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トム・ハンクスが戦争の教訓を語る「これは過去ではなく現在の出来事」――戦後80年・大型ドキュメンタリー『第二次世界大戦全史』始動

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トム・ハンクス、ドキュメンタリー番組『第二次世界大戦全史 by トム・ハンクス』撮影現場にて
トム・ハンクス、ドキュメンタリー番組『第二次世界大戦全史 by トム・ハンクス』撮影現場にて 写真:A&E Television Networks LLC/Art Streiber
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ヒストリーチャンネルと国立第二次世界大戦博物館(ニューオーリンズ)が共同制作したドキュメンタリー番組『第二次世界大戦全史 by トム・ハンクス』は、全20話構成の大型シリーズだ。第二次世界大戦を扱ったドキュメンタリーシリーズとしては、ローレンス・オリヴィエがナレーションを担当した名作『ザ・ワールド・アット・ウォー』(1973年)以来の規模となる。

この番組ではその名の通り、ナレーターを務めるトム・ハンクスが圧倒的な存在感を放っている。69歳のハンクスは、これまで『プライベート・ライアン』(1998年)や『グレイハウンド』(2020年)といった戦争映画の名作に出演してきた。

さらに、自らプロデュースしたHBOの三部作『バンド・オブ・ブラザース』(2001年)、『ザ・パシフィック』(2010年)、『マスターズ・オブ・ザ・エアー』(2024年)を通じて、アメリカにおける第二次世界大戦の“語り部”の役割を務めてきた。

共同エグゼクティブプロデューサーを務めるのは、ピューリッツァー賞受賞歴を持ち、多くの大統領評伝で知られる歴史家ジョン・ミーチャムだ。本シリーズは、1939年9月のナチス・ドイツによるポーランド侵攻から、1945年9月の日本の降伏まで、第二次世界大戦の主要戦線を包括的に検証する。

2026年というタイミングも大きな意味を持つだろう。本シリーズでは、終戦後80年間で新たに明らかになった映像や証言を通して、より解像度の高い歴史をひもといていく。同時に、アメリカ主導による戦後の世界秩序が揺らぎ、歴史修正主義や極右思想が再び台頭しつつある今、本シリーズは戦争の教訓を改めて問い直している。

ハンクスとミーチャムは、米『ハリウッド・リポーター』のインタビューに応じ、自身と第二次世界大戦の関わりや、番組内で最も印象的だった映像、そしてアメリカと世界の“戦争との向き合い方”について語った。


トム・ハンクスが語る“戦争との接点”――第二次世界大戦が人生に与えた影響とは?

――お二人はどのように知り合ったのでしょうか?また、このプロジェクト以前に一緒に仕事をしたことはありましたか?

ジョン・ミーチャム、トム・ハンクス
ジョン・ミーチャム、トム・ハンクス 写真:A&E Television Networks; A&E Television Networks LLC/Art Streiber

ジョン・ミーチャム(以下、ミーチャム):共通の友人に俳優のティム・マグロウ夫妻がいて、ジョージ・H・W・ブッシュ元大統領が亡くなった直後に顔を合わせたのが最初でした。そのときは1時間ほど、お互いにマニアックなエピソードを披露し合ったんです。今回のシリーズはその延長線上にあります。

トム・ハンクス(以下、ハンクス):“マニアックなエピソード”の多くは、スタッズ・ターケルの著書『よい戦争』(1984年)から学んだものです。当時を生きた兵士たちの証言集で、私は高校を卒業した頃に読み、「もし自分が同じ状況にいたら何をしただろう」と真剣に考えました。ジョンは本当にそういう話に詳しいんです。

――トムさんは『プライベート・ライアン』や『プリティ・リーグ』(1992年)以前から、第二次世界大戦とその時代に強い関心を抱いていたようですね。その原点はどこにあるのでしょうか?

ハンクス:父が海軍に所属していたことが大きいですね。実戦経験はそれほど多くなかったそうですが、4年半~5年ほど人生を戦争に捧げていました。

私が10歳くらいの頃、父と一緒にスーパーマーケットに行った時、父がある男性に「ブライアン・ギャラガー?」と声をかけたんです。すると相手は「バッド・ハンクス?」と返しました。2人は、南太平洋で共に戦って以来の再会だったんです。

その2人がまるで暗号のような言葉で会話していることが、とても印象に残りました。その後も、退役軍人の方々から似たような話を何度も聞きました。「これは分かってほしい」と言いながらも、なかなか当時のことを語ろうとしないんです。恐らく、「自分は特別な人間ではなく、ただそこにいた一人だった」という感覚があるんだと思います。

――俳優としてもプロデューサーとしても、なぜこれほど繰り返し第二次世界大戦を追い続けているのでしょうか?

ハンクス:最近、自分でも「“詩、慰め、啓示”が交差するこの戦争に、なぜ私は惹かれ続けるのか」とよく考えるんです。そして気づいたのは、「これは過去ではなく、現在の出来事だから」ということでした。

1930年代の人々がどんな選択をしたかを振り返ることは、2026年を生きる私たち自身の選択を考えることでもあります。当時、人々は「戦争に関わるか、関わらないか」という決断を迫られました。その本質は、今も変わっていないと思います。

第二次世界大戦では、「自分たちの人種や宗教は、他者より優れている」と信じる勢力が存在していました。そうした思想は、現代にも確かに残っています。だからこそ、戦争の話は常に、私たち一人ひとりの選択に結びついているのです。

映像で戦争を描き続ける意味、それは“啓発”

――これほど悲惨な出来事を描きながら、多くの人に届く作品として成立させるために、どのようにバランスを取っているのでしょうか?

ミーチャム:「楽しむ」という言葉は少し違うかもしれませんが、古代ローマの詩人ホラティウスは、詩とは「喜びと教訓を与えるもの」だと言いました。ここで言う“喜び”とは、「日常から私たちを解放する」という意味です。

ですから、そうした作品に惹かれることに後ろめたさを感じる必要はないと思います。私自身、祖父たちが戦争を経験していたこともあり、幼い頃から戦争文学に触れてきました。ハーマン・ウォークの『戦争の嵐』(1971年)や『戦争と記憶』(1978年)は、今でも数年おきに読み返しています。

ハンクス:ウォークとは面識がありませんが、90代になっても執筆を続けていましたよね。幅広いジャンルで才能を発揮した作家です。

ミーチャム:ウォークは自身の作品を「歴史ロマンス」と呼んでいましたが、これは戦争文学や戦争芸術全般に通じる考え方だと思います。戦争は人類が経験した“極限のドラマ”ですが、単なる娯楽ではなく、私たちを啓発するものです。歴史の真の役割は、まさに“啓発”にあると思います。

硫黄島で星条旗を掲げるアメリカ兵たち=1945年2月23日
硫黄島で星条旗を掲げるアメリカ兵たち=1945年2月23日 写真:Circa Images/GHI/Universal History Archive/Universal Images Group/Getty Images

――トムさんは、そうした“戦争を描くこと”の意味についてどう考えていますか?

ハンクス:私たちが作ってきた作品が、戦争を美化しているとは思っていません。ただ率直に言えば、戦争には映像として強いインパクトがあります。『バンド・オブ・ブラザース』や『ザ・パシフィック』にも、兵士たちが仲間と焚き火を囲んだり、ココアを飲んだりする穏やかな場面があります。そうした瞬間だけ見れば、青春映画のように見えるかもしれません。

しかし、『バンド・オブ・ブラザーズ』に出演してくれた元兵士の一人は、「もし自分が19歳や20歳だったら、何をしただろうと考えてほしい」と語っていました。彼は「俺たちは先制攻撃をされた。ベトナム戦争や朝鮮戦争とは違う。最初から命を狙われていたから、自分にできることをやるしかなかった」と言ったんです。

戦争の教訓はどう生かされるか?ハンクスとミーチャムから見た“今のアメリカ”

――このシリーズはメモリアルデーに放送され、アメリカ建国250周年の節目とも重なります。民主主義がファシズムに打ち勝った戦争として語られる一方、アメリカの歴史には矛盾もあります。その点について葛藤はありますか?

ミーチャム:まず、「祝賀」と「追悼」は別物です。1941年12月7日にアメリカが攻撃され、さらに12月11日にヒトラーが宣戦布告した背景には、250年前から続くアメリカの理念がありました。独立宣言は、法の支配と個人の主権を掲げたものです。それは、「強者が弱者を支配する」という独裁的思想とは根本的に相容れないものでした。

現在、私はアイゼンハワーの評伝を執筆しています。その中で印象的だったのが、D-デイ(ノルマンディー上陸作戦決行の日)20周年にあたる1964年、アイゼンハワーがウォルター・クロンカイトと共にノルマンディーを訪れた場面です。

オマハ・ビーチ(同作戦で連合軍側に最大の死傷者を出した戦場)を見下ろす墓地で、アイゼンハワーはこう語ったそうです。「この人たちは、私たちが正しい未来を築くための時間を与えてくれたんだ」と。

D-デイ(1944年6月6日)のアメリカ兵たち、ノルマンディーのオマハ・ビーチにて
D-デイ(1944年6月6日)のアメリカ兵たち、ノルマンディーのオマハ・ビーチにて 写真:National Archives and Records Administration

――現在のアメリカが同じような状況に置かれた場合でも、反民主主義的な勢力に立ち向かう選択をすると思いますか?

ハンクス:現実的には五分五分だと思いますが、私は「はい」と答えたいです。アメリカには、リーダーを選ぶだけでなく、役割を果たせなかったリーダーを交代させる仕組みがあります。ただそのためには、第二次世界大戦の教訓を、現代の道徳や選択と結びつけて理解しておく必要があります。

また、今は歴史修正主義も広がっています。「ホロコーストは存在しなかった」と主張する人までいるんです。しかし、そうした言説が存在するのも、「報道の自由」や「集会の自由」があるからです。私は、それらの自由は最終的に、善のために活かされることの方が多いと信じています。

新映像が映し出す、第二次世界大戦の苛烈な真実

――では、今回のドキュメンタリーシリーズを通じて、新たに知ったことはありましたか?

ミーチャム:東部戦線の映像は、今回初めて観ました。1941年6月から終戦までにソ連がどれほど大規模な作戦を行い、そしてどれほど多くの犠牲を払ったかを改めて実感し、驚愕しました。もっと早く観ておくべきだったと思いました(※第二次世界大戦による米軍の死傷者は約40万人であるのに対し、ソ連では2,000万人以上が死亡し、うち約1,000万人が兵士と推定されている)。

――トムさんはいかがですか?

ハンクス:私はまだシリーズ全体を観ていないので収録時の印象になりますが、特に2つの点が印象に残っています。

1つは、日本海軍の圧倒的な戦力です。その規模と機動力によって、太平洋全域が一気に制圧されるのではないかという恐怖が、当時のアメリカ社会にはありました。真珠湾攻撃の後、多くの人が「シアトルもサンフランシスコもサンディエゴも攻撃されるかもしれない」と本気で考えていたんです。

もう1つはホロコーストです。このドキュメンタリーには、これまで目にしたことのない映像や、ホロコーストの全体像を捉えた映像も数多く含まれています。その時何が起きていたのかを、より直視することになりました。

アウシュヴィッツ強制収容所の門
アウシュヴィッツ強制収容所の門 写真:Boris Spremo/Toronto Star/Getty Images

――ジョンさん、欧米諸国はかなり早い段階から強制収容所の存在を把握していたにもかかわらず、十分な行動を取らなかったと批判されています。これについてどう考えますか?

ミーチャム:「知っていた」と言っても、その認識には段階があります。1942年の時点で、ウィンストン・チャーチル元英首相とフランクリン・D・ルーズベルト元米大統領が、ドイツに対して警告声明を出していたことは事実です。当時の新聞にも関連記事が掲載されていました。広島県のホロコースト記念館には、数々の資料が残されています。

アメリカの難民政策については課題もありましたし、もっと多くの人を救出できたのではないかという思いもあります。ただ、当時の軍部には、「ユダヤ人も含めた最も多くの命を救うためには、ドイツを打倒することだ」という強い考えがありました。

この問題が現在でも重視されているのは、「どれほど偉大な指導者でも誤ちを犯す可能性がある」という事実を、私たちに思い出させてくれるからです。そして現代においても、自分たちがどんな過ちを犯しているか、常に警戒する必要があるのだと思います。

ハンクス:この歴史から学ぶべきなのは、「今、もし自分たちが同じ状況に置かれたら、どう行動するのか」という問いだと思います。

――このドキュメンタリーは、トムさんにとって第二次世界大戦についての結論になるのでしょうか?

ハンクス:そんなことはありません。本を一冊読むたびに、「これは映画化できる」「テレビシリーズにできる」と考えています。


『第二次世界大戦全史 by トム・ハンクス』は、ヒストリーチャンネルで5月31日(日)より本放送が開始され、毎週日曜に最新エピソードが放送される。

※本記事は英語の記事から抄訳・要約しました。

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