ホーム » MOVIES » スピルバーグ、かつて『007』監督を志願し拒絶されていた

巨匠スピルバーグ、『007』監督を3度志願して断られた過去を告白!「今なら僕を雇えないよ」と皮肉も

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巨匠スピルバーグ、『007』監督を3度志願して断られた驚きの過去を告白
スティーヴン・スピルバーグ 写真:Michael Loccisano/Getty Images
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映画界の巨匠スティーヴン・スピルバーグが、過去に『007』シリーズの監督を熱望しながらも、プロデューサーから複数回にわたりオファーを断られていた事実を明かした。

▼スピルバーグが『007』の監督を志願した過去と拒絶の真相

スティーヴン・スピルバーグ 写真:PRESLEY ANN/GETTY IMAGES
スティーヴン・スピルバーグ 写真:PRESLEY ANN/GETTY IMAGES

ポッドキャスト番組『The Rest Is Entertainment』に出演したスピルバーグは、「ボンド映画の監督としてオファーされなかったことへの未練はあるね」と告白。1962年の第1作『007/ドクター・ノオ』を観て以来、ボンド映画の監督を務めることが夢だったというスピルバーグは、シリーズの名プロデューサー、アルバート・“カビー”・ブロッコリに直接電話をかけた。

「カビーに電話して、自分から売り込んだんだ。『もし監督を探しているなら、ぜひ僕に撮らせてほしい』ってね。そしたら彼は『ノー』と言って、それでおしまいさ」と、スピルバーグは当時のあっけない幕切れを振り返る。しかし、巨匠の情熱はこれだけでは終わらなかった。

【動画】007を撮りたかったスピルバーグ、直談判するも撃沈した舞台裏

Steven Spielberg Answers YOUR Questions

その後、1977年に『未知との遭遇』を成功させた際にも再びチャンスが訪れた。ブロッコリ側から、1979年公開の『007/ムーンレイカー』の劇中で、『未知との遭遇』を象徴する「5つの音符」のメロディを使用したいと打診があったのだ。スピルバーグはこれを好機と捉え、大胆な交渉に打って出た。

「僕は『取引しよう。ボンド映画を監督させてくれるなら、5つの音符を使っていいよ』と言ったんだ。だけど彼の答えはまたしても『ノー』だった。結局、音符はそのまま使わせてあげたけどね。彼らは一貫して僕を拒絶し続けた。なぜ僕をボンド・ファミリーに入れてくれないのか、理由はついに説明してくれなかったよ」

▼ボンド映画への落選が名作シリーズ誕生のきっかけに

(左から)ケイト・キャプショー、スティーヴン・スピルバーグ、ジョージ・ルーカス、ハリソン・フォード 写真:Photofest
(左から)ケイト・キャプショー、スティーヴン・スピルバーグ、ジョージ・ルーカス、ハリソン・フォード 写真:Photofest

しかし、このボンド映画における挫折が、映画史に残るもう一つの伝説的シリーズを生み出すきっかけとなる。1977年、ハワイで友人ジョージ・ルーカスと過ごしていたスピルバーグは、ブロッコリに断られたエピソードを打ち明けた。するとルーカスは「ボンドよりいい企画がある。インディ・スミスというんだ」と、当時まだ仮タイトルだった新作のプロットを披露したという。

この対話が運命の分かれ道となり、スピルバーグは1981年の『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』から計4本の『インディ・ジョーンズ』シリーズを監督することとなった。ボンドへの落選がなければ、あの考古学アクションの傑作は生まれなかったかもしれない。

時は流れ、現代の映画界において確固たる地位を築いたスピルバーグ。もし今、ボンド映画の監督オファーが届いたらどう答えるかと尋ねられると、巨匠は「今の僕の答えはこうさ。『君たちには、僕を雇うだけのお金がないよ』ってね」とユーモアを交えて断言した。

※本記事は英語の記事から抄訳・要約しました。編集/和田 萌

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