なぜ「悪のAI」はもう怖くないのか ── 『トロン:アレス』ほか最新作に見る、ハリウッドが失った恐怖の背景とは

『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング』、『M3GAN/ミーガン 2.0』、『トロン:アレス』は、いずれも「悪のAI」をテーマにしたハリウッドの大作だ。だが、そのどれもが興行的に成功しなかった。現実ではAIの危険性がこれまでになく深刻に語られているというのに、映画の中の“AIの脅威”には観客が反応しなくなっているのだ。
▼専門家は警告するが、観客は動かず
『トロン:アレス』では、ジャレッド・レト演じる究極のAI兵士が「私の世界が来る。お前たちの世界を破壊するだろう」と警告する。同作は悪のAIに支配されたデジタル世界が、現実を乗っ取ろうとする物語だ。
この設定は、AI研究者たちが発表したマニフェスト「AI 2027」と重なる部分がある。その文書では「AIは10年以内に人類を滅ぼす可能性がある」と警告され、マサチューセッツ工科大学のマックス・テグマーク教授は「われわれは制御を失うまで、あと2年しかない」とまで述べていた。Googleの元CEOであるエリック・シュミットも今月初め、AIモデルがハッキングされて殺人を含む有害な目的に利用される可能性を指摘している。
しかし、おそらく多くの人はこうした警告を読んでもいないし、『トロン:アレス』も観ていないだろう。実際、同作の公開初週の興行成績は低調だった。世界征服をもくろむAIを描いた『M3GAN/ミーガン 2.0』や、AIが核戦争を引き起こそうとする『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング』も観客動員に苦戦した。
もちろん、これらの作品が苦戦した理由は「悪のAI」を題材にしたからだけではない。とはいえ、「悪のAI」というモチーフがいまや時代遅れに感じられるのは確かだ。そしてそれが、現実のAIがかつてない脅威として語られるこのタイミングで起きているというのが、なんとも皮肉である。
▼「悪のAI」は何十年も描かれてきた
観客がうんざりするのも無理はない。「悪のAI」は、すでに何十年も前から映画の定番だった。
1968年、スタンリー・キューブリックは『2001年宇宙の旅』で、無機質な赤い目と不気味なほど冷静な声を持つAI「HAL 9000」を登場させた。リドリー・スコットは『エイリアン』と『ブレードランナー』でこの概念を深化させ、アレックス・ガーランドは『エクス・マキナ』で現代的な恐怖へとアップデートした。
▼ChatGPTが変えたAIへの見方
決定的だったのが、ChatGPTの登場だ。AIは文字通り「チャット」に加わり、あらゆる場面で役に立つ身近な存在になった。
現在、アメリカ人の多くがAI技術に不安を抱いており、専門家たちはAIを「人類滅亡の可能性を秘めた存在」として警鐘を鳴らしている。それでも同時に、AIは「ビーチ旅行の計画」や「おすすめの韓国スキンケア」を提案してくれる便利なツールでもある。恋人に別れを告げるメッセージがきつすぎないか確認してくれる存在を、本気で恐れるのはなかなか難しい。
言い換えれば、AIは「実際に使っていなかったころ」の方が、よほど恐ろしかったのだ。『ミッション:インポッシブル』で「エンティティ(AI)は自我を持ち、われわれには止める術がない」と登場人物が真顔で語っても、観客の多くは「まあAIが世界を壊すかもしれないけど、うちの犬がくしゃみしすぎかどうかも教えてくれるし」と受け流してしまう。
▼AIをキャラクターとして描く難しさ
そもそも、AIを映画の中でどう表現するかは難しい課題だ。物語にはキャラクターが必要だが、AIを新鮮なキャラクターに仕立てるにはどうすればいいのか。
『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング』のように不気味なスクリーンセーバーとして描くか、『M3GAN/ミーガン 2.0』や『トロン:アレス』のように殺人ロボットにするか。人格や目的を持つAIを悪役として描いても、どうしてもありきたりだったり、少し滑稽に見えてしまう。AIは実体のない存在であるため、脚本家がドラマチックに描くには限界があるのだ。
それに比べれば、核兵器のような実体的な脅威を描く方がはるかに容易で、今なお強い力を持っている。ハリウッドは、過去80年にわたって核の恐怖を忘れさせない役割を果たしてきた。ジェームズ・キャメロンは複数の大作で核の脅威を物語に組み込み、HBOドラマ『チェルノブイリ ーCHERNOBYLー』は放射能の恐怖を改めて観客に刻みつけた。Netflixの新作映画『ハウス・オブ・ダイナマイト』も同様の警告譚となっている。
核兵器は派手な見せ場を作れる上に、税金申告を手伝ったり投資助言をしたりはしない。明確に「敵」として描けるのだ。
だがAIの場合、ハリウッドが私たちに警鐘を鳴らそうとしても、あるいは単に「便利で無難なスーパーヴィラン」として利用しようとしても、そのどちらも響かなくなっている。AIがあまりにも日常に溶け込んだ今では、トム・クルーズがAIの危険性を真剣に警告しても、まるで「ルンバ(掃除ロボット)に気をつけろ」と言っているようにしか感じられないのだ。
※本記事は英語の記事から抄訳・要約しました。編集/和田 萌
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