【訃報】伝説の歌姫ドリー・パートン死去、80歳 「Jolene」「I Will Always Love You」生んだカントリー界の象徴
「Jolene」や「I Will Always Love You」など数々の名曲を生み出し、俳優、実業家、慈善活動家としても幅広く活躍した米歌手のドリー・パートンが25日、死去した。80歳だった。遺族らの発表によると、米テネシー州ナッシュビルで安らかに息を引き取ったという。
ドリー・パートン、80歳で死去
米TMZによると、パートンは死去の数日前、腎臓や自己免疫系に関する健康上の問題で、ヴァンダービルト大学医療センターに入院していたと報じられている。
パートンの甥で、20年以上にわたり警備責任者を務めたブライアン・シーバー氏は、パートン本人の希望により事前に撮影していた動画を公開。「これは、いつか訪れる現実として彼女から何年も前に頼まれていたものだった」と明かし、長年にわたってその日を想像してきたものの、「実際にこの瞬間を迎えるまで、その重みを本当の意味で感じることはなかった」と語った。
パートンは2025年9月、「健康上の問題」を理由にラスベガス公演の延期を発表。その後、同年11月に授与される予定だったアカデミー賞のジーン・ハーショルト友愛賞を受けるためのガバナーズ賞も欠席した。2026年5月には、9月に予定していたラスベガスでのレジデンシー公演の中止も発表していた。
私生活では、約58年間連れ添った夫で実業家のカール・ディーンさんが2025年3月に82歳で死去している。
「Jolene」「I Will Always Love You」を生んだ伝説的シンガー
パートンは、貧しい家庭で育ちながら世界的スターへと上り詰めた。11人の兄弟姉妹とともに山あいの小さな家で暮らした幼少期の経験は、後の楽曲制作やテーマパーク「ドリーウッド」の世界観にも生かされた。
代表曲には、切実な愛の物語を描いた「Jolene」、映画『9時から5時まで』のために書き下ろした「9 to 5」、そして1974年に発表した「I Will Always Love You」がある。
「I Will Always Love You」は、パートンが自身の仕事上のパートナーだったポーター・ワゴナーとの別れを表現するために書いた楽曲でもあった。のちにケヴィン・コスナーとホイットニー・ヒューストンが主演した映画『ボディガード』で、ヒューストンがカバーすると、世界的な大ヒットを記録。パートンの楽曲は新たな世代へと広く知られることになった。
パートンは以前、ラジオから流れてきたヒューストン版を初めて聴いた時のことを振り返り、「一瞬、何の曲かわからなかった」と語っている。ヒューストンの歌声と冒頭のフレーズに気づき、思わず車を事故に遭わせそうになったという。
その後もパートンは、ヒューストンが自分の「シンプルで心からの歌」を世界中に届けてくれたと称賛し続けた。
映画『9時から5時まで』で俳優としても成功
音楽だけでなく、パートンは俳優としても大きな足跡を残した。映画デビュー作となった1980年のコメディ『9時から5時まで』では、ジェーン・フォンダ、リリー・トムリンと共演。職場で女性たちが直面する搾取やセクハラをユーモアを交えて描いた作品で、パートンはドラリー・ローズ 役を演じた。
フォンダは後年、パートンを映画に起用した経緯について、車で帰宅する途中にラジオからパートンの歌が流れ、「タイプライターに向かうドラリー」の姿が頭に浮かんだと回想している。
映画初出演だったパートンは、撮影初日に台本全体を覚えて現場に現れたという。さらに、撮影の合間にテーマ曲「9 to 5」を制作。長いアクリルネイルをこすり合わせてタイプライターのようなリズムを作り、その音は実際のレコーディングにも取り入れられた。
同曲はアカデミー賞歌曲賞にノミネートされ、パートンさんにとって初のオスカー候補作となった。
その後は、1982年の『テキサス1の赤いバラ』で「I Will Always Love You」を歌唱。1989年の『マグノリアの花たち』では、シャーリー・マクレーン、サリー・フィールド、ジュリア・ロバーツらと共演し、温かみのある美容師トルーヴィー・ジョーンズ役を演じた。
貧しい少女時代からカントリー界の象徴へ
ドリー・レベッカ・パートンは1946年1月19日、米テネシー州ローカスト・リッジで生まれた。12人きょうだいの4番目だった。
7歳の頃には手作りのギターを弾くようになり、翌年、叔父で音楽家でもあったビル・オーウェンズから本物のギターを贈られた。早くから地元のラジオやテレビ番組で歌い、13歳でカントリー音楽の殿堂「グランド・オール・オプリ」の舞台に立った。
高校卒業の翌日にはナッシュビルへ移住し、ソングライターとして活動を開始。ハンク・ウィリアムズ・ジュニアらに楽曲を提供した後、1967年にデビューアルバム『Hello, I’m Dolly』を発表した。
やがて『The Porter Wagoner Show』への出演をきっかけに知名度を高め、「Coat of Many Colors」「Jolene」などを発表。「I Will Always Love You」もこの時期に生まれた。
「Jolene」は、夫カール・ディーンさんに好意を寄せていた銀行員から着想を得たという。パートンは後年、その出来事自体は夫婦間の冗談だったと明かしつつも、楽曲ではそれを切実な愛の物語へと昇華させた。
生涯に約3,000曲を作ったパートンにとって、「Jolene」は最も愛され続けた楽曲の1つとなった。ザ・ホワイト・ストライプス、マイリー・サイラス、ケリー・クラークソンらにもカバーされ、2014年には英グラストンベリー・フェスティバルで約18万人を前に披露したことでも話題を呼んだ。
ドリーウッドや慈善活動にも注いだ情熱
パートンは、音楽業界にとどまらず、実業家としても卓越した手腕を発揮した。故郷テネシー州ピジョン・フォージにあるテーマパーク「ドリーウッド」は、世界的に知られる観光地へと成長。幼少期の思い出や故郷への愛情を反映した施設として、多くの人々を魅了した。
また1995年には、子どもたちに無料で本を贈る慈善活動「イマジネーション・ライブラリー」を設立。読み書きができなかった父親への思いも、この活動の原点の1つだった。
テレビや映画の制作にも携わり、制作会社サンドラー・プロダクションズを通じて『バフィー ~恋する十字架~』やスピンオフドラマ『エンジェル』、『花嫁のパパ』シリーズなどを手がけた。
2019年にはNetflixのアンソロジーシリーズ『ドリー・パートンのハートフル・ソング』で、自身の楽曲を題材にした物語を映像化。翌年には、クリスマス映画『ドリー・パートンのクリスマス・オン・ザ・スクエア』を共同執筆し、自ら出演も果たした。
独自のユーモアとビジネスセンスで世界を魅了
派手な衣装やウィッグ、きらびやかなメイクも、パートンの代名詞だった。しかし、そのイメージを自ら笑いに変えるユーモアと鋭い言葉のセンスも、多くの人に愛された理由だった。
「こんなに安っぽく見えるためには、ものすごくお金がかかるのよ」という言葉は、彼女を象徴する名言として広く知られている。
また、「金髪ジョークを聞いても腹は立たない。だって、私は自分がバカじゃないと知っているし、そもそも本当の金髪でもないから」と語るなど、自身のイメージを軽やかに笑い飛ばしてきた。
一方で、パートンはキャリアを通じて、自らの作品やビジネスの主導権を守り続けた。エルヴィス・プレスリーが「I Will Always Love You」の録音を希望した際、出版権の一部を譲るよう求められたため、パートンさんが許可を見送ったエピソードは特に有名だ。
後年、ホイットニー・ヒューストン版の大ヒットによって得た収益について、パートンは冗談交じりに「グレイスランドを買えるくらい稼いだ」と語っている。
ブロードウェイ版ミュージカルは予定通り上演へ
パートンの人生を題材にしたブロードウェイ・ミュージカルは、本人が共同脚本と主要プロデューサーを務め、パートンの遺志を受け、12月7日からニューヨークのセント・ジェームズ劇場で予定通りプレビュー公演を開始する。
葬儀は本人の希望により、近親者のみで小規模かつ非公開で執り行われる。遺族にはウィラディーンさん、コイさん、ロバート・ジュニアさん、ステラさん、キャシーさん、フリーダさん、レイチェルさんら兄弟姉妹がいる。カール・ディーンさんとの間に子どもはいなかった。
パートンの死去を受け、公式サイトでは世界中のファンや友人に向けて追悼のメッセージを寄せるよう呼びかけている。遺族は、パートンの遺志をたたえる寄付先として、彼女が設立した「イマジネーション・ライブラリー」への支援も案内している。
※本記事は英語の記事から抄訳・要約しました。
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