【インタビュー】『DIE MY LOVE/ダイ・マイ・ラブ』リン・ラムジー監督が表現した、狂気、喪失、そして解放「ラブストーリーであり、愛が崩壊していく物語」
第78回カンヌ国際映画祭で、約9分間のスタンディングオベーションを巻き起こした衝撃作『DIE MY LOVE/ダイ・マイ・ラブ』が、6月12日より劇場公開される。
本作は、主人公グレースが出産をきっかけに創作のスランプに陥り、孤独や自己喪失への恐れを抱え、現実と幻想の境界をさまよう姿を描く。グレースをジェニファー・ローレンス、夫ジャクソンをロバート・パティンソンが演じる。
作家のグレースは、夫ジャクソンとともに田舎町へ移り、静かな新居での暮らしを始める。穏やかな風景に包まれたその場所は、彼女に安らぎをもたらすはずだった。しかし、出産をきっかけに執筆は滞り、重圧と深い孤独、そして断片的に訪れる幻覚が、日常を少しずつ歪めていく。やがて現実と幻想の境界は揺らぎ、彼女の心は音もなく崩れ落ちる。崩壊の果てにあるのは、愛かそれとも狂気か。
本作の監督を務めたのは、『少年は残酷な弓を射る』『ビューティフル・デイ』を手がけたリン・ラムジーだ。
「ラブストーリーであり、結婚が崩壊していく物語」そう語るラムジー監督は、出産を機に心が崩壊していく女性の物語という枠を超え、愛や喪失、崩壊と再生といった多層的な揺らぎを重ねた作品として描き出す。
この度、ハリウッド・リポーター・ジャパンは、リン・ラムジー監督にインタビューを実施。
本作に心を奪われた理由や、ジェニファー・ローレンスの演技の魅力、そして精神が崩壊していくグレースをどう映像で表現したのか、ラムジー監督に話を訊いた。
ジェニファー・ローレンスからオファー、『DIE MY LOVE/ダイ・マイ・ラブ』に心を奪われた理由とは
——ジェニファー・ローレンスからのオファーをきっかけに監督を務めることになったと伺いました。本作は『ビューティフル・デイ』以来8年ぶりの新作になりますが、監督を引き受けようと思った決め手を教えてください。
当時は北極を舞台にした別の脚本を執筆していました。そんなときに、ジェニファーから「この原作を読んでほしい」と声をかけられたことが本作との出会いでした。
原作を読んでまず心を奪われたのが、主人公のグレースというキャラクターです。彼女は自由奔放で心から解放されていながら、心の病を抱えている。その複雑さとユニークな個性にすっかり心を奪われました。それと、物語の大部分が一つの家を舞台に展開していく構成にも魅了されたんです。

ジェニファーは私の感性を尊重してくれて、作品の方向性を全て委ねてくれました。私は本作を「ある種のラブストーリー」と捉えていたのですが、彼女もその解釈に共鳴してくれたのです。タイミングもそうですし、創作に対する感性も驚くほどシンクロしていました。そうした巡り合わせが、本作を引き受けるきっかけになったのです。
「ラブストーリーであり、結婚が崩壊していく物語」
——本作をラブストーリーとして捉えていたとお話がありましたが、以前のインタビューでも「グレースの出産後の精神的な問題はひとつの側面で、本作は愛の物語だ」と監督は語っていました。作品から多層的な魅力を感じましたが、どのような点を大切に描かれましたか。
多層的と感じていただいて嬉しいです。本作はラブストーリーであり、結婚が崩壊していく物語でもあります。その中に、創作のスランプに陥る苦しみ、家に閉じ込められる閉塞感、アイデンティティを見失う恐怖といったグレースの感情の揺らぎを織り交ぜている。
何より惹かれたのは、グレースを取り巻く世界が崩壊するなか、彼女は自由へと解き放たれていくダイナミズムです。愛や喪失、崩壊と再生が重なり合う多層的な物語に魅了されました。

——グレースが森の中を歩くシーンや自転車で駆け抜けるシーンなど、音楽と映像のトーンも相まっておとぎ話のような雰囲気を感じました。こうしたシーンを織り交ぜることで、彼女の心理描写をどう表現しようとしたのでしょうか。
確かにこの作品にはおとぎ話のような雰囲気がありますね。グレースが思い描く浮気相手も、妄想なのか実在する人物なのかは観客にはっきりと語られません。どこか寓話的というか、精神が少しずつ破綻していく姿を描いています。
『不思議の国のアリス』で、白うさぎを追って穴に落ちて、別の世界へと迷い込んでいくアリスをイメージしているんです。そのイメージに、精神が崩壊していくグレースを交えながら世界観を作り上げていきました。

——視覚表現については、アンドリュー・ワイエスの絵画などを参考にしたと伺いました。作品の世界観を映像で表現するうえで、特に意識されたことはありますか。
ストーリーが進むなかで、観客はグレースの精神世界へと徐々に入り込んでいく。それに合わせて、色彩や音響も次第に鮮烈になっていきます。夜のシーンでは、夢の中を漂っているような感覚を意識しました。
私が目指したのは、観客がグレースを観察するのではなく、彼女の精神世界に入り込んで一緒に追体験してもらうことです。そのために映像や音の表現も次第に鮮烈にし、熱気を高めていきました。
今回はアンドリュー・ワイエスだけでなく、ムンクの作品、音楽ではジョイ・ディヴィジョンなど多様な芸術からインスピレーションをもらいました。参考にした作品は、グレースの内面へ近づくための手がかりに過ぎません。最も大事にしたのは、彼女に寄り添うこと。彼女が見ている世界を映画にどう落とし込み、観客に感情移入してもらえるかが大きな課題でした。
また、グレースの家もひとりの登場人物として捉えました。彼女が住む場所でありながら、閉じ込められている空間でもあるのです。そうした様々なピースを混ぜて世界観を構築したのです。

——本作のエンディングではラムジー監督ご自身がジョイ・ディヴィジョンの楽曲「Love Will Tear Us Apart」を歌唱されていますね。選曲の意図を教えてください。
音楽制作は、ニック・ケイヴ&ザ・バッド・シーズのギタリストであるジョージ・ビエスティカと進めました。
「Love Will Tear Us Apart」を選曲した理由は、「愛が崩壊していく」というテーマがこの作品とそっくりだと思ったからです。もともとはカンヌ国際映画祭での初上映用に、私がデモ感覚で歌った音源を使用していました。それがそのまま使われることになって、正直少し恥ずかしかったですね。
ただ、原曲とは違った視点で私なりに解釈して歌っています。エンディング曲以外にも、音楽や絵画、空想や妄想、それから誰かの意識の奥深くへ入り込む感覚など、そうした芸術やイメージからインスピレーションをもらっています。

ジェニファー・ローレンスとロバート・パティンソンが生み出すリアリティ「本当の夫婦のよう」
——夫婦役のジェニファー・ローレンスとロバート・パティンソンが感情をぶつけ合う演技に圧倒されました。偶発的に生まれたリアリティを感じましたが、あの空気感はどう引き出されたのでしょうか。
撮影前には、2人には少し変わったワークを体験してもらいました。一緒にダンスレッスンを受けたり、コンテンポラリーダンスのような即興表現にも挑戦してくれました。本人たちは恥ずかしかったと思いますが、こうした時間を共有することで、緊張がほぐれていくのです。
一般的な意味でのリハーサルはほとんどしていません。セリフの読み合わせや立ち位置の確認よりも、2人が同じ時間を過ごすことが大切でした。他愛のない時間を過ごして、お互いの心の壁を取り払ってほしかった。
でも実際には、ジェニファーとロバートの間には最初から特別なケミストリーがあったんですよね。ただソファで横になっているだけでも、本当の夫婦のように見える。この相性の良さは監督として本当に恵まれたことです。
恋愛や結婚というのは、本人たちにとっては当たり前の振る舞いでも、外から見ると少し可笑しく映る瞬間がありますよね。そうした空気を持つシーンは、撮影の中で自然に生まれたものです。撮り直しはせず、一度目のテイクをそのまま使っています。

——グレースは野性的であり少女のような純粋さも感じさせる、複雑で感受性豊かなキャラクターでした。彼女の内面をどう分析して表現していったんでしょうか。
グレースの魅力は、次に何をするか分からない予測不能さです。その危うさが観客を惹きつけ、緊張感と躍動感をもたらしている。彼女は進むべき方向を見失い、可笑しなことや不条理な行動を起こしてしまうのです。ストレスも溜まって欲求不満で、心の中は抑えきれない感情が煮えたぎっている。
私が思い描いたのは、火にかけられたやかんのような状態です。沸騰してマグマのようなエネルギーを内に抱えている。ジェニファーはそんなグレースを恐れることなく受け止め、勇気を持って大胆に演じてくれました。彼女と一緒にグレースというキャラクターに命を吹き込むことができて、本当に嬉しかった。
——グレースは冷蔵庫の中に座ったり、動物のように歩いていましたね。そのようなシーンは撮影現場で偶然生まれたシーンなのでしょうか。
偶然生まれたシーンもありましたが、基本的にはジェニファーと事前に話し合いながら作り上げました。例えばグレースが草むらを這うシーンは、「猫のようなイメージで」と伝えたんです。そのアイデアを彼女も気に入ってくれて、野生のネコ科動物をイメージして演じてもらいました。
冷蔵庫のシーンは偶然生まれたんですよ。その日はロケ地がとても暑くて、私が冷蔵庫の中で涼んでいたんです。その姿を誰かが写真に撮っていて、それを見たときに「カッコいい絵になるかも」と感じてシーンに追加しました。
グレースは家という空間に閉じ込められた状態で、そんな毎日にうんざりしています。そんな彼女が冷蔵庫に入ったり、猫のように歩いたりする姿はどこか可笑しみがあるんです。こうした不条理でシュールなユーモアがこの作品の魅力のひとつだと思います。

崩れゆく精神と解き放たれる魂「クレイジーな旅を一緒に体験してほしい」
——ダークさや危うさを抱えたグレースですが、衣装はパステルカラーや鮮やかなものが多くてチャーミングでした。スタイリングに関して意図したことはあるのでしょうか。
グレースは都会で暮らしていた女性で、田舎町へ引っ越してきました。彼女はその土地やコミュニティに馴染もうと努力しています。でもどれだけ合わせようとしても、本質的にはその環境に溶け込めない。そのジレンマを衣装でも表現しています。色彩などスタイリングの方向性は最初から決めていました。
彼女はショーツにTシャツを着て周囲に馴染もうとするけど、行動が伴っていない。その隠しきれないズレがグレースという人物を象徴していると思います。

グレースがおもしろいのは、閉塞感や退屈さに押しつぶされそうになったとき、突拍子もない行動で発散することです。そこには、彼女のダークな一面とブラックなユーモアが入り乱れている。ジェニファーはそうした表現が天才的なんです。彼女は不条理なコメディの中に、闇や孤独をのぞかせることができる。ユーモアと暗さを共存させた演技は、彼女ならではの才能ですね。
——グレースというキャラクターを通して、観客にどのような感情やメッセージを持ち帰ってほしいですか。
グレースのクレイジーな旅路を、一緒に体験してほしいと思います。きっとドキドキしたり、不安や混乱を感じたり、そして彼女の心の奥に潜むダークな感情にも触れるはずです。ただ同時に、世間の価値観から解き放たれる自由もあるんです。彼女が抱える闇や、不条理さ、解放感も含めてすべてを感じてもらえたら嬉しいですね。
【作品情報】
『DIE MY LOVE/ダイ・マイ・ラブ』

<STORY>
情熱的に愛し合うグレースとジャクソン。ニューヨークを離れて田舎町へと移り住んだ二人は、結婚してまもなく子供を授かる。しかし、幸せの絶頂にあるはずの日常は、それを境に静かに軋み始める。作家であるグレースは執筆が滞り、言葉は思うように出てこない。ジャクソンとの関係もすれ違い、セックスレスに。満たされない欲望。言いようのない不安と苛立ち。閉ざされた日々のなかで、行き場を失った感情が積み重なっていく。そんな彼女を気遣う周囲の声は空しく、孤独はさらに深まるばかり。やがて現実に滲むように浮かび上がる幻覚が、静かに彼女の心を蝕んでいく。正気と狂気の狭間で揺れるグレース。激しさを増していく夫との衝突。そして、極限まで張り詰めていた心の糸が切れたとき、その先に待ち受けるものとは――。
監督:リン・ラムジー
原作:アリアナ・ハルウィッツ『死んでよ、アモール』(宮﨑真紀訳)早川書房刊
出演:ジェニファー・ローレンス、ロバート・パティンソン、シシー・スペイセク、ニック・ノルティ、ラキース・スタンフィールド
公式HP:https://klockworx.com/diemylove
2025年製作 アメリカ・イギリス上映時間:118分
© 2025 DIE MY LOVE, LLC.
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