでの歴史的な受賞まで、2人の監督に作品の舞台裏を聞いた。

10年かけて生まれた『The Violinist』――原点は短編アニメーション

――この物語はSG50(シンガポール建国50周年)に向けた短編作品から始まったそうですね。長編映画に発展させることになったきっかけは?

アーヴィン・ハン監督:実は、私自身が最初から「長編にしよう」と思ったわけではありませんでした。誰かが私の耳元で、「これを長編映画にしたほうがいいんじゃないか」とささやいたんです(笑)。もしそのアイデアを無視していたら、この10年間の私の人生はもっとシンプルだったでしょうね(笑)。でも、その考えがずっと頭から離れなかった。

当時、2015年頃ですが、私たちは新しいスタジオを立ち上げたばかりで、ずっと長編アニメーションを作りたいと思っていました。シンガポールには、当時ほとんどアニメーション映画産業がありませんでした。シンガポールから長編アニメーションが作られるのは非常に久しぶりだったんです。だからこそ、もし自分たちが長編映画を作るなら、「自分たちは何者なのか」「どこから来たのか」という物語にしたいと思いました。

シンガポールは、とても若い国です。建国からまだ約60年しか経っていない。でも、ときどき私たちは、まるでこの国がずっと昔から存在していたかのように振る舞ってしまう。一方で、異なる時代のシンガポールを実際に記憶している人たちもまだ生きています。だから、世代を超えてシンガポールの物語を語ることが重要だった。どこから来たのか、私たちは何者なのか、そしてどんな歴史が今の私たちを形作っているのか。『The Violinist』は、そうした思いから非常に自然に生まれました。

最初の2、3年は、リサーチをして、脚本を開発していました。最初は本当に、これが映画になるかどうかも分からないまま脚本を書き始めたんです。そこから少しずつ物事が動き始めて、そしてコロナのパンデミックが起きた。それでも10年後にこうして映画が完成したことを、本当にうれしく思っています。ガルシア監督との出会いも、本作の誕生に大きな意味を持っていました。

アーヴィン・ハン監督
アーヴィン・ハン監督

ラウル・ガルシア監督:アーヴィンと出会ったのは、もう9年か10年ほど前になります。私がシンガポールでアニメーションを教えていた頃です。現地のアニメーションについて知りたいと思っていて、そこでアーヴィンと出会いました。すぐに、私たちはアニメーションで何ができるのか、どう物語を語ることができるのかという点で、多くのビジョンを共有していることに気づきました。

当時、アーヴィンは、シンガポールから失われてしまった図書館や遊び場などを題材にした作品を作っていました。そして、ヴァイオリンを題材にした短編もあった。その短編では、ヴァイオリンと登場人物を通して、シンガポールの異なる時代をつないでいました。そこで、「これは一緒に物語を作るチャンスだ」と思ったんです。

街そのものではなく、キャラクターに焦点を当てよう。歴史を背景にしながら、人間についての映画を作ろう。愛やレジリエンス、音楽、そして非常に特殊な状況に置かれた人間たちについての物語にしよう、と。

「完成しない映画」を10年間作り続ける――チームが支えた長い旅

――約10年にわたる制作の中で、困難な時期もあったと思います。モチベーションを保つうえで何が支えになりましたか?

ハン監督:私には少し変わった考え方があって、一度プロジェクトを立ち上げたら、「これはたぶん完成しないだろう」と最初から思うようにしています(笑)。そうすれば、プレッシャーを感じなくて済む。失望することをあらかじめ覚悟しているようなものですね。でも、それは努力をやめるという意味ではありません。脚本を書き、物語を磨いて、ピッチする機会があれば挑戦する。そうしているうちに、「この物語はやっぱり語る価値がある」という確信が少しずつ強くなっていきました。もちろん、何度も本当に困難な時期がありました。途中で諦めることも、撤退することもできた。コロナのパンデミックは大きな混乱をもたらしました。この映画だけでなく、世界そのものが変わりましたから。

でも最後の3、4年くらいになって、私の中で大きく変わったことがあります。当時、すでにプリプロダクションから本制作に入っていました。チームのメンバーが、この映画に時間も労力も、感情も、ものすごく注ぎ込んでいた。まるで彼ら自身の映画であるかのように感じたんです。そんな彼らから、この映画を取り上げることが私にはできなかった。

アニメーションは長い旅です。私にとって仕事の中で最もすばらしいことの一つは、人との関係を築くこと。だから、最終的な完成品だけに執着するのではなく、その旅そのものを楽しむ必要があると思っています。チームが「続けたい」と望んでいたことが非常に大きかった。プロデューサーたちと一緒に、どうすれば続けられるのか、解決策を見つけました。そして多くの人たちが助けに入ってくれた。最終的に完成までたどり着けたのは、本当にチーム全員のおかげです。

2DとCGをどう融合させた? 「カメラが主役にならない」ための選択

――本作では2DアニメーションとCGを組み合わせています。そのバランスをどのように見つけたのでしょうか?

ガルシア監督:トイ・ストーリー』以降、CGIが長編アニメーションの世界で本格的に普及してから、物語の語り方は大きく変わりました。CGによって、より自由なカメラの動きをストーリーテリングに取り入れられるようになった。以前は、奥行きのあるカメラ移動やクレーンショットなど、大きなカメラワークには多くの制約がありました。でもCGによって、アニメーションでも実写映画と同じように、あるいはそれ以上にカメラを動かせるようになったんです。だから当然、その道具を使う必要がありました。

ただし、『The Violinist』では慎重になる必要がありました。CGを使いすぎると、突然「カメラそのものがショー」になってしまうからです。アニメ映画で、カメラがキャラクターの目の中に入って、下を通り、上昇して、ぐるっと回るようなショットがありますよね。そうすると、キャラクターが何を感じているのかではなく、「カメラがこんなに動いている」ということに意識が向いてしまう。だから本作では、観客に大きなインパクトを与える場面にCGを限定しました。シンガポールへの爆撃や、港でのオペレーション・ジェイウィック(Jaywick作戦)の場面などです。そうした場面では、より大きなキャンバスを使ってスペクタクルとして描く意味がありますから。

一方で、人間のキャラクターは作品全体のアニメーションスタイルになじむように動かす必要がありました。CGでは1秒間に24枚の異なるイメージを使いますが、私たちのアニメーションスタイルでは1秒間に8枚、あるいは12枚程度です。その違いをどう融合させるかは、非常に慎重に考えました。

ラウル・ガルシア監督
ラウル・ガルシア監督

世界各国のアニメーターをどう一つの世界観にまとめた?

――スペイン、イタリア、インドネシア、フィリピン、コロンビアなど、さまざまな国のアニメーターが参加しています。映像の統一感をどのように保ったのでしょうか?

ハン監督:これは最初から大きな課題になると分かっていました。参加したスタジオやクリエイターはみんな非常に優秀でした。でも、私たちが描いているのはシンガポールです。しかも1920年代、1930年代、1940年代のシンガポール。多くのアニメーターは実際にシンガポールに来たことすらありません。だから、彼らから出てくる質問がとても重要でした。その質問を通して、私たち自身も文化や歴史のディテールをより具体的にしなければならなかった。そこで、プリプロダクションをすべてシンガポールで行い、非常に詳細なプリプロダクション・パックを作りました。

キャラクターをどう描くのか。特定のカップや装飾、家にはどんな色や陰影を使うのか。そうした細部まで資料に落とし込み、各チームが作業するときに参照できるようにしたんです。特に2Dアニメーションでは、一貫性を保つことが非常に難しい。そこで脚本自体も、各スタジオが担当しやすいように分けました。

本作では、若い女の子だったフェイが、ティーンエイジャーになり、大人になり、そして高齢者になる。そのため、例えば老年期のフェイを一つのスタジオにまとめて担当してもらう、といった分け方ができました。同じキャラクターを同じ場面で複数のチームが担当することをできるだけ避けたんです。物語そのものが、そうした制作方法を可能にしてくれた。結果的に、とても上手くいったと思います。

ガルシア監督:本作は約80年という長い時間を描いていて、場所も時代も明確に分かれています。例えば老年期のフェイが登場する物語のブックエンド部分は、コロンビアの一つのスタジオが担当しました。私たちはアートディレクションやカラーパレットなど、映画全体を統一するためのルールを渡しました。でも、そのスタジオが老年期のフェイを一貫して担当することで、一つの「芸術的なエコシステム」を作ることができた。イポーや、レジスタンスが活動するジャングルの場面はスペインのスタジオが担当しています。それぞれの時代、場所の中ではすべてが自然につながるようにした。

カイも、過酷な環境や経験によって、ある時期には特定の外見をしています。その後、彼が成長し、状況が変われば、見た目も変化する。そうした区切りを明確にすることで、スタジオや作画担当者が変わったことによる違和感を観客に感じさせないようにしました。

『音楽は第3のキャラクター』――1年半をかけたヴァイオリン演奏のアニメーション

――ヴァイオリン演奏や音楽についても非常に印象的でした。音楽と演奏の表現にはどのように関わりましたか?

ハン監督:音楽は最初から、ほとんど一人のキャラクターのような存在だと考えていました。スコアの中心を担ったのはリッキー・ホーで、スペインの作曲家イサベル・ラトーレにも参加してもらいました。リッキーは約1年をかけてスコアを作りました。この映画では、2人の主人公が物語のほとんどの時間、離れ離れになっています。そんな2人をつなぐのが、一つの音楽なんです。だから音楽は単なる伴奏ではいけなかった。生きたキャラクターでなければならなかったんです。

物語の初期段階からソナタが登場し、物語が進むにつれて、その音楽のトーンや性格も変わっていく。占領、戦争、戦後を経て、音楽そのものが成長し、癒やされていく。そしてクライマックスでは、その曲が協奏曲として完全な形で演奏され、2人の人生そのものを集約する。目には見えないけれど、観客も一緒に生きることのできるキャラクター。それが音楽なんです。

本作には60人編成のフルオーケストラも参加しています。シンガポール映画としては非常に珍しい規模です。映画のタイトルが『The Violinist』なのだから、名前に負けないものにしなければいけないと思いました(笑)。メンデルスゾーンやショパンのクラシック音楽も取り入れ、リッキーがそれらをアレンジしながら、本作の音楽的モチーフと融合させています。音楽は、この映画で私たちが最も誇りに思っているものの一つです。

ガルシア監督:私もヴァイオリンを演奏するシーンには特に満足しています。キャラクターを本当に存在する人間として感じてもらうためには、演奏もリアルでなければならなかった。例えば実写映画でも、楽器を演奏する俳優の指の位置が実際とは違うことがあります。音楽の知識がある人なら、すぐに気づいてしまう。

だから今回は、指が弦のどこを押さえているのかまで、できる限り実際の演奏に近づけました。シンガポールでは、一つのチームが約1年半にわたってヴァイオリン演奏のアニメーションだけを担当したんです。それほど細部にこだわりました。

「技術」よりも「感情の明瞭さ」――歴史を再現するのではなく、記憶として描く

――アニメーション技術という観点から、特に誇りに思っているシーンはありますか?

ガルシア監督:私はヴァイオリン演奏のシーンが好きですね。ただ、アーヴィンとは少し違うかもしれません。私が若い頃は、アニメーターやアニメーション監督として、技術的な部分をかなり細かく気にしていました。もちろん今でも技術は重要です。でも、この映画を通して、私は「感情の明瞭さ」をより重視するようになりました。

最も重要なのは、技術的にどれだけすごいかではなく、どう物語を伝えるか。音楽、編集、アニメーションを組み合わせて、シンガポールの歴史の中でも最も暗い時代の一つを描きながら、そこにある種の美しさを与える。そうした部分を大切にしました。

ハン監督:私も一つのシーンを選ぶのは難しいですね。むしろ、特定の場面やトランジション、音楽、編集、アニメーションが組み合わさった部分に誇りを感じています。特に、東南アジアの伝統美術を思わせるモンタージュがあります。インドネシアの一人のアーティストが担当した場面で、とても絵画的なんです。

この映画について一つ誇りに思っていることがあるとすれば、「歴史や記憶を再現している」のではなく、「記憶されているように感じる」と言ってもらえたことです。これは、とても美しい違いだと思います。

観客、特にシンガポールの人たちがこの映画を観たときに、「これは歴史の話だ」だけではなく、「これは記憶についての物語だ」と感じてくれる。時間とともに私たちが記憶を抱え、それを持ったまま前に進んでいく。非常に困難な状況の中でも、生き延びる勇気を見つける。その感覚が、この映画にはあると思います。

アヌシーで11分超のスタンディングオベーション――「作品を作ったのは数百人」

――アヌシーでの受賞について、特に記憶に残っている瞬間を教えてください。

ハン監督:2つあります。一つは、月曜日の夜に行われたワールドプレミア。その日のコンペティション上映の最初の作品でした。上映が終わると、11分から12分ほどのスタンディングオベーションが起きたんです。私はテレビシリーズの仕事から来た人間なので、作品を観終わったあとに観客が拍手するなんて経験がありません(笑)。だから、とても新鮮でしたし、本当に感動しました。

その夜は、チームのみんなを探していました。ほとんどのメンバーが会場にいたんですが、人の海のようになっていて見つけられなかった。そしてもう一つは、最終日の夜にクリスタル賞の受賞作品が発表された瞬間です。最初は信じられなかった。ショックでした。ステージに上がったのは数人でしたが、そこにある映画を作ったのは、世界中の何百人もの人たちです。でも、チームのほとんどは前日に帰ってしまっていた。だからステージに立った瞬間、すぐに彼らのことを考えました。今でもその話をすると感情が込み上げてきます。

この映画は、いろいろな意味で実現する可能性が低い作品でした。シンガポールは小さな国です。だからこそ、国際的なコラボレーションという非常に異なる方法で映画を作らなければならなかった。それがこうして一つの作品として結実したことに、深く心を動かされています。本当に感謝しかありません。

ガルシア監督:私たちは制作がかなり遅れていて、アヌシーの締め切りに間に合わない可能性がありました。映画というのは、永遠に完成しないものなんです。「もう少し直そう」「ここをもっと良くしよう」と、いつまでも続けられる。でも、アヌシーの締め切りがあったことで、私たちは映画を完成させることができました。

そして、あの巨大なスクリーンで、初めて観客と一緒に映画を観た。約15分間のスタンディングオベーションが起きて、私たちは涙を流していました。それだけでも、この映画を作るために費やしたすべての努力に価値があったと思います。その後、音楽賞を受賞し、さらにクリスタル賞まで受賞した。今でもまだ信じられません。シンガポール映画として初めて、そしてスペイン映画としても初めてのクリスタル賞だった。本当にたくさんの「初めて」がありました。

でも何より心を動かされたのは、観客の反応です。「こんなに泣いた」「この映画が大好き」と直接伝えてくれる人たちがいた。そして、「まだ観ていないけれど、いろいろな話を聞いたから絶対に観たい」と言ってくれる人もいた。それだけで、何年もの努力が報われたと思いました。

「シンガポール映画」から「東南アジア映画」へ――世界の観客に届けたい物語

――最後に、観客には、この映画から何を受け取ってほしいですか?

ガルシア監督:この映画は、地理的には非常に限定された場所で起きた物語です。シンガポールで、歴史上の特定の時代を描いている。私自身、映画に参加するまで第二次世界大戦の太平洋戦域について詳しく知りませんでした。だから、私にとっても学びの経験でした。でも、歴史的背景はあくまで物語を支えるものです。

本当に重要なのは、2人のキャラクターの関係、ラブストーリー、そして音楽が持つ癒やしの力。音楽は人生を変えることができる。そして、人類をつなぐ接着剤のようなものでもある。音楽は非常に普遍的な言語です。誰もが理解できる。この映画では、音楽そのものが「第3のキャラクター」だと思っています。スクリーンに映るキャラクターたちの感情や考えを、音楽が反響させているんです。特定の場所で起きた物語であっても、誰にでも届く。それこそが、この映画のメッセージの普遍性だと思います。

ハン監督:まずは、映画として楽しんでもらいたい。エンターテインメントとして観てもらい。心を動かされてほしい。少し心を痛めてもらって、そして音楽を楽しんでもらえたらうれしいです。この映画が「時宜を得た作品」なのかどうかは分かりません。でも、そう言ってもらうことがあります。スクリーンで描かれている出来事は80年以上前に起きたことです。それでも、ある意味では今も起きている。紛争、故郷を追われること、人々の人生が引き裂かれること。そして、そんな状況の中で、どうすれば生き続ける勇気を見つけられるのか。

私はそうした経験をしてきたわけではありません。でも、この映画を作るためにリサーチをする中で、それらがとても身近なものに感じられるようになった。この映画を作ったことで、私自身もさまざまな意味で変わりました。

もしこの作品が、そうしたテーマや考えに光を当て、観客が語り合ったり、考えたりするきっかけになれば、すばらしいと思います。

でも、何よりもまず映画を楽しんでほしい。そして、第二次世界大戦の東南アジアにおける、あまり映画で描かれてこなかった歴史を少しでも知ってもらえたらうれしいです。東南アジアは非常に多様で、歴史的にも複雑な地域です。私たちには私たち自身の物語がある。その中には複雑なものもありますが、同時に美しさもある。だから私は、この映画を単なる「シンガポール映画」だとは考えていません。「東南アジア映画」として観てもらいたい。そして、そのように受け止めてもらえたらうれしいです。

「泣いてくれたなら、僕たちの仕事は終わった」

インタビューの最後、筆者が「とても美しい映画でした。たくさん泣きました」と伝えると、ガルシア監督は笑顔でこう答えた。

ガルシア監督:泣いてくれたなら、それはいいことですよ!誰かがこの映画を観て泣いてくれたなら、私たちの仕事は終わったんです。ただ涙が出たというだけではありません。その映画が、その人の魂に触れたということだから。僕たちが映画を作るのは、そのためなんです。

『The Violinist』

『The Violinist』予告編

1930年代のシンガポールを舞台に、幼なじみのヴァイオリニスト、フェイとカイの人生を、第二次世界大戦と日本占領という激動の時代を背景に描く本作。友情、愛、喪失、レジリエンス、そして人生を癒やす音楽の力を、手描きの2DアニメーションとCGを組み合わせた独自の映像表現で描き出す。

アヌシーで世界的な評価を獲得した本作が、トロント国際映画祭という北米最大級の映画祭でどのように観客の心を動かすのかにも注目したい。

『The Violinist』は、トロント国際映画祭2026で9月17日午後6時45分よりScotiabank Theatreで上映される。

(取材・文:齋藤彩加)

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