【訃報】アン・ブライス死去 『ミルドレッド・ピアース』でブレイクしたハリウッド黄金期の女優、98歳
1945年公開の名作メロドラマ『ミルドレッド・ピアース』で、ジョーン・クロフォード演じる主人公の娘ヴェーダ役を務め、アカデミー助演女優賞にノミネートされた俳優・歌手のアン・ブライスが死去した。98歳だった。米ABC系列局KABCのジョージ・ペナッキオ記者によると、死因は老衰による自然死だという。
小柄な体格と澄んだ歌声で知られたブライスは、1940年代から50年代にかけてハリウッドで活躍。映画、ミュージカル、テレビと幅広い分野で存在感を示し、長年にわたり愛され続けた。
アン・ブライス死去、『ミルドレッド・ピアース』で一躍注目を集める
1927年8月16日、ニューヨーク州マウント・キスコに生まれたアン・ブライス(本名アン・マリー・ブライス)は、幼少期からラジオ番組で歌唱や朗読を披露。13歳でブロードウェイ舞台『ウォッチ・オン・ザ・ライン(Watch on the Rhine)』に出演し、若くして演技のキャリアをスタートさせた。
1943年にユニバーサルと契約後、『チップ・オフ・ジ・オールド・ブロック(原題:Chip Off the Old Block)』や『ベイブス・オン・スウィング・ストリート(原題:Babes on Swing Street)』などのミュージカル映画で頭角を現す。そして16歳のとき、数百人の候補者の中から『ミルドレッド・ピアース』のヴェーダ役に抜擢された。
当時、MGMを離れ再起を図っていたジョーン・クロフォードは、自らブライスとのスクリーンテストに参加。後年、ブライスは米『ハリウッド・リポーター』のインタビューで、「ジョーン・クロフォードがテストに付き合ってくれたことが、すべてを変えた」と振り返っている。
映画は大成功を収め、クロフォードはアカデミー主演女優賞を受賞。ブライスも助演女優賞にノミネートされ、一躍注目の若手俳優となった。
ミュージカル映画でも活躍
オペラ・ソプラノ歌手としての才能も持っていたブライスは、『歌劇王カルーソ』(1951年)でマリオ・ランザ演じるエンリコ・カルーソーの妻を演じ、「The Loveliest Night of the Year」を披露。同作をはじめ、『ローズ・マリー』(1954年)、『皇太子の初恋』(1954年)など、MGMのミュージカル作品で活躍した。
また、『真昼の暴動』(1947年)ではバート・ランカスターの妻役、『彼と人魚』(1948年)ではウィリアム・パウエルと共演するなど、ジャンルを問わず幅広い役柄を演じた。
大事故を乗り越え、キャリアを継続
『ミルドレッド・ピアース』の撮影終了からわずか5日後、ブライスはカリフォルニア州レイク・アローヘッド近郊でそり遊び中に事故に遭い、背骨を骨折する重傷を負った。
その後、約7カ月間ギプス生活を送り、さらに数カ月間は車椅子での生活を余儀なくされた。しかし、1946年のアカデミー賞授賞式には特別にデザインされたドレスを着用して出席。逆境を乗り越え、俳優としての活動を続けた。
その後も『成吉思汗』(1951年)、『零号作戦』(1952年)など数々の作品に出演した。
映画界引退後も舞台とテレビで活動
1957年の『追憶』を最後に映画界から退いたブライスは、その後、ラスベガスでのナイトクラブ公演や地方劇場の舞台に出演。テレビでも『トワイライト・ゾーン』、『Dr.刑事クインシー』、『ジェシカおばさんの事件簿』など人気シリーズに出演した。
1970年代には、ホステス社のスナック菓子CMに出演し、新たな世代の視聴者にも親しまれた。
私生活では1953年に産婦人科医ジェームズ・マクナルティ氏と結婚。5人の子どもを育て、2007年に夫が89歳で死去するまで、半世紀以上にわたって連れ添った。
アン・ブライスは、黄金期ハリウッドを支えた最後のスターのひとりとして、その功績とともに記憶され続けるだろう。
※本記事は英語の記事から抄訳・要約しました。
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