ホーム » MOVIES » 是枝裕和監督が語る、最新作『箱の中の羊』の制作秘話

是枝裕和監督が新作『箱の中の羊』で描く、AI時代の喪失と再生、“人間らしさ”の正体「いずれ人類を超越」

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是枝裕和監督が新作『箱の中の羊』で描く、AI時代の喪失と再生、“人間らしさ”の正体「いずれ人類を超越」
是枝裕和監督とヒューマノイドの少年役に抜擢された子役の桒木里夢=鎌倉の『箱の中の羊』撮影現場にて 写真:Fuji Television, Gaga, Toho and AOI Pro.
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繊細な人間ドラマで世界を魅了してきた是枝裕和監督が、最新作『箱の中の羊』(5月29日公開)で、ついに“AI時代の人間性”というテーマに踏み込んだ。『万引き家族』で第71回カンヌ国際映画祭パルムドールを受賞した名匠が今回描くのは、亡き息子をヒューマノイドとして再び迎え入れた夫婦の喪失と再生。生成AIが急速に日常へ入り込む現代だからこそ突き刺さる、静かで切実なSFドラマだ。

ドローン配送や完全EV化された近未来を舞台にしながらも、『箱の中の羊』の核心にあるのはテクノロジーではなく、“人が悲しみをどう受け止めるのか”という極めて普遍的な感情だ。ほかの監督が撮ればディストピアになり得た設定を、是枝監督は驚くほど繊細で温かな視点から映し出している。

さらに興味深いのは、監督自身が生成AIに対して過度な恐怖を抱いていないことだ。本インタビューでは、実際にChatGPTへ脚本のブラッシュアップを依頼したエピソードまで飛び出した。AIは創作の敵なのか、それとも人間を映し出す“新しい鏡”なのか――。

米『ハリウッド・リポーター』は、カンヌのコンペ部門出品作『箱の中の羊』の誕生秘話から、AI観、そして“人間らしさ”とは何かに至るまで、是枝監督にじっくり話を聞いた。

(左から)是枝裕和監督、野呂佳代、大悟、綾瀬はるか、桒木里夢、柊木陽太、寛一郎=5月11日開催の『箱の中の羊』の完成披露試写会にて ©The Hollywood Reporter Japan
(左から)是枝裕和監督、野呂佳代、大悟、綾瀬はるか、桒木里夢、柊木陽太、寛一郎=5月11日開催の『箱の中の羊』の完成披露試写会にて ©The Hollywood Reporter Japan

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▼是枝裕和監督最新作『箱の中の羊』創作の原点は

――『箱の中の羊』の創作の原点について教えてください。この設定はどこから生まれたのでしょうか?

是枝裕和監督(以下、是枝): もともと、生成AIには興味を持っていたんです。ただ、この物語の具体的なきっかけとなったのは、2024年の3月にAIを使って亡くなった人を復活させる中国のスタートアップ企業に関する記事を偶然目にしたことでした。それでさらに興味が湧いて、短いプロットを書いたんです。その後、同年の秋に別の用事で北京へ行く機会があったので、その会社の創業者と話す機会をセッティングしてもらいました。

彼らはサービスの仕組みを実演してくれたのですが、基本的には、写真や動画といった音響・映像データを含む亡くなった人の膨大なデータを使用します。それをもとに故人のAIの姿を作り上げ、残された家族が対話できるようにするわけです。私が非常に魅力的だと感じたのは、その技術によって、単に生前に話したことのあるトピックをなぞるだけでなく、「新しい会話」をすることが可能になるという点でした。危ういものだとは思いつつも、これは不可避的に広がっていくだろうなと感じました。そこで、プロットを広げて、この問題をより深く掘り下げてみようと決めたんです。

『箱の中の羊』より
『箱の中の羊』より 写真:Cannes Film Festival

――『箱の中の羊』が、AIに対して全体的に楽観的なアプローチをとっていることに驚かされました。どのようにしてその視点に至ったのでしょうか?

是枝: 自分がSFというジャンルに特に通じているとは言えないのですが、アイザック・アシモフの有名な「ロボット工学三原則」(※ロボットは人間に危害を加えてはならない、人間の命令に服従しなければならない、自身の存在を守らなければならない)を考えると、これらは非常に人間中心主義的ですよね。すべて「人間が常にこの世界の中心にいる」という前提に基づいています。

私は以前から、そのアプローチに少し違和感を覚えていたんです。AIやアンドロイドが進化していけば、いずれ人類を超越していくだろうし、その時点で、彼らにとって人類は特に気にかけるような存在ではなくなるのではないか、と。彼らはもっと大きな何かとつながりたいと思うはずです。それが、私にとって最も現実的な結末に思えたんです。

ですから、最初に考えたことの一つは、この物語を「アンドロイドたちが、もう人間の間には存在しないことを選択する」という概念に着地させたい、ということでした。そこから、子どもというのは常に親を追い抜き、超えていくものだという思考につながっていきました。いわゆる「巣立ち」であり、最終的には親がついていくのに苦労するような人生を歩み始める、というアイデアです。このふたつの物語を重ね合わせようと考えたのが、大まかな成り立ちですね。

是枝裕和監督 写真:Klára Šimonová/Getty Images
是枝裕和監督 写真:Klára Šimonová/Getty Images

▼テーマである「箱」を体現したモダニズム建築での撮影

――本作における「世界観の構築」にはどのようにアプローチされましたか?

是枝: 本作の大きなテーマの一つに「箱」という概念があります。そのため、制作上の大きな転機となったのは、夫婦の自宅として撮影に使用したモダニズム建築の家を見つけたことでした。その家は箱が重なり合ったような構造をしていて、建物全体を鳥瞰すると、真ん中に四角い中庭のある「箱」なんです。あの家を見つけ、そこからさまざまなアイデアを引き出せたことは、作品にとって非常に大きかったですね。シーンの細部や美術の方向性だけでなく、実際の家のレイアウトに合わせてセットを組みましたし、建築からインスピレーションを得て脚本の一部を修正したりもしました。

その家自体は鎌倉にあるのですが、東京からは少し離れていて、『万引き家族』で描いたような生活感のある下町の雰囲気とは大きく異なります。鎌倉は少しハイエンドなエリアで、より開放的で自然とつながっている感覚があります。そういう意味では、街も家も非常に洗練されていますね。

実際の家は、お子さんと一緒に暮らしているご夫婦が建てたものなんです。奥様は建築家で、ご主人は建設業界で働いていらっしゃいます。まさに物語のキャラクターと同じなんです。そのお宅をそのままお借りしました。この家は、映画全体の土台になってくれました。

是枝裕和監督が新作『箱の中の羊』で描く、AI時代の喪失と再生、“人間らしさ”の正体
映画『箱の中の羊』より ©2026フジテレビジョン・ギャガ・東宝・AOI Pro.

▼人間たらしめる「無駄」の価値――是枝監督がAI時代に贈るメッセージ

――劇中では、建築家である母親・音々(演:綾瀬はるか)の創作過程も印象的に描かれています。AIを活用しながらも、音々はアナログな手法を大切にしていますね。紙模型を制作中、ヒューマノイドの息子が“答え”だけを示そうとした瞬間、彼女は「その部分を奪わないで」と感情を爆発させます。AI時代における「創造することの意味」を象徴する場面だと感じました。

是枝: 私が最近よく考えるのは「プロセス」についてです。日本語では、このような活動を「無駄」という言葉で表現することがあります。浪費や骨折り損、あるいは直接的な価値を何も生み出さない努力、と訳されるような言葉です。しかし、私はその状態で過ごす時間こそが、人間を人間たらしめていると感じるのです。ですから、今挙げていただいたシーンで、そのヒントを少し提示したかったというのはあります。

ただ、物語全体をより広い視野で見れば、夫婦は悲しみを乗り越えて関係性を見つめ直し、息子の姿をしたヒューマノイドに対してどう関わるかという「プロセス」を経て進化していきます。本作の人間らしさを生み出しているのは、登場人物たちが模索し続ける姿にほかなりません。AIは、基本的には「答え」だけを提示してくれるという約束をしてくれます。多くの文脈において、それは確かに時間を節約してくれますし、「無駄」を排除してくれます。しかし、最終的にはあまり心地よいものではないんですよね。そこには何のメリットもない。それは、ゲームをプレイせずに答えだけを与えられるようなものです。

是枝裕和監督が新作『箱の中の羊』で描く、AI時代の喪失と再生、“人間らしさ”の正体
映画『箱の中の羊』より ©2026フジテレビジョン・ギャガ・東宝・AOI Pro.

――是枝監督ご自身はAIを使われますか? また、仕事や日常生活において、AIとはどのような関係を築いていますか?

是枝: 個人的には、まったく使いません。ただ、この映画を作っている最中に「一度試してみてもいいんじゃないか?」と思ったんです。そこでスタッフの一人に、「ChatGPTに脚本を読み込ませて評価させて」と頼みました。私たちの狙いを説明したうえで、「この脚本をより良くするために、何かアイデアはあるか?」と問いかけたんです。建設的なキャッチボールができることを期待していました。

結果は、まあ、悪くはなかったです。面白かったですよ。会話していて楽しいと感じられるものになっているのはわかりました。ただ、何か予想を裏切るような答えをくれたわけではありませんでした。いつの日か、本当に驚かされるような説得力のあるものを提示してくれるまでに進化するのかもしれませんが、私の体験としてはそこまでではありませんでしたね。

【動画】映画『箱の中の羊』予告編

『箱の中の羊』予告編90秒【5/29(金)全国ロードショー!】

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映画『箱の中の羊』は、5月29日公開。

配給:東宝 ギャガ
※本記事は英語の記事から抄訳・要約しました。編集/和田 萌

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