『隣人たち』ブノワ・ドゥローム監督にインタビュー「母性本能は人をどこまで突き動かすのか」完璧な日常に隠された嫉妬や疑念を描く
美しく着飾り、愛する息子と夫に囲まれ、誰もがうらやむ完璧な日常を送る。『隣人たち』で主人公が生きる1960年代の世界は近寄りがたいほど優美だ。しかしその美しさの裏には不安や嫉妬、狂気が渦巻いている。
アン・ハサウェイとジェシカ・チャステイン主演映画『隣人たち』が7月24日(金)より劇場公開される。ある事故をきっかけに疑念と妄想にのみ込まれていく隣人同士を描いたサイコ・スリラー。
本作は“ベルギーのアカデミー賞”マグリット賞で史上最多9部門を受賞した、オリビエ・マッセ=ドゥパス監督『母親たち』(2018)のリメイク作品だ。
1960年代アメリカ、大都市郊外の隣同士の家に住む親友のセリーヌ(演:アン・ハサウェイ)とアリス(演:ジェシカ・チャステイン)。お互い裕福な家庭で同い年の一人息子を持つふたりは、完璧で幸せな生活を送っていた。しかしある日、セリーヌの息子が不幸な事故に遭ったことで関係性は一変。喪失感に苦しむセリーヌは、次第にアリスの息子・テオに心を通わせるようになっていく。その様子に疑念を持ち始めるアリス。彼女は私の家族を奪おうとしているのか?それともただの思い違いか。徐々にアリスの行動はエスカレートしていき、やがてふたりは狂気と妄想の渦に飲み込まれていく。
狂気、疑念、妄想が渦巻く世界を描いたのは、撮影監督として『青いパパイヤの香り』(1993)や『博士と彼女のセオリー』(2014)などを手がけてきたブノワ・ドゥロームだ。本作で長編監督デビューを果たし、撮影監督も務めている。
ハリウッド・リポーター・ジャパンは、ブノワ・ドゥローム監督にインタビューを実施した。
アン・ハサウェイとジェシカ・チャステインとの制作秘話、舞台となる1960年代の美学、そして本作が描く母性本能について話を聞いた。

アン・ハサウェイとジェシカ・チャステインの信頼が支えた監督デビュー
――これまで数々の作品で撮影監督を務めてこられ、本作が監督デビューとなります。監督オファーを受けた際のお気持ちをお聞かせください。
ブノワ・ドゥローム(以下、ドゥローム):当初監督を務める予定だったオリビエ・マッセ=ドゥパスが、家族の緊急事態で撮影直前に降板し、制作が中止になるのではないかと思っていました。そんな矢先、ジェシカから「監督を引き継いでほしい」と連絡があったのです。
まさか自分に声がかかるとは思っていなかったので、本当に驚きましたね。それだけ信頼を寄せてくれているのだと感じ、撮影監督と監督を兼任しようと決意しました。
何よりも嬉しかったのは、素晴らしいキャリアを持つアンとジェシカが、監督として私を信頼してくれたことです。クランクインまでわずか3日前という状況で、不安もありましたが、2人の信頼が挑戦する原動力になりました。

――アン・ハサウェイとジェシカ・チャステインの共演は見どころの一つですが、それぞれの魅力を引き出すために監督として意識されたことはありますか。
ドゥローム:2人が安心して演技に没頭できる“余白”を作ることを大切にしました。アンとジェシカは多くの名監督と仕事を重ねてきた俳優ですが、私は本作が監督デビューです。自由に演技ができる環境を作ることが自分の役割だと考えました。
そのために重視したのが場当たりです。カメラや俳優の最適な立ち位置を一緒に探りながら、演技に没頭できる環境を整える。そうした土台を築いた上で、演技については2人を信頼して委ねることにしました。
脚本やキャラクターに関して、2人は私以上に理解しています。衣装やヘアメイクも、すでにデザイナーと方向性を固めた段階でした。私は監督を引き継いだ立場なので、これまでのプロセスを尊重したのです。

「完璧な美しさの裏には不安や嫉妬が潜んでいる」――1960年代の優美な日常に込めた光と闇
――アリスとセリーヌの衣装をはじめ、1960年代の美しい世界観に魅了されました。監督は、同じく60年代が舞台のウォン・カーウァイ監督『花様年華』(2001)がお好きだと話されていましたね。本作で60年代を描くにあたり特に重視した点はございますか。
ドゥローム:1960年代の世界観を再現するのは、とても楽しい作業でした。登場人物はもちろん、衣装、インテリア、クラシックカーを通して、理想的なニューヨーク郊外の暮らしを描きたかったのです。憧れを感じる世界でありながら、現実味を失わないよう、華やかさとのバランスには注意を払いました。
インテリアや衣装は、登場人物の内面や価値観を表す大切な演出です。例えば午前と午後でドレスを着替えるなど、アリスとセリーヌは装いに強いこだわりを持っています。特にアリスはすべてのシーンで異なる洋服で登場し、その一着一着が彼女の人物像や美意識を物語っているのです。

1960年代のフランスで育った私は、母が着ていた洋服や、来客をもてなす器、盛り付けまでこだわる当時の美意識に特別な思い入れがあります。記憶をたどりながら、細部まで丁寧に世界観を作り上げました。
彼女たちの暮らしは、夫と子どもを送り出し、家族の帰りを待つという家庭を中心とした限られた世界です。だからこそ、自らの意思で選択できるインテリアや家具といった生活空間を完璧に整えようとします。
『花様年華』と同じように、美しいドレスに身を包み、まるで雑誌から抜け出してきたような世界が登場します。けれど完璧な外見の下には、不安や嫉妬、満たされない思いといったダークな感情が渦巻いている。その外見の美しさと内面の闇との対比が本作のテーマの一つです。
そして彼女たちが美しく着飾る理由は“隣人”のためなのです。相手よりも美しく完璧でいたいというライバル心は、映画の冒頭から描かれています。競争心の根底には不安や疑念が隠れている。その二面性こそが本作の魅力です。

「母性本能は人をどこまで突き動かすのか」
――本作では母親が子どもを守ろうとする母性本能を、罪悪感や疑いといった感情とともに描いています。この母性本能をどのように捉えたのでしょうか。
ドゥローム:原題である『Mothers’ Instinct(母性本能)』が示すように、本作で描きたかったのは理性を超えた母親の本能的な感情です。8歳の息子を持つ2人の母親が、それぞれ異なる形で母性と向き合っていきます。
アリスはアレルギーを抱える息子テオを常に気にかけ、守ろうとする母親です。スキンシップも多く愛情深い一方で、すぐに不安になる繊細な一面を持っている。一方のセリーヌは息子マックスに深い愛情を注ぎながら、穏やかな母親として描いています。隣人である2人は似た生活を送っていますが、母親としての在り方は対照的なのです。

しかし不幸な事故をきっかけに、セリーヌはアイデンティティを失ったかのような喪失感に襲われます。それ以降、アリスとの間に保たれていた均衡は少しずつ崩れ、次第に関係性が変化していくのです。やがてセリーヌはアリスの息子に心を寄せるようになり、アリスはその変化に疑念を抱いていく。この2人の行動もまた母性本能が生み出したものなのです。
「子どもを守りたい母親の本能が、人をどこまで突き動かすのか」。その問いこそが本作の重要なテーマです。母性は決して美しい感情だけではなく、ときに人を思いもよらない行動へと導くこともある。本作ではそうした複雑さを描いています。サスペンスやスリラーとして楽しめる作品ですが、その核となるのは母性の物語なのです。
【作品情報】
『隣人たち』

<STORY>
1960年代アメリカ、大都市郊外の隣同士の家に住む親友のセリーヌ(演:アン・ハサウェイ)とアリス(演:ジェシカ・チャステイン)。お互い裕福な家庭で同い年の一人息子を持つふたりは、完璧で幸せな生活を送っていた。しかしある日、セリーヌの息子が不幸な事故に遭ったことで関係性は一変。喪失感に苦しむセリーヌは、次第にアリスの息子・テオに心を通わせるようになっていく。その様子に疑念を持ち始めるアリス。彼女は私の家族を奪おうとしているのか?それともただの思い違いか…。徐々にアリスの行動はエスカレートしていき、やがてふたりは狂気と妄想の渦に飲み込まれていく。
監督・撮影監督:ブノワ・ドゥローム
脚本:サラ・コンラット
出演:ジェシカ・チャステイン、アン・ハサウェイ、アンデルシュ・ダニエルセン・リー、ジョシュ・チャールズ
原作:オリヴィエ・マッセ=ドゥパス『母親たち』
2024年|アメリカ・ベルギー・フランス・イギリス|英語|カラー|シネスコ| 5.1ch | 94分|
字幕翻訳:中沢志乃
提供:カルチュア・エンタテインメント
配給:ギャガ ©2023 MINSTINCT INC. ALL RIGHTS RESERVED.
公式サイト:https://gaga.ne.jp/rinjin/
7月24日(金) TOHOシネマズシャンテほか全国順次公開
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