『急に具合が悪くなる』主演・岡本多緒×ヴィルジニー・エフィラが語る、濱口竜介監督との奇跡の2か月「完全に人生が変わりました」
濱口竜介監督の新作『急に具合が悪くなる』が、現地時間5月15日にカンヌ国際映画祭でワールドプレミアを迎える。日本語とフランス語が交差する3時間超の二人芝居を作り上げた主演の岡本多緒とヴィルジニー・エフィラが、撮影の舞台裏と、作品が自分たちにもたらしたものを明かした。
▼『急に具合が悪くなる』主演・岡本多緒が惹かれた「資本主義の独白」

岡本多緒が脚本を初めて読んだとき、最も強く心を捉えたのは、彼女が演じる舞台演出家・真理が現代資本主義の構造的な失敗を語る長い独白のシーンだった。ホワイトボードに図を描きながら展開される、論理が連鎖するその語りは、表面上は学術論文を思わせる。
「これは私が長年考えてきたテーマなんです。映画の中でみんなに講義できるなんて、最高じゃないですか」と岡本は言う。「資本主義というシステムと今の私たちの立ち位置を、これほど明確に言語化した映画は見たことがないと思います」
もっとも、『急に具合が悪くなる』は学術論文とは対極の作品だ。人と人のつながりを豊かな質感と広大な感情の振れ幅で描いた壮大な物語であり、知的な思想を親密な人物描写の中に溶け込ませることに徹している。
▼介護と死を見つめる、濱口竜介の新境地

『ドライブ・マイ・カー』(2022年アカデミー賞国際長編映画賞受賞)、『悪は存在しない』に続く濱口の新作は、「介護」をテーマに据えた。セーヌ川のほとりで新作を上演しながら末期がんで死に向かっていく舞台演出家・真理(演:岡本多緒)と、パリの老人ホームを運営するマリー=ルー(演:ヴィルジニー・エフィラ)が、数日の出会いの中で深い絆を結んでいく。
ふたりは公園で初めて出会い、真理がマリー=ルーを自分の舞台に誘う。マリー=ルーはフランス語で、真理は日本語で話し、ときに言語を切り替える。身体的・精神的に支え合う関係は、老人ホームの慢性的な資金難という現実へと対話を広げていく。
「私たちは実際に稼働中の老人ホームで、本物の入居者の方々と一緒に撮影しました。そこにいるのは、資本主義にとってもはや機能しない身体を持つ人々です。濱口監督の台詞は圧倒的な力を持っていて、親密なものと政治的なものを一つに結びつけているんです」と、ヴィルジニー・エフィラは語る。
▼主演ふたりをつないだ、異色のキャスティングの裏側

濱口がふたりをキャスティングしたのは、それぞれの過去の仕事ぶりを評価してのことだった。ヴィルジニー・エフィラにはポール・バーホーベン監督(『エル ELLE』『ベネデッタ』)との仕事について問い、岡本多緒に対してはジェームズ・マンゴールド監督の『ウルヴァリン:SAMURAI』での演技を絶賛した。
「(濱口竜介監督が)あの映画を観ているとは思いませんでした」と岡本は笑う。「でも、13年前のあの作品から私のことを覚えていてくださっていたんです」

ニューヨークでのモデル活動を経て映画デビューを飾った岡本は、その後『バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生』や海外ドラマ『高い城の男』に出演。2023年に帰国し、その後濱口からのオファーが届いた。フランス語の素養があると申告した岡本だったが、実際には習得したのはキャスティング後のこと。準備期間は計12か月に及んだ。
“仏版アカデミー賞”ことセザール賞受賞歴を持つエフィラは少し遅れて参加し、パリのバスティーユ広場で初めて濱口と対面した。「監督には、相手に向ける細やかな注意と好奇心があって、それが一種のトランス状態に引き込むんです。会った後、まるで酔っているみたいな状態でその場に取り残されました」
▼濱口竜介の演出メソッド――「演じていることを忘れてください」

20分以上に及ぶ会話シーンを1つ仕上げるのに、2日間かけることもあった。長回しの1カットから始め、細かく分割し、再びマスターショットに戻る。台詞は一字一句正確に、しかし解釈は完全に自由に委ねられた。
「12分が経過したところで何か間違えたり、誤った反応をしたりすると、最初からやり直しです」とエフィラは振り返る。

岡本にとって最大の試練は、これまでの演技の「勘」を手放すことだった。「光がどこから来ているか、カメラがどこにあるかを見ずとも感じ取れること——それが自分の強みだと褒めていただいていました。でも最初の週に、『演じているということを忘れてもらえませんか?』と言われたんです。自分の中にある、そういったシステムをすべてリセットするのは、かなりの挑戦でした」
また、濱口は脚本に存在しない場面を書き下ろし、それを俳優に演じさせることでキャラクターに記憶を作るという準備を、撮影前に行った。「これが全部、準備段階でのことです」とエフィラは驚きをもって語る。
▼老人ホームで過ごした「人生最高の夏」

2か月間の撮影を通じて、岡本多緒とヴィルジニー・エフィラは真理とマリー=ルーの関係を映したような友情を育んだ。「ヴィルジニーはとても自信があって経験豊富に見えるのに、すごく緊張していて——胸に手を当てさせてもらったら、心臓がものすごい速さで打っていたんです」と岡本は撮影初期を振り返る。「現場の外でも、本当に相手を気遣う人でした」
「まさか老人ホームで人生最高の夏を過ごすとは思っていませんでした。誰もがこの経験で人生が変わったと言っていますが、これほどのことは他のどの現場でも経験したことがなくて——これは宣伝文句なんかじゃありません」とエフィラは言う。
さらに、岡本は「本当に、完全に人生が変わりました。子どもの頃から死が怖かった——それが私の最大の恐怖の一つで、成長する中でどうにか考えないようにしてきたものでした。それともう一度、向き合わなければなりませんでした」と続けた。
▼「優しさについての映画を作ることが、いかに難しいか」
政治的な妥協のなさと鋭い批評精神を持ちながらも、『急に具合が悪くなる』は驚くほど温かく開かれた作品だ。どうにもならないように見えるシステムに対して、人間への純粋な信頼で立ち向かう。
「この映画が生み出したものは、濱口さんがひとりの人間としてそのままでいることの結果です。濱口さんがどんな人か知らなくても、全部そこに詰まっています」と岡本は言う。
エフィラはひと言でこう表現する。「優しさについての映画を作ることが、いかに難しいか——それに尽きます」
そして、3時間を超える上映時間を前に躊躇する人へ、エフィラは次のように語りかけた。「1時間20分のつまらない映画より、3時間のすばらしい映画を観るほうがずっといいに決まっています。濱口監督は細部への感覚を持っています。何を感じるべきかを手取り足取り教えてはくれない。本当に時間をかける。私たちの社会にはその時間が必要だと思います——持ってはいないけれど、必要なんです」
映画『急に具合が悪くなる』は、6月19日(金)より全国ロードショー。
※本記事は英語の記事から抄訳・要約しました。編集/和田 萌

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