カンヌ2026出品、是枝裕和監督『箱の中の羊』米レビュー│綾瀬はるかの演技が光る“優しい近未来SF”
2018年、『万引き家族』(2018年)でパルム・ドールを受賞した是枝裕和監督が、カンヌ国際映画祭に帰ってきた。最新作『箱の中の羊』は、最愛の息子を失った夫婦が、その姿を模したヒューマノイド(人型ロボット)を養子に迎え、深い悲しみを癒やそうとする物語だ。
本記事では、米『ハリウッド・リポーター』による『箱の中の羊』のレビューをお届けする。
是枝裕和、『箱の中の羊』で初の本格近未来SFに挑戦
是枝監督は、私たちの日常に静かに浸透しつつある「AI」という無機質にも思える存在に、彼ならではの「温もり」と「寛容さ」を吹き込んだ。是枝作品の中心には、常に家族のダイナミクスが存在する。そして子どもの演出において、彼は比類なき才能を発揮してきた。
是枝作品を貫くモチーフの一つが、「子どもたちのしたたかさと創造力」であり、本作でもその要素は引き継がれている。やがて親が不要となるロボットの姿は、成長し、自立していく現実の子どもたちの姿に重なる。
1998年の傑作『ワンダフルライフ』のように幻想的な設定を用いることはあっても、是枝の本質はあくまでも自然主義的な映像作家であり、そこには強い人間性が流れている。その作風から、彼はしばしば「小津安二郎の後継者」と評されてきた。
そんな是枝が近未来SFに挑むと聞けば、期待が高まるのも当然だろう。冒頭には、ユーモラスで洗練された近未来の描写がちりばめられている。小型UFOのような配送ドローンが荷物を抱えて上空を飛び回り、横断歩道では子どもたちを先導する警備ロボットが働いている。そんな光景が、明るい未来像を予感させる。

ドローンが向かう先は、建築家・音々(おとね、演:綾瀬はるか)の自宅だ。自身が設計したその家は、中庭を囲むように箱状の空間が積み重なるモダニズム建築で、建設業を営む夫・健介(演:大悟)が施工したもの。やがて、壁に飾られた7歳の息子・翔(かける、演:桒木里夢)の写真が映し出される。すると、坂東祐大による物悲しい音楽が流れ、少年がすでにこの世を去っていることを示唆する。
届いた荷物の中にはハート型の箱が入っており、開けると「RE birth」という企業のロゴが浮かび上がる。この会社は、亡くなった人間をAI搭載のヒューマノイドとして再現するサービスを提供している。夫婦は、2年前の翔の葬儀の際に同社から声をかけられ、悩んだ末に無料トライアルを受けることに――。2人はヒューマノイド制作のため、翔の写真や映像データを提供する。
新たな“翔”が家に届くと、音々は歓喜する。たとえ、彼の発する言葉が「ただいま、ママ」という一言だけだとしても。しかし、健介は簡単には受け入れられない。彼はその存在を「たまごっち」や「ルンバ」と同列に扱い、野球へ出かけてしまう。
ヒューマノイドは“家族”になれるのか?AIをめぐる“是枝節”ヒューマンドラマ
普通の監督であれば、深い悲しみを抱えた人間と、感情も肉体的欲求も持たないヒューマノイドとの決定的な隔たりに、ドラマを見出そうとするだろう。しかし是枝は、そのテーマを掘り下げないまま、淡々と物語を進めていく。
物語が盛り上がりを見せるのは、音々の厳しい母親が突然訪ねてくるシーンだ。亡き孫そっくりのロボットを目にした彼女はショックを受け、「機械に息子の代わりをさせるなんて」と切り捨てる。そして、「まだ子どもを産める年齢だ」と音々を諭す。
特に興味深いのは、黒ずくめの少年の存在だ。やがて複数の子ども型ロボットが現れ、翔は彼らと交流を深めていく。彼らは廃墟となった倉庫に集まり、ある計画を進め始める。
AIがもたらす脅威について、暴走や反乱といった、ディストピア的な描写がなかった点は新鮮だ。しかし、急速なAI学習によって、「ヒューマノイドはやがて人間の家族が不要になる」という展開は、どこか予定調和的でもある。
作中で最も独創的なのは、ロボットたちが「マザーツリー」と呼ばれる樹木のようなネットワークとつながっているという設定だ。これがコンピューターのハブのような役割を果たし、ロボットたちに栄養を与え、保護している。
ロボットたちが独自の共同体を築き、人間を置き去りにしていくような展開には、ディストピア的な影もある。しかし是枝が最終的に目指すのは、「人間とロボットが穏やかに共存する」という、いかにも彼らしく優しい結末だ。その感傷をさらに強調するように、坂東の音楽も終盤に向けて甘美さを強めていく。
綾瀬はるかの存在感に注目――映像美が紡ぐ是枝作品の新境地
『箱の中の羊』で撮影監督を務めたのは、『万引き家族』や近年の『怪物』(2023年)でも知られる近藤龍人。本作の映像は非常に美しく、印象的な空撮や、自然光を巧みに活かした屋外のシーンが随所で際立っている。
俳優陣の演技も総じて素晴らしく、中でも綾瀬の演技が印象的だ。是枝作品の『海街diary』(2015年)で主演を務めた彼女は、その穏やかな存在感と自然体の温かさによって、是枝の作品と見事に呼応している。

ちなみに、『箱の中の羊』というタイトルは『星の王子さま』に由来しており、本作の重要なモチーフとなっている。ヒューマノイドと人間の関係を描いた作品をさらに味わいたい人には、コゴナダ監督による『アフター・ヤン』(2021年)をおすすめしたい。過小評価されているが、感動的な傑作だ。
※本記事は英語の記事から抄訳・要約しました。
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