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深田晃司監督、カンヌの舞台へ!新作『ナギダイアリー』が描く、最も静かな悲劇とは「映画に悪役はいらない」

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深田晃司監督、カンヌの舞台へ!新作『ナギダイアリー』が描く、最も静かな悲劇とは「映画に悪役はいらない」
深田晃司監督 写真:THR
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2022年、弱冠42歳で東京国際映画祭黒澤明賞に輝いた深田晃司。スピルバーグら巨匠と肩を並べた気鋭監督が今年、最新作『ナギダイアリー』を携え、ついにカンヌ国際映画祭メインコンペティションの舞台に立つ。是枝裕和濱口竜介とともに日本人監督3名がパルムドールを競うのは、実に25年ぶりの快挙だ。

深田晃司監督は、新作『ナギダイアリー』において、石橋静河と松たか子が演じるふたりの女性の再会を通じ、何を描こうとしたのか。プレミア上映を目前に控えた監督を直撃し、創作の原点と「悪役を必要としない」映画哲学などについて、話を聞いた。

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▼深田晃司が新作『ナギダイアリー』で挑む、「物語を彫刻する」ような創作術

――2015年の『さようなら』に続き、劇作家・平田オリザの作品を再び映画化されました。今回はどのような経緯で共同作業が実現したのでしょうか?

今回は、平田さんの方から声をかけていただきました。彼の戯曲『東京ノート』は全編が美術館の中を舞台にしているのですが、「ナギ」という町(岡山県奈義町)にとてもすばらしい美術館があるから、その戯曲を東京ではなく地方の美術館を舞台に映画化できないかと提案してくれたんです。面白そうだと思い、2017年に「ナギ」を訪れたのが始まりでした。新幹線で東京から約6時間の場所です。

実際に美術館を見て、すばらしい建物と充実した芸術施設に感銘を受けました。まさに絶好の舞台です。ただ同時に、「ナギ」という町そのものが非常にユニークで魅力的な場所だとも感じて、美術館の中だけで物語を完結させてしまうのはもったいないと思い始めたんです。それで元の戯曲から離れ、「ナギ」という町全体を舞台にした物語を作り始めました。それが『ナギダイアリー』になりました。

――原作戯曲の要素はどの程度残っているのでしょうか?

基本的に、『ナギダイアリー』の物語は新しいオリジナルの話です。ただ、私が平田さんの戯曲をとても好きなので、いくつかの要素は直接インスパイアされています。『東京ノート』は、年に一度、東京の美術館で顔を合わせるきょうだいの物語です。長女は東京を離れ、地方で両親の面倒を見ている。きょうだいたちは東京で都会的な生活を送っている。その戯曲は、彼らが東京で集まるある一日の物語です。長女はきょうだいのうち一人の妻——つまり義姉妹——と親しくしていますが、物語が進むうちに、その兄が離婚しようとしていることが明らかになります。

日本ではそうなると、もう正式な親族ではなくなるため、ふたりが二度と会わなくなってしまうことが多い。毎年美術館で集まるという習慣が終わってしまうと気づく結末は、とても悲しいものです。そこから新しい物語を考え始めたとき、「もしふたりの女性が慣習を気にせず、連絡を取り続け、会い続けたらどうなるか」と考えたんです。それが『ナギダイアリー』の出発点になりました。

――その後、「ナギ」でアーティスト・イン・レジデンスとして長期滞在されたそうですね。どのような印象を持ちましたか?また、それがどのように物語に影響しましたか?

約10か月間滞在して、地元の人々と話しながら物語をほぼゼロから構築していきました。非常に面白い場所でした。美術館は現代的でユニークなデザインで、それが田園風景の真ん中にドンと置かれている。その非日常的な光景がとても印象的でした。

美術館はもうすぐ30年になりますが、「ナギ」の人々に影響を与えています。皆、美術館をとても誇りに思っていて、文化や芸術への意識がとても高い。そしてもちろん、映画の中でも描かれているように、大きな自衛隊の基地も存在します。これが町の性格の対照的な側面です。なぜこんな場所に基地があるのかと考えさせられ、東京とこの地方の関係についても思いをめぐらせました。

――映画には二種類の芸術家像が描かれています。一方は、純粋に創作に向き合う孤独な彫刻家・寄子。もう一方の建築家・友梨は都会で成功しているものの、妥協を感じており、著名な建築家のスタイルを模倣することも多いと告白します。この対比に興味を持ったきっかけと、そこに至った経緯を教えてください。

面白いことに、建築家と彫刻家というアイデアはかなり早い段階で浮かんだんです。最初は直感だったのですが、「ナギ」という場所を知るにつれて、このふたりの人物と彼女たちの仕事が舞台にぴったりはまっていきました。他の国での状況はわかりませんが、東京では木彫りという工芸を続けることはほぼ不可能です。小さな家やアパートでそういった作業をするためのスペースはほとんどなく、騒音で近所から苦情が来ます。質の良い木材も非常に高価です。でも「ナギ」なら空間はいくらでもあるし、周囲の森を探せば美しい木材が安く、あるいは無料で手に入る。

建築はその逆です。ひとりでは決して実現できない芸術です。どれだけ建築が好きでも、純粋に自分だけの力でやり遂げることはできない。映画制作も建築と同じです。このふたりを選んだのは、友梨に共感しながらも、寄子のような生き方への憧れがあったからだと思います——“純粋で孤独な芸術家としての生活がどれほど魅力的か”と思いを馳せました。

▼「孤独」という普遍的な悲劇――宮崎駿やエリック・ロメールに通ずる映画哲学

『ナギダイアリー』より
『ナギダイアリー』より 写真:COURTESY OF CANNES FILM FESTIVAL

――過去の監督作を知っているだけに、『ナギダイアリー』の冒頭で少し身構えてしまいました。『淵に立つ』や『LOVE LIFE』を思い返し、かわいらしい子どもたちや主要登場人物に何か恐ろしいことが起きるのではないかと。ただすぐに、本作はもっと穏やかで繊細な映画だとわかりました。最初からその方向性を意図していたのでしょうか?

今回は最初から、悲劇的なものは作りたくないと決めていました。理由はいくつかあります。一つは、日本では都市から地方の生活を見る視線がかなりネガティブになりがちで——閉鎖的だとか、時代遅れだとか、何かうすら寒いものがあるとか——そういう方向には行きたくなかったんです。

もう一つの理由は、子どもの失踪や残酷な暴力だけが人生における悲劇ではないということです。私にとって、もっと普遍的な悲劇がある。それは「孤独」という悲劇で、誰もが抱えているものです。映画の中で友梨は離婚し、仕事にも行き詰まり——そして今、その孤独と正面から向き合わなければならなくなっている。それが今のところ、彼女の人生最大の悲劇です。一方寄子は、広大な空き地に囲まれた場所でたったひとりで働いている。だからこそ彼女は孤独を受け入れている。友梨が寄子の生き方に惹かれるのは、そこだと思います。この対比を描きたかったんです。

――映画の中に「悪い人」がいないことも印象的でした。そのトーンで描くのはどのような感覚でしたか?

特に難しいとは感じませんでした。人間はすべて相対的なものだと思っています。善い人物も悪い人物もない。ある状況の中で、善く見えたり悪く見えたりするだけです。今回は単純に、誰かが悪く見える場面がなかった、ということです。

好きな映画監督としてエリック・ロメールの名前をよく挙げます。彼の映画には悪役がいないのに、物語がとても豊かに機能している。宮崎駿さんも私のヒーローで、子どもの頃から世界の見方を形づくってくれた存在です。1980年代、彼は映画に悪役を出さなくなりました。『天空の城ラピュタ』(1986)以降の作品には、悪い人が登場しません。

――映画には純粋な恋愛も描かれています。中心にいるのは、自分自身のアイデンティティと初恋を発見しつつある、ふたりの少年たちです。その無垢な愛が、ふたりの女性が自分自身の過去の感情を映し出し問い直すための鏡のような役割を果たしています。とてもエレガントだと思いました。

ありがとうございます。映画を作るとき、最初からすべてが揃っているわけではありません。今回は、地方の町にひとりで暮らして働く女性というアイデアはあったのですが、なぜ彼女がひとりなのかはわからなかった。そこで、寄子はもしかしたら性的少数者なのかもしれないと思い至りました。「ナギ」での滞在中、さまざまな人々と話し、多くのことを学び、興味深い発見もしました。でもそこで気づいたのは、性的少数者の人々と出会えていないということでした。統計的に考えれば、「ナギ」にもゲイやレズビアンの人はいるはずです。ただ、みんな隠れていた。だから、その「見えないもの」に目を向けようと決めました。

そこからつながっていきました。なぜ彼女はひとりなのか。好きだった人がいたけれど、ついに打ち明けられなかったのかもしれない。そして今、自分のアイデンティティを探りながら初恋を経験している少年たちと出会い、自分自身の夢と後悔を振り返りながら、どう応えるかを考えているのかもしれない。

一方友梨は、離婚を経て結婚に懐疑的になり、少年たちに自然と「焦らなくていい、じっくりと自分自身が何者で、何を求めているのかを知っていけばいい」と伝える。人はそうするものですよね。人生の辛い経験から何かを学んで、誰かに相談されると、自分が最も後悔している瞬間から引き出してしまう。こうしたアイデアと結びつきが、寄子が彫刻で粘土を少しずつ盛って、また削って、また新しいものを加えていくように、少しずつ積み重なっていきました。物語を彫刻するような作業ですね。そういう意味では、常に制作過程にあるのです。

――映画はとても曖昧な終わり方をしますが、監督なりの答えをお持ちですか?

友梨の未来は決まっていません。私にとって映画で最も大切なことは、空白を作ること——観客が自分自身で埋めることのできる余白を残すことです。自分の考えやメッセージを観客に押しつけたくない。友梨と寄子に何が起きるのか、観客が想像できる余地を残しました。それが映画をプロパガンダにしないための、私が知る最善の方法です。友梨の未来は、私たち全員の未来と同じように、白紙のままです。ただ、あの彫刻がどんな作品に仕上がるのか——それだけはぜひ見てみたいと思っています。

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映画『ナギダイアリー』は、2026年9月25日公開。

※本記事は英語の記事から抄訳・要約しました。編集/和田 萌

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