【インタビュー】『アン・リー/はじまりの物語』撮影監督ウィリアム・レクサーが語る、フィルム撮影への情熱と静かな眼差し「観客を別の世界へと誘ってくれる」
アマンダ・セイフライド主演映画『アン・リー/はじまりの物語』が、6月5日に劇場公開される。
本作は、18世紀に性別や人種の平等を説き、ユートピアを求めアメリカへと渡った実在の宗教指導者アン・リーを描いた歴史劇だ。ミュージカル的な演出を大胆に取り入れ、彼女が抱いた喪失や葛藤を鮮烈に描き出している。
製作にはアカデミー賞受賞作『ブルータリスト』の主要メンバーが再結集した。
18世紀のイギリス、貧しい鍛治職人の家に生まれたアンは信仰心の厚い女性として育つ。4人の子供を授かるも、全てを幼くして失うという悲痛な体験の中、自らが“キリストの女性の姿の生まれ変わり”である、確信的な啓示を得る。彼女の性別、人種の平等を説く生き方は多くの人々を惹きつけていくのだったが、反感や警戒を感じる勢力から苛烈な迫害を受けていく。
「フィルムには人を催眠にかけるような不思議な力がある」。そう語るのは、本作で撮影監督を務めたウィリアム・レクサー。
彼が本作で目指したのは、アン・リーが生きた18世紀へと誘い、ダンス・シークエンスや物語の内部へと深く没入させる映像体験だ。
この度、ハリウッド・リポーター・ジャパンは、撮影監督ウィリアム・レクサーへの単独取材を実施。
デジタル全盛の時代にあえてフィルムを選んだ理由、バロック絵画に影響を受けた光と影の演出術、そしてアン・リーの物語が現代に投げかける切実な問いについて、じっくりと語ってくれた。
フィルムが映し出す18世紀の記憶「観客を別の世界へ誘う」
——本作の撮影監督として参加した経緯を教えていただけますか。
モナ・ファストヴォールド監督と共同脚本のブラディ・コーベットとは、Apple TVのドラマシリーズで仕事をしたときから、創作に対する感性やスタンスにおいて響き合うものがありました。
その後も、モナとは別のテレビ作品、ブラディとはミュージックビデオで継続的に仕事をして関係性を深めていたんです。その間にモナは、本作の構想を私に語り続けてくれました。そこから一緒にリサーチを重ねるようになり、自然な流れで企画がスタートしたのです。

——デジタル全盛の時代に、本作をフィルムで撮影した理由にはどのような質感を表現したいという思いがあったのでしょうか。
モナとは以前から、お互いの映画やフィルムに対する特別な愛情を共有していて、影響を受けた作品について語り合うことがよくありました。今回リサーチをする中で、観客を別の世界へ“誘う”ような作品を目指したいという思いが強くなったのです。その感覚を表現できる方法がフィルム撮影です。私が若い頃に感じていた、観る人を異世界へと引き込んでいくあの感覚です。
もちろんデジタルでのテスト撮影も行いましたが、従来のデジタルと比べると、フィルム映像は観客が前のめりになって深く没入していく。やはり1秒24コマのフィルムには、人を催眠にかけるような不思議な力がありますね。質感に関しても、まるで18世紀にいるような体感を呼び起こしてくれるのです。

視覚表現において参考にしたのは、往年の映画とネオリアリズム作品です。それから、カラヴァッジョをはじめとするバロック絵画からも深いインスピレーションをもらいました。
キャリアをスタートして20年近く経ちますが、デジタルとフィルムでは、撮影のアプローチ方法も現場の空気感も驚くほど異なります。フィルム撮影の現場では、いま目の前で起きている事象に対して、宗教的とも言えるような畏敬の念が自然と生まれるのです。
今回キャストやスタッフ全員が、アン・リーの物語と真摯に向き合ってくれました。フィルムをまわす一瞬一瞬にコストがかかるという制約が、現場に心地良い緊張感を生み出してくれます。その日に上がった映像を、全員で夜に観る時間も設けたんですよ。
こうした作品への敬意や緊張感、みんなで映像を観る儀式のような時間も含めて、アン・リーの物語をどう紡いでいくかという核となる部分に大きな影響を与えたと感じています。

「バロック絵画に生命を宿す」こだわり抜いた演出術
——カラバッジョをはじめとするバロック絵画を参考にされたそうですね。マンチェスター時代のシーンでは、まるで絵画が動き出したようで、構図や光の使い方がとても美しかったです。バロック絵画、とくにカラバッチョに象徴される光と影を映像に映し出す上で、どのような工夫をされたのでしょうか。
細部に込めた意図に気付いていただけて嬉しいです。実は徹底的にこだわって制作したシーンでした。モナとは制作初期から「モダンなバロック」をコンセプトに掲げ、古い絵画に生命を宿すにはどうすべきかについて話し合ってきました。
照明についても、ろうそくの灯りや窓から差し込む光など自然光を主軸にしました。映画で使われる従来の照明ではなく、自然に生まれる光源を活かしたのです。
特に意識したのは、「どのタイミングで観客に何を見せて何を隠すか」という演出です。なかでも光に向かって登場人物が歩いていく一連のシークエンスは、本作においても象徴的な場面のため、その瞬間をどのタイミングで切り取るか細心の注意を払いました。

計算し尽くした演出だと思われるかもしれませんが、過剰に演出することは避けたかったので、自然な世界観であることを優先にしています。ナチュラリズムの追求では、光源を自然光にこだわること。そしてバロック的な表現として不可欠だったのが、先ほどおっしゃっていただいた“闇とのコントラスト”です。
この光と影の対比を完璧に捉えるために、10種類ものレンズを徹底的にテストしました。美しいボケ感を維持しながら、ろうそくの繊細なゆらぎまで捉えられるレンズを求め、妥協のないテストを繰り返した結果、たどり着いたのがSIGMAのレンズです。
▼撮影監督ウィリアム・レクサーが語る【こだわりのフィルム撮影】特別映像
カメラが担う「信者」としての眼差し
——「Worship」のダンス・シークエンスは、観客も一緒に踊ってるような一体感がありました。どのようなカメラワークで臨場感を表現したのでしょうか。
「Worship」はかなりこだわったダンス・シークエンスなので、こちらの意図が伝わって嬉しいです。振付師のセリアとモナと共有していたヴィジョンは、序盤は観客がダンスに対して心の距離感を保ち、観察しているような感覚を持ってもらうことでした。そしてダンスが進むにつれ、次第にアンという人物に感情的なつながりを見つけ作品の世界へと誘われていく。終盤になると、ダンス・シークエンスの中心に存在しているような一体感を目指しました。

カメラワークの設計で指針にしたのは、「カメラは手持ちで撮影して、シーンの参加者になるべきだ」というセリアの考えです。カメラワークもダンス・シークエンスの一部だと位置づけました。そこでニューヨークのダンスリハーサルには私も同行したのです。
まずキャストたちがどう動くのかを把握し、それからカメラがダンスの内側へと入っていきます。直感力に優れたカメラオペレーターのサム・エリソンが撮影を担当しました。本作でのカメラの役割は「信者」としての眼差しです。カメラが登場人物の一人となることで、観客がダンス・シークエンスの中心へと誘われていくのです。
——アン・リーの出産と悲劇を描いたシークエンスでは、表情や手のクローズアップが多かったですね。現場の雰囲気作りや演出で工夫したことはありますか。
出産のシークエンスでは、私が手持ちカメラで全編を撮影しました。2人の子どもの自宅出産をサポートした経験を持つ私にとって、このシークエンスは特別なものでした。
アン・リーを演じたアマンダやモナと確認したことは、観客との親密さの構築です。カメラがシーンへと深く潜り込み、神秘的な美しさや混沌すらも体験してもらう。観客がアンの喜びや痛みを自分のことのように感じるからこそ、彼女が経験する深い喪失に共鳴していくのです。

この鮮烈な感情のうねりの源泉にあるのは、アマンダが体現した繊細な手の動きや顔の表情です。綿密に計画した演出ではなく、アマンダがその瞬間に抱いた感情の機微に、親密な距離感で寄り添いながら手持ちカメラで追いかけていきました。
アマンダとモナとは以前も一緒に仕事をしたことがあるので、すでに信頼関係が築かれていました。この基盤があったからこそ、アマンダの表情や仕草から感情が溢れるその一瞬を見極め、カメラで捉えることに徹したのです。
「分断ではなく対話を始めるきっかけにしてほしい」
——撮影監督としてアン・リーの物語からどのような余韻やメッセージを持ち返ってほしいですか。
個人的には、モナと仕事ができたことは私にとって特別な経験になりました。キャリアのハイライトとも言える素晴らしい機会です。また一緒に仕事ができることを心から願っています。

ニューヨークの試写の際に、本作を通して「他者とどう向き合い接するべきか」という問いと観客が向き合っている姿を見て、深く感銘を受けました。移民の歴史を持つアメリカでは、今まさに「他者を受け入れるのか、あるいは遠ざけるのか」という問題が大きな議論になっています。
残念ながら、アンが置かれていた状況と現代社会が抱える葛藤が重なります。本作の根底には、「互いを尊重し共生するのか、それとも排除するのか」というテーマが流れていると感じています。「他者とどう向き合うか」という課題は、アメリカだけの問題ではなく、世界中が直面している切実な課題なのかもしれません。
アン・リーという一人の女性が、簡素で機能的なライフスタイルを生み、18世紀に性別や人種の平等を説いていました。彼女の生き様を通して、分断ではなく対話を始めるきっかけになったら嬉しいですね。
【作品情報】
『アン・リー/はじまりの物語』
6月5日(金)公開
- 邦題:『アン・リー/はじまりの物語』
- 原題:The Testament of Ann Lee
- 監督/脚本/製作: モナ・ファストヴォールド
- 脚本/製作: ブラディ・コーベット
- 音楽: ダニエル・ブルームバーグ
- 出演: アマンダ・サイフリッド、ルイス・プルマン、トーマシン・マッケンジー ほか
- 配給: サーチライト・ピクチャーズ
- 公式サイト:https://www.searchlightpictures.jp/movies/annlee
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